5.仲間Ⅳ

アルが紡いだ言葉に一瞬戸惑う。





「え? 私が、アルと?」


「そうだよ」





 アルのこれまでの戦歴を思い返す。いやいや普通に無理だ。





「無理に決まってるでしょ」


「安心して良いよ。魔法は使わない。あくまで魔力の使い方を覚える為だ」


「だからって……」





 喧嘩に覚えがある私は、目の前の相手が勝てる相手かどうかくらいは分かる。どう考えても通用するはずがない。





「それとも……魔法を使わないってハンデをつけたけどアヤメは自信がない?」


「誰もそんなこと言ってないでしょ」


「いや自信がないならいいんだ。アヤメには荷が重かったようだから、小さい子でもできる簡単なことから始めるとしよう」





 カチーン。


 分かってる。これは挑発だ。けど挑発と分かってても、乗りたくなるときはあるもんだと思う。いや、これはあえて私の意思だ。アルにムカついたから。決して挑発に乗ったけじゃない。





「……分かった。それでいいよ。ついでにその顔、何発か殴るから」





 左手で右肩を押さえる。肘を曲げた状態で右腕をぐるぐると回す。逆の左腕にも同じように施して準備は


万端だ。





「いいよ。できるのならだけど」





 アルが笑みを浮かべて戦闘態勢へ移行する。さらにムカッときた私も身構える。まずアルは何を仕掛けてくるだろう。経験も技術も負けているから、動きを予測していくしかない。何かフェイントでもくるだろうか。


 相手の一挙手一投足を見逃すまいと目を凝らした。そこで、アルは腕を伸ばして掌をゆっくりと向けてくる。同時に魔力の揺らめきを感じた。魔法は使わないって言ったのに。私は自分がいたその場をすぐに抜け出す。





「いいね。魔法を使わないとは言ったけど、警戒したのは良い判断だ。その場を離れ、重力結界から抜け出ようとしたのも正解だよ」





褒めながらアルは地を蹴る。後ろに跳ねてその場を脱したけど、アルは肉弾戦に持ち込むつもりのようだ。冷静に考えれば、魔法を使わないのなら当然だし、その方が有難い。私には距離がある相手に仕掛ける術が最初からないのだから。





アルは私よりも速い動きだ。よくよく見れば、視覚化された魔力がアルの周りを覆う。特に、足元に魔力が集中しているあたり、カラクリを見破るのは簡単である。魔力を用いて身体能力を上げていることは間違いない。





「くっ……」





 ならば私も真似る。魔力を見えるようになって、全貌は理解できる。腕に纏った魔力を少し動かすことはできた。なら、それを足で全身で行えばいいはず。頭で考えるより早く、既に足は動き出していた。


 アルの動きに合わせながらその場を離脱する。アルは攻撃の間合いから抜け出た私を見て驚いているようだった。





「飲み込みが早いね。ならこれはどうしようか」





 言うが早く、アルの動きに洗練さが増す。まっすぐ向かってくるだけの動きに変化が伴う。右から回るように距離を詰めて来る。どうやって攻めてくるつもりなのか分かりにくい。それでもなおアルの速さは常人とかけ離れている。あまり考えている暇はない。


 止まっているわけにはいかないと、私も魔力によるブーストを利用してアルの攻めに備えた。





「行くよ」


「っ……」





 まだ三メートルは空いていた筈なのに、アルの拳が腕をかすめる。声に反応しなければ、どてっ腹をやられていたかもしれない。なんて速さだ。冗談じゃない。


 拳を躱した分、アルに隙が出来た。反撃に転じる瞬間、左手に力を入れて打ち込むが、アルは伸ばした右腕を引いてガードする。私の伸びきった左腕を弾くようにして的を外させた。そのまま、アルは勢いを殺さずに左脚を浮かせる。左に弾かれるままに私もアルの鋭い蹴りを右腕で受け止める。けど、勢いは殺せずにガードは間に合ったものの、蹴り飛ばされてしまった。





「この……」





 浮いたわけでもなく、地を滑っただけ。それでも、今私が腕でガード出来てなかったら完全に顔を蹴られるところだった。私も一応女だとういうのに、思った以上に容赦ない。ガードした右腕もジンジンと鈍い痛みを感じる。どんだけ重い蹴りなのだろう。本当に魔法を使ってないのだろうか。疑わしいところだと思った。





「スピードにはついて来れるみたいだね。けど、身体の動きと魔力の動きが追いついていない。ガードは間に合ったけど、少し痛かったんじゃない?」


「……余計なお世話」


「まだまだ元気そうで安心したよ。それじゃあもう少し続けようか」





 もう休憩は終わりのようだ。早くも再開のようで、アルの動きを見失いそうになる。


 けど、今回は分かりやすい。今度は左から来るようだ。先程よりは単純で真っ直ぐ突っ込んできている。ほんの少しだけ目も慣れてきたので、カウンターを打ち込んでやろうと思う。タイミングを見計らい、待ちに徹する。アルの攻撃を読んで、そこから動きを合わせる。





 魔力の動きに淀みもない。アルは単純な動きで拳を繰り出す。そこを受け流すように捌いた後、クロスカウンターで打ち抜く。





「って考えてる顔だね」


「っ……」





 拳が伸びる瞬間、アルは途中で引き戻して囁く。フェイントだと思い知った時、アルの本命の攻撃が腹部に衝撃として走った。





「ごほっ……」





 第二撃が来ることを予測して、呼吸もままならいこともいとわずにその場を無理矢理に逃げ出す。距離を取ったところ、アルは追い掛ける気はないらしく、間合いが保たれていた。





「何で分かったの?」


「言ったろ? 魔力の動きが予備動作のように見えるんだ。相手をだますつもりなら、魔力のコントロールも相手に察知されないようにしないといけない」


「なるほどね」





 少しだけ慣れてきた。コツも掴んできた。足りないのは圧倒的に経験だと思う。やられっぱなしというのも癪だし、そろそろアルの余裕を消し去ってやりたい。





「慣れてきたようだから次、行くよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る