ビギナーズ!

優和

第1話 “宿命”のはじまり!

<パチッ>


「あっさだー!」


<たたたた、ガチャ、ギシギシ>


「ん!しょっと!」


<カラ、カラカラ>


 少女はパジャマ姿のままベッドから飛び起き、きしんで開けずらい大きな窓を開ける。キラキラした朝日が少女を照らし、気持ちよい爽やかな風が顔を撫で付ける。


「う~ん!今日もいい天気!」


「みーな様!みーな様!おはようございます!もう朝ですよ!」

 執事のマチコの呼ぶ声が聞こえてくる。


<ガチャン!>


「あら珍しい。起きてらしたんですね」


「おはようマチコ!今日ね!みーな10才になったんだよ!」


「知ってます!知っていますともッ!

 今日はこのマチコにとっても記念すべき日でございます…ささ!準備が出来てますのでリビングへお越しください!」


「“じゅんび”?」


「はい…この10年…マチコはこの日を心待ちにしておりました…」


 ハンカチを取り出してさめざめと涙を拭くマチコ。


「このマチコ、長くりゅう家に勤めさせていただいて、何代ものご主人様の“儀式”を見届けさせていただきましたのよ…」


「ん?“ぎしき”って?」


「まぁまぁ!早くいきましょう♪」


「えーなになにー♪」


 二人でキャッキャウフフと小走りしながらリビングへ向かう。


「なーにーマチコ!なんなのー!」


「ぐふふ!見てのお楽しみでーす↓(低い声)」


「キャー!楽しみー!」


 みーなは想像した。

 この間、マチコにねだった『365人はプリクゥア!No.128・アオイちゃん等身大お友達フィギュア<叫ぶ必殺技!話す愛の言葉!>』を頭に思い浮かべていた。


(ぷくくくく、マチコもこんな朝早くからサプライズなんて…!)


「ジャーン!」


 リビングに着くと真っ白い布をかぶった、見上げるほど高い人型のようなものがそこにあった。


(やっぱり…!)

 目をキラキラさせて、みーなは両手を頬に当てて顔を赤らめた。


「行きますよー!それぇッ!」


 マチコが布を引っ張ると、中からスーツを着た黒人のおじさんが等身大フィギュアで現れた。


「ジャーン!劉家スペシャル守護神ガーディアンの“ブロイン”君でーす!」


「……マチコ」


「ん?」

 マチコはにっこり聞き返す。


「返して…」


「ん?」


「みーなの…みーなの“アオイちゃん”と“ワクワク”を返してエェェェーッ!!」


「“アオイちゃん”?」


 マチコの頭に“?”がいくつも乗る。


「なに!このおじさん誰ッ!?てか、“別”だよね!?これは“別”だよねッ!」


「みーな様…落ち着いてください。

 “コレ”です!この“ブロイン”がみーな様の10才の“儀式”に必要なんですよ!」


「…やり直し…」


「はい?」


「こんなサプライズはやり直しィッ!


 オッサンじゃんッ!!これオッサンじゃんッ!!

 どやって遊ぶのッ!?てかどこに置くのッ!?夜に目が合ったら、みーな泣くよ!絶対泣くよ!命掛けてもいいよッ!!」


 真っ赤に目を充血させながら、みーなは必死に訴えた。


 みーなは想像した。


『みーな、誕生日プレゼントなんだったの?』


『えーと、45才くらいの黒人のおじさん等身大フィギュア!』


 言えない!絶対に友達に言えない!

 間違っても『いいなぁ!』とは言ってくれない!


「みーな様…この『ブロイン』は代々劉家をお守りしてきた『守護神ガーディアン』なのですよ。『劉家の長子は10才になったらブロインを受け継ぐ』これはもう“宿命”なのです!」


「この“おじさん”が?」


「この“ブロイン”がです」


「はあぁ↓…ウチの家系って何なんだよ~↓↓

 この家だってさ!おっきいだけでボロボロだしさ!みーなとマチコの二人しかいないじゃんか!それで10才の誕生日に“おじさんのフィギュア”が“運命”なのって世界中で多分、みーなだけだよ!」


「みーな様、『宿命』と『運命』は違います。

 『宿命』とはその身に宿ったものです。みーな様が10才にして大学教授をしているのも『宿命』の一つです。

 対して『運命』とは自分で『切りひらくもの』です。今日を境に、みーな様が“どう生きていくか”で変わっていきます」


「やーもー難しい話はいいよ!んで“儀式”ってなにさ?」


「ふふふ…みーな様…この“ブロイン”はですねぇ…“乗れる”んですよ!」


「乗れ…る…?」

 みーなの耳がぴくりと動く。


「はい…この“ブロイン”は何代も重ねてアップグレードにアップグレードを繰り返した最強の“守護神ガーディアン”です!

 みーな様、劉家の使命は覚えていますよね?」


「あれ…」


 リビングに大きく筆文字で掲げられている額縁を指差す。


「そう!『宇宙平和』です!時の劉家の宗主そうしゅの力によって、『世界平和』は成されました。その影には実はいつも“ブロイン”の力があったのです!」


「おぉ…!」

 みーなの瞳が輝いてくる。


「『世界平和』を成した劉家は次に『宇宙平和』を掲げました!

 そ・こ・で!みーな様にはこれから『宇宙平和』の為に働いてもらいますッ!これは劉家の『使命』なのですッ!」


「そ…そうなの?てかコレ乗れるのッ!?」


「ふふ…みーな様の体には産まれた時から“ナノマシン”という小さな機械が登載されています。だから人よりも知能が高く、病気もせず、身体能力も高いんです。

それは体を強化する以外に、みーな様がスムーズに“ブロイン”とリンクする為に施されました。


 その全ては…全ては『宇宙平和』の使命の為なのですッ!!」


「えー!そうなのー!」


「はい…みーな様のお父様も立派に『宇宙平和』の為に働いたのですよ…まさかご夫婦揃っての旅行先でフグに当たるなんて…」


「まぁ、それは仕方ないよ。みーなにはマチコがいるし、小さい時のことだから覚えてないしね!」


「ぐしっ…みーな様…」


「そっかぁ、パパもこれに乗ってたんだぁ…てか『宇宙平和』って具体的に何するの?」


「『宇宙平和』の為には、異世界の星に旅立ち、その星を平和にして帰ってくるのが任務です。その為には…」


「ちょ!ストップストップ!何?『異世界の星』?」


「はい(真顔)」


「イヤイヤイヤイヤ、私もね?わかるよ?もう10才だもん。宇宙に生命があったって習ったしね。ケド『異世界の星に行って平和にしてくる』ってさすがに10

才をバカにし過ぎてない?あー冷めるわぁ、マチコのサプライズ寒いわぁ。2℃下がった。周りの気温2℃下がったわぁ」


「いーや、みーな様!それがきちんとあるんですよ。

 いいですか、みーな様。

 みーな様が居て、

 ここハンドオリザの街が在って、

 地球が在って、

 太陽系が在ります。

 そして銀河が在って、

 外宇宙が在るんです。

 その外宇宙にはまた別の銀河が在って、

 太陽系が在って、

 地球のように文明がある星が在って、

 昔の地球のように争いが絶えない星が数多く存在しているのです。


 そこで、みーな様はその星に出向き、『平和』を伝えていくのです」


「ははぁ~ん。わかった、マチコに乗っとくわ。

マチコ!これは『愛の戦士』だね!」


「…みーな様、『戦士』ではありません。『守護神ガーディアン』です。自ら争うのではなく、守るのです」


「ふ、ふぅ~ん。まぁ~わかったよ。

 で!どうやってその『異世界』に行くのさ!」


「ふふふ、それはこの屋敷の別館にある“お茶会の部屋”から行けるんですよ!」


「それはメルヘンッ!」

 思わず身を乗り出して瞳を輝かせるみーな。


「ふふふ…お気に召しましたか?」


「わかった!みーなが“ブロイン”に乗って、“異世界”を平和にすればいいのね!」


「平和に“する”というか“導く”のです。まぁ後は“ブロイン”が教えてくれますから。実は先代が亡くなって10年間放置されていた星があります。今はどうなっていることやら…」


「まぁなんとかやってみるよ!へへへ~“ブロイン”かぁ~可愛くはないケド、366番目の“プリクゥア”として私が『宇宙平和』するか!」


 ぺしぺしと“ブロイン”の太ももを叩きながら、みーなはマチコにそう言った。


「ふふふ、よござんした。ただそれには、にーな様が“ブロイン”を操作出来るようにならなければなりません。それが1年掛かるか10年掛かるか分かりませんが、まずは本日、みーな様が“ブロイン”と対面するところで今日の“儀式”は終了します」


「分かった!お仕事は?」


「昨日のうちに休職届けを出しておきました」


「そか!よし!じゃあ宇宙を平和にするか!」


「その意気ですよ!みーな様!

 では…お待ちかねの…ジャーン!」


 マチコが“ブロイン”の裏に隠れていた白い布を引っ張ると、中から何やら“箱”が現れた。


「マ…マママ…マチコッ!それはまさか…ッ!」


「ふふふ…みーな様が欲しがっていた『365人はプリクゥア!スペシャルエディションBOX』です!」


「ぎゃーっ!マチコォッ!!マチコォッ!!」


「ふふふ…しかもこの中には、四年に一度現れるという幻の366人目のプリクゥアが出ているそうですよッ!」


「あいたー!366人目もういたー!見る見る見る見る!今見る今見るッ!」


「これは、朝ごはんを食べて、歯を磨いて、着替えて“ブロイン”に挨拶したら、一緒に見ましょうね~」


「えー!今見たいのにー」


「まだ“儀式”が終わっていないですからね。終わってから、ゆっくり一緒に拝見しましょう」


「むー、わかったー」


「はい良い子ですね。今日の朝はシラスとごはんとお味噌汁、そして卵焼きを付けておきました。夜には“パーティー”をしましょう!」


「ぃやったぁ♪マチコ大好きぃッ!」


「いぇいいぇい♪」


 腰をくねくね動かしながら踊る二人。


<5分後…>


「はぁッ!はぁッ!それではごはんにしましょうかッ!」


「ちょっと大丈夫マチコ?」


「だ…大丈夫です…大丈夫…ウッ!」


「ちょっとマチコ!ねぇマチコッ!」


「もういち…度…虎屋のよう…かんが…食べ…たかった…<ガク、バタン>」


「ちょっとマチコ!マチコオォーッ!」


 床に倒れたマチコに、みーなは泣いているをした。


<パチ>

 目を開くマチコ。


「今日のはどうでした?みーな様!」


「迫真!迫真だったわマチコ!」


「ふふふ…みーな様が学校に行ってる間に練習してますからね…」


 “この世の最期ごっこ”


 おままごとをより進化させたことにより産まれたこの遊びにより、にーなはハリウッド女優並の演技力が身に付いていた。

 ちなみに他に“出会い頭に一目惚れごっこ”“プロポーズの断り方ごっこ”など多数のパターンが存在する。


「あははははははッ!」

「イッヒッヒッヒッ!」


 そうやって二人は笑いながら朝ごはんを食べに向かった。


 魔女のように怪しげに笑うマチコの姿が、みーなはとても大好きだった。






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