十九、二十歳
オジョンボンX/八潮久道
1 - リョータ
こんな夜中に掃除してる。クイックルワイパーでフローリングの床をざっと拭いて、ガラスのローテーブルの上はウェットティッシュで拭いたあと乾いたティッシュで跡にならないよう水分を拭き取った。
「ごめん。急なんだけど今から泊めてもらえないかな。」
「いいよ。」
「実はもう一人友達もいるんだけど、、、終電のがしちゃって、、、」
「うちベッド以外は布団一組しかないけど」
「えっと、それでも大丈夫だけど、、、だめ?」
「いや、そっちがいいならいいけど」
「ありがとう」
「来る時間わかったら教えて。だいたいでいいから」
ローテーブルをどかして布団をクローゼットの上から引っ張り出して敷いた。もう〇時半だった。平日はいつもなら十一時には寝てる。
落ち着かなくて部屋の中をうろうろしてしまう。あれから一時間たったのにトラからLINEの返事がこない。その「友達」との話に夢中で気づかないんだろうか。トイレのペーパーホルダーの上に少しホコリがたまっているのが気になってここも掃除した。もとから部屋を汚くしてるわけじゃない。別に掃除をしなきゃいけないってこともない。でもいちばんいいところを見せたいってどうしても思ってしまうのは結局なんか、見栄なんだろうな。
そう。見栄だ。泊まりにくるって言われたのが嬉しくて即答して、でも友達が一緒だと聞いたときに嫌だなと思ったのに、断らずに寛容な人間のフリしたのだって、見栄でしかない。
チャイムがなって急いでドアを開けたら茶髪でふわふわのパーマになってるトラの頭を見て、一年以上も会ってなかったんだなと思った。その後ろに「友達」がいて二人とも大きなギターケースをしょって、なんだかごちゃごちゃしていた。
「あの、俺明日、七時前には家でなくちゃいけないし、六時に起きるんで、早めにシャワー使ってもらっていいですか」
「早っ」
「明日仕事なんで」
「バイト?」
「いや、普通に会社で働いてますけど」
「えっ。でも峰口と同い年のいとこなんですよね? えっ」
「高卒で就職してるんで」
「あー……そうなんだー……」
この想像力の欠けた「友達」にも、来る前に説明のひとつもしてないトラにも、イライラした。早くシャワーしろって言ったのに荷物も下ろさずコートも脱がず無遠慮に人の部屋を見回してくるこの初対面の「友達」にも、いつまで経ってもお互いの名前すら紹介しないトラにも、ますますイライラした。
「いや俺、シャワーいいっすよ。もう遅いし」
「そうじゃなくて、整髪料も枕につくし……」
「あーと、ああ、そうゆうこと」
そうやってイライラを抑えられずに、もろ態度に出してる自分にも腹が立つ。
「は? あの人なんか怒ってんの?」
「いやいや、そんなんじゃないと思うよ」
風呂場を案内して離れる間際に「友達」がそう言うのを聞いて叫び出しそうになった。
「リョータごめんね。急に、こんな遅く、明日も早いのに。えっとサークルで今日飲み会があって、」
そのまま説明を続けそうなトラを遮った。
「いや。いいから。俺さき寝るから、あのお友達は下で寝てもらって、トラはベッドこっち半分使っていいし」
「うん。ありがとね」
全然寝付けない。なんでこんな風になっちゃったんだろ。一人暮らしはじめてそういえばトラに泊まってほしいなと思ってたんだった。ゲームとかしたりして夜遅くまで遊んだり話したりして、そういう子供じみた楽しみ期待してたんだってこと思い出したのに、なんだこれ。
壁にほとんど密着させてた顔を離して仰向けになって目を開いたら視界の端に、所在無さそうに部屋の真ん中で突っ立ってるトラの後頭部があった。
「髪染めたんだ?」
「えっ」
ベッドの端を指して席を勧めた。こんな風にトラが自分に気を遣ってるのを見るくらいなら、泊まるのなんて断れば良かった。
「あー髪ね。うん、どうかなーと思って」
「結構似合ってると思うけど」
「リョータも、いっぺんやったら似合うんじゃない」
「いや、そういう職場じゃないし」
「あー、……そっか」
そうじゃない。そういう気まずい雰囲気にしたいわけじゃないんだけど。トラがシャワーに行って、部屋で「サークルの友達」と二人になったから寝たふりしてたらそのまま眠ってた。シャワーから上がったトラがベッドに入り込んでくる動きで目を覚まして、自分が眠っていたことに気づいた。もう部屋は暗かった。「サークルの友達」はもう寝息を立ててた。ほんのちょっと酒の臭いがして、そうだ、学年いっしょだけどもうトラは二十歳なんだよなと思った。
シングルベッドが狭すぎて、もちろん仰向けうつぶせは無理だし、二人で背中合わせに寝てるけど掛け布団の幅が足りなくて寒いし、寝返りも打てないし、他人と寝るとかそれこそ小中学生のころトラとふざけて同じ布団で寝たりしてたの以来だし、もうぜんぜん眠れない。体感で午前二時、家を出るまで四時間きってる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます