SPARKLE

神谷佑都

プロローグ

 現在時刻午後二時十四分。


 ドアを開け、部屋の中へと静かに足を踏み入れる。だだっ広い部屋だ。おまけに少し薄暗い。随分と質素な部屋で、奥に大きな机が備えられているだけだった。さらにその向こうに、男が一人、背を向けて窓から外を眺めていた。


「呼びましたか」

「あぁ。ついに見つかった」


 男は答えながら振り返る。スーツに身を包み、営業マンの役職者を連想させた。だが実質は違う。相手を威圧する眼光。頭は刈り上げたソフトモヒカン。無精で生やしたアゴヒゲ。一端のサラリーマンとしてはかけ離れていた存在であった。男は机の上に乱雑に散らばった資料を手に取った。


「では私が、そいつを連れて来るということですか」


 入ってきた者は部屋の中央で足を止める。距離を保ったまま、男の意思を汲んだようだ。


「察しがいいな。一刻も早く頼む」


 男は腰掛ける。両肘を机で支え、両手を組んで口の前へ持ってきた。直接口の動きは見えない。


「しかし私には別の任が下りていたはずですが?」

「事情が変わった」


 男は間をあけてひと呼吸いれた。


「やつらも気付いた」


 それだけで全ての意味が伝わる。非常にまずい状況だった。


「これが例の奴に関わる資料だ。急いでくれ。やつらが手段を選ぶとは思えないからな」


 男はそう言って、散らばったなかの資料を一束相手に渡した。

 受け取ると、すぐに内容を確認する。詳しいことは後でもじっくり見ればいい。今は、最も分かりやすい写真を目にした。そして口にした。


「これ、間違いじゃないですか?」

「いや、それで間違いない。何回も確認したからな」


 男は言う。だがそれでも、信じられないといった表情を浮かべていた。


「頼んだぞ」

「えぇ」


 資料を腋に抱えて踵を返す。入ってきた時と同じように、その者は部屋の外へ出た。


 一人、部屋に残った男は呟く。


「俺だってにわかには信じられないさ。つい最近まで、ただの高校生だろうからな」




§




 目の前に広がるのは真っ白い空間。それのみだ。


「此処、何処だ?」


 本当はいくつもの疑問が浮上している。なぜ学校の制服を着ているのか。どうやって俺はたどり着いたのか。しかし、答える者は誰もいない。不思議と落ち着いている自分にも疑問だった。


 突如、空間が歪んだ。真っ白いだけの空間が別の空間へと変わる。今度は見覚えがあった。間違いなく俺の住んでいる街だ。そびえ建つビル。行き交う人々。何も変わらない光景が広がっていた。


「疲れてるのかな」


 夢でも見ていたのか。はっきりしない頭を押さえ、俺は家に帰ろうと歩を進める。


―ドォンッ!?


 その時、大きな爆発が起こった。遠くに見えるビルの一つが崩壊した。実にあっけなく倒れたのだ。人々は急いで避難する。次々と、同じような爆発が街を襲った。


 人々の激しい往来の中、俺は立ち止まっていた。逃げることを諦めたわけじゃない。出来ることならすぐに逃げ出したい。

 だが、奴はそれを許そうとしない。……奴とは、誰だ?


 俺は、誰のことを言っている。恐怖からおかしくなったのか。


「お前か。………いう……は」


 何、だ?

 よく聞こえない。急に電波が遮断されたラジオのように感じる。慌てふためくこともなく、走り逃げ惑うこともなかったのは、俺だけじゃなかったらしい。

 

 この非常事態の中、悠長なことに前から歩いてくる男が一人現れた。「奴」か?


「な……ほど。どうや……、ま………とみ……」


 何なんだ。何を言っている。視界も霞み、「奴」の風貌も見えない。さっきから、声を出すことも出来なくなっていた。

 いや、俺自身が、自分の声も聞こえていないのか。


 辛うじて男と見える「奴」は薄笑いを浮かべ、右の掌を上に向ける。何かを掴んでいる様な手付きだった。


 どういう原理か、男の右手が光り始める。すると、男は驚いている俺にむけて手をかざした。

 

「……っ!?」


 気付いた時には、俺の胸を何かが貫いていた。血が出る。


 痛い。痛い。痛い痛い痛い。


 だが、声はやはり出なかった。助けを呼ぶ声も。痛みに嘆く声さえも。


 倒れていく。ゆっくりと。一秒が長く感じられた。この世の全てが、スローになったように感じられた。


 赤い血が流れていく。俺は死ぬのか。コンクリートに広がる自分の血を見てそう思ってしまう。感覚が鈍くなってきたのか。痛みが薄れてゆく。怖い感情はなかった。むしろ、温かい。何かに包まれているような感覚だった。


 足音がかろうじて聞こえる。俺を貫いたさっきの奴だ。


「…………」


 何かを言ってることだけ理解出来た。けどもう、俺には何にも聞こえなかった。





「……み……八神ぃ!」

「え?」


 今度は何だ?

 視界には見覚えのある、学校の教室。時計は十時十四分。俺は顔馴染みであるクラスの連中から注目されているらしい。そして俺の横には板倉先生、通称板センがいた。


「あれ?」

「俺の授業はぁ、断じて子守唄じゃないんだがなぁ」


 やばい。怒りのあまり、板センはプルプルと震えていた。最近でも稀に見ないキレっぷりだった。


「俺の授業で寝るとはいい度胸だ八神ぃ。覚悟はできてんだろうなぁ。明日までに、それ仕上げて来いっ!?」


 板センは俺の机にプリント類をバシッと叩き付ける。一体何枚あるんだよ。その内の一枚を手に取ると、これでもかというほどの英文字がズラリと刻まれていた。


「マジか……」

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