4:凶行Ⅵ

「な、なんだとっ」





 ブルトスは眉間に皺を寄せて歯嚙みする。





「止めろって言ったんだ。当分は立てないさ。まして魔法で戦うことも。それ以上やるなら、次はお前の番だ」


「ぐ、ぐぐっ」





 アルの宣言に、アニータとドゥーガルも同意のもとブルトスを威嚇する。三対一という状況にさすがに臆した様子で、ブルトスは僅かに後退する。身勝手な提案と凶行に走った末、追い詰められたことを深く理解したようだ。





「ふ、ふくく。い、いい気になるなよ。僕にはまだ次がある」





 恐れを顔に貼り付けた表情から一変、ニタリと顔を歪ませる。おもむろに右手を掲げたかと思うと、ブルトスの右手が青い光を放つ。





「あ、あいつ魔法使えたのかよ」


「知らなかったね」





 ドゥーガルとアニータが予備知識のない事実に少し驚く。が、すぐに臨戦態勢を取る。





「いや、あれは召喚転移だ」


「マジか。じゃあまさか……」


「例の騎士様のご登場ってことね」





 緊張感が高まる。ブルトスの真ん前の地に、紋章のようなものが浮かび上がる。地表が青く光り、そのまま光が人型を形作る。徐々に光は勢いを落ち着かせてゆく。


 紋章が消えたとき、目の前には影も形もなかった一人の人間がその場に出現していた。





「全く。喚び出されるという感覚は、いまだに慣れないですね」





 現れたのは一人の男。黒シャツに白銀のコートを羽織り、同じ色調のズボンを履いている。閉じた眼をゆっくり開き、周りを見渡す。灰色の眼が街の人々を、そして私達を一瞥する。状況を把握したのか。ブルトスに視線を留めた。





「おや、どうしたんですか。ブルトス様。このような辺境な地で、私にいったい何用で?」





 吐いた言葉は丁寧な物言いだ。けど、私でも分かる。その言葉に敬意はなく、軽口に近い。ポケットに右手を突っ込みながらとなると、火を見るよりも明らかである。





「デズモンド。そいつらを殺せ。僕に逆らう反逆者どもだぞ!」


「なるほど」





 指を差して激昂するブルトス。その示す方向に倣って、デズモンドと呼ばれた赤髪の男は顔を向けた。





「やはりこの町にも潜んでいたのですね。聖十字セイントクロスの方たちは。いやぁ、うちの者たちを三人も倒すなんてお強いですね」


「言ってくれるぜ。てめぇにどれだけ仲間が殺されたか分かったもんじゃねぇ!」





 にこやかな笑顔。隙だらけの立ち振る舞い。敵であるはずなのに、崩さない敬語。表立った見かけは、ドゥーガルの言葉で異質なものへと変貌した。





「そうは言われても。私だって殺したくて殺してるわけではありませんよ。仕事だったり、命令だったり、正当防衛だったりです。だから今回も同じことですよ。と言っても、貴方は別ですが。ねぇ? アルフレッドさん」


「……」





 言葉を、敵意を向けられたアルは堅く口を閉じたままだった。





「重力の魔法を使う兎さんは捕まえて来いというのがリディア姫の命令でして。生死問わず(デッドオアアライブ)なら面倒ではなかったのですが、まぁ仕方ないですね」





 淡い緋色の髪が風で少し靡く。男は異様な雰囲気を持って佇む。そのまま、ゆっくりと右腕をアルたちへと向けた。





「かはっ!」





その瞬間、アニータが嗚咽を漏らす。何が起きているのか。デズモンドとは五メートルは距離があるのに、アニータが急に苦しみ始めてしまう。





「おい、どうした?」


「アニータ。くそ、止めろ!」





 アルが叫ぶ。デズモンドと同じく右腕を掲げて魔法を起動する。ズンっと、デズモンドの上から重い圧が掛かった。





「っ……なるほど。随分簡単に使えるんですねその魔法」





 よろめくデズモンド。その時、ようやくアニータが解放されたように酸素を大きく吸い込む。





「ぷはぁっ、けほ……はぁ、はぁ……」


「おい、どうしたんだよ?」





 膝をつくアニータに、ドゥーガルが気遣う。アルと同じ所作で魔法を使ったようだけど、苦しみ方が全く違う。こいつは何をしたのか。自然と手が汗ばむ。今までで一番やばい相手なのではと、私なりの警鐘が鳴り響いた。





「邪魔しないでくださいよ。貴方以外は邪魔なので殺しておくところなんですから」


「ふざけるな。俺の仲間を殺させるわけ……っ」





 アルの言葉は最後まで紡がれない。その間際で、目の前のデズモンドは姿を消した。





「くっ……」





 突然、アルが振り返って二人を突き飛ばす。その唐突さに、アニータもドゥーガルも対応が遅れて転倒してしまう。私が目を見張った時、デズモンドが腰に差した片手剣をアルに向かって斬り付けようとしていた。





「アルッ!」


「分かってる」





 アルはもう一度振り向いて対処する。デズモンドの剣は、何故か途中からゆっくりした動きだった。だからこそ、アルは間に合うことが出来た。剣の軌道に合わせて裏拳をブチ当てる。赤く鈍い光を纏った右の拳が、刃の側面に合わせて振り抜かれる。


側面から衝撃を加えられた剣は、綺麗に折れて刃先が飛ぶ。それは高く舞い、くるくると回り続けて地面に刺さる。折れた剣であっても関係なしに、そのまま横薙ぎに振るデズモンド。距離を取るべき場面で、アルは逆に内側に深く入り込む。剣の軌道を軽くいなし、アルは魔力の籠もったストレートを振りぬく。が、伸びた右腕を空を切る結果で終わってしまう。デズモンドと言えば、いつの間にか元の位置に戻っていた。





「全く。この剣はそれなりに名のある鍛冶師が造った名剣であるというのに。なかなかの身のこなしですね」


「……どっちがだ」





 アルの顔色が変わる。涼しいまま変わらないデズモンドに対して、旗色が悪そうだ。転倒してからすぐさま立ち直すアニータとドゥーガルだが、二人も先ほどまでの余裕はなくなったように、冷や汗を垂らしていた。

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