5:仲間

 悪意に満ちた脅威は去った。緊張した空気が僅かに緩む。明らかに敵側と言える奴らがいなくなって、私もホッと息を吐く。が、周りはすぐにざわつき始め、落ち着くことはなかった。





「お、おい。ブルトスに逆らっちまったぞ。次の徴収がやばいんじゃないか」


「そ、そうだ。あいつが逆らったりするから」





 主にアルに対する、町の人たちの罵倒が始まる。逆らったのは間違いないけど、危うく誰かが犠牲になるところだったじゃないか。


抵抗らしい抵抗もしなかったくせに。身勝手な物言いに少しだけ腹が立つ。いや、それ以上に……。





 それはいつの記憶だったろう。白い空間。黒い影。子供の声。弧を描いた口。並んだ白い歯。黒く渦巻くのは明確な敵意に違いなかった。


それがいくつもの声となり、目に見えて牙を向く。口々に紡がれる悪意に包まれた。





「来たぜ、あいつだ」


「ほら、行こう」


「頭おかしいんじゃないの」


「迷惑なんだよな」


「まるで狂犬だな」





 あぁ……、うるさい。


 勝手に、言ってればいい。


 私には関係ない。お前らには関係ない。関係ない。関係ない関係ない。


 気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。


 お前ら全員……。





「ばかものっ!」


「っ……!?」





 騒がしい喧騒の中、一際大きく、重いしゃがれた声が響いた。場は一変して静まり、私も悪意の渦中から抜け出たように思う。だけど……。





「今しがた助けてもらった恩人に何てことを言うのだ。大体、アルフレッドたちには、その徴収でも助けてもらっているのを忘れたのか」


「だ、だがよ」


「あぁ……。いよいよ聖騎士が出てきたんだぜ」





 罵倒を引っ込ませたのは町長と思わしき老人である。だが、何人かの人間は事実に対して納得がいかない様子だった。それを見た町長は、険しい表情を作る。そして、先程とは違いゆっくりと口を開いた。





「もうよい。ブルトスは去ったのだ。この場は解散しよう。アルフレッド、すまんな。一度わしの家に来てくれ」


「はい」





 アルの表情は読めなかった。他人を助けるために飛び出し、感謝されるどころか罵倒される。思えば最初から、出会った時からそうだった。それで、アルは満足なのだろうか。





 町長に呼ばれたのは、アル、ドゥーガル、アニータ。そして私だった。


私はただあとについて行く。場所を変えるとき、周りからの視線は不快なことこの上なかったが我慢した。自分にも視線が注がれているのは分かりやすかったけど、やはり大半はアルたちに対してである。


アルたちが何も言わないのに、私が騒ぐのは違うだろうと思えて大人しくしておいた。





 案内されたのは町長の家だった。大通りから見える近さであり、数メートル歩いた先だ。別に大きいわけでもない。無機質に立ち並ぶ木造の家の一つで、区別ができないと感じた。中に入っても豪華なわけでもない。


 ぎしぎしと床を歩くたびに軋む音が鳴る。すぐにリビングのような部屋に繋がっており、縦長い木造テーブルにそれぞれ腰を下ろすこととなる。私も倣って空いている席に一応腰かけた。





 奥から駆け足でお婆さんが現れる。ふわふわとした白い髪の毛が綿毛のようだ。恐らくは町長の奥さんだろう。オロオロと心配げな表情を浮かべていた。





「アニータ。傷を見せて」


「もぅ、カローラさん心配しすぎ。これくらい平気、平気」


「いいから!」





 敵兵に切られた肩の傷だろう。年配の女性に気圧され、アニータはそのまま服を脱ごうとする。その所業に驚いたカローラというお婆さんは酷く慌てた。





「ここで脱がないの。こっちに来なさい」


「分かったってば」





 恥じらいのない娘だな。私でも、もう少し考えると思うけど。


 私も少し落ち着かなくなるなか、見慣れた光景なのか。アルとドゥーガル、町長さんも顔を綻ばせていた。


 アニータとカローラさんは奥の部屋へと引っ込む。肩の傷の治療だと思うが、それを待つ気はないのだろう。町長さんが最初に口を開いた。





「まずは感謝の言葉を述べさせてくれ。危うく誰かが生贄スケープゴートにされるところだった。ありがとう」





 律儀に肌色部分が多い頭を下げる町長。そのままの態勢を維持する町長にアルが返す。





「いえ、俺が勝手に飛び出したんです。浅はかでした」


「そうじゃない。馬鹿高い金の取り上げに耐えているのも、犠牲者を出さない為だ。頭を下げるのも耐え忍ぶのにも慣れたが、誰も傷付かないようにするためだ。だが、先ほどは出てきてくれて良かったと思っている。少なくともわしはな」





 それを良いように思っていない人間がいることも事実だ。それも分かっているが、この町長さんはアルに心から感謝しているのだと感じた。それほど穏やかに微笑んだ表情だった。





「だがこれからどうするかだな。とりあえず護れた。それは一旦良いとして、デズモンドが出てきたこと。そんで、アヤメちゃんがアリスだと、いや、此処にアリスがいることがじきに魔女姫に伝わってしまうぞ」





 次にどうするか。次のことに考えを巡らせているドゥーガルは生産的な話を持ちかける。今までの反省は充分。だったらそこから何をするべきか考えるべきだろう。アルも同じように考えているようで、迷うことなく言葉を紡いだ。





「そうだな。動くのは早いほうが良い。もともと予定にはあったが、アヤメに魔法を教える。アリスとして目覚めさせるしかないだろう」

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