4:凶行

 ブルトスは軽々しくとんでもないことを口にした。町長、またその場にいる人々、いや私すらも開いた口が塞がらない。





「そ、それはどういう……」


「だって知らないんでしょ? 知ってたら教えてほしいんだけど。ならもうこの町の誰かを、代わりに連れて行って差し出すしかないじゃないかね?」





 何かおかしいこと言ってる?


 と、ブルトスは酷く平静だ。それが当然だろうと不思議そうに眉をひそめた。 冗談を言っているのではない。妥協案として生贄を連れて行くと、真面目に言っているのだ。そして同時に、もう一つの事実が確定した。アリスと兎男。つまりは私とアルは、連れて行かれると殺されるのか。





「どう? 僕の考え。間違ってる?」


「いえ、さすがブルトス様です。これ以上ないお考えかと」


「ぶははっ、そうだろうそうだろう。とりあえず男と女だ。お前ら、適当に連れて来い」


「ま、待ってください。ブルトス様。そ、それはあまりにも」





 部下に命ずるブルトスに、町長、また町の人々は顔を青ざめる。当然納得いかないだろう。抗議とはいかないが、撤回を要求する町長に、ブルトスは重い言葉を掛けた。





「そんなに嫌か? ぶふ、それじゃあ金貨100枚でどうだ? それで手を打ってやってもいいぞ」


「っ……。そんな、先日、お渡ししたばかりだっ」





 言葉を噤む人々の様子から、呑める条件でないことは明らかであった。厭らしく口元で弧を描くブルトス。おそらくブルトスも分かっているのだろう。呑めない条件を提示していることを。





「あれも嫌。これも嫌。そんなワガママは通らないよ。お前ら、無理矢理連れて行け」


「はっ」





 暴力行為に訴えるべく、部下三人は全員携えるサーベルを抜いた。丸腰の町民に向かって、剣を向けたのだ。





「うわああぁっ」


「きゃあぁぁあ」





 生じる混乱の中、サーベルを振り抜く三人が急に動きを止めた。





「なっ……」


「ぐくっ」





 膝を折り、上から抑えつけられるように部下は呻いていた。この様子を見たのは何度目になるか。





「止めろ。俺がその兎男だ」


「なに?」





 屋根の上に凛然と立つアルがいた。横では、あちゃーと頭を抱えるドゥーガルが見える。





「なるほどなるほど。重力の魔法を扱うというのは報告通りだ。つまりお前が……アルフレッド・グラデミスか」


「そうだ」





 アルは屋根から飛び降りる。地に着く寸前、一瞬ふわりと風が生じた。確認するまでもなく、アルの表情には静かに怒っている感情を見せる。





「ぶふふ、良かったな。町長。本人が出てきてくれた。余計な犠牲者を出さずにすんで」


「……アルフレッド」





 町長が静かに行く末を見守っていた。僅かに青ざめている。他の人達も、標的か変わり同じように足を止めていた。





「お前たち、いつまでそうして固まっているんだ。早く捕らえろ。逃げられんように足の一本くらい切り落としても構わんぞ」


「はっ」





 部下の三人は命令通り、静かに立ち上がる。今までの敵とは少し違う。おそらくアルの魔法が破られたのだ。





「兎の被り物はどうしたのだ? 逃げるために捨てたか」





 部下の一人。黒髪の男がアルに言葉を投げ掛ける。アルは何も返さない。明らかな軽口に付き合うつもりは毛頭ないようだった。


いや、それも仕方ない状況である。三人は距離を保ちながら、ゆっくりとアルの周りを囲い始める。まるで獲物を見定める獣のように。じわりじわりと追い込んで行く。





「ったく。しゃーねぇな」





 固唾を呑むなか、打ち破ったのはドゥーガルだった。アルと同じように悠々と屋根から飛び降りる。ただ、アルとは違いそのまま飛び降りた衝撃が起こった。しかし、ドゥーガルは全く意に介す様子はなく、首に手を回してコキコキと鳴らす次第だ。





「アヤメちゃん。此処で待ってて」


「え?」


「アルが出ちゃったんだから、私も行かないと」





 同時に、側にいたアニータが大通りへと出て行く。向こうが三人なら、こちらも三人ということだろう。理解した私は素直に応じることにした。





「私も混ぜてもらおうかね」


「ドゥーガル、アニータ」


「なるほど。仲間がいたか」





 ブルトスはニヤリと顔を歪める。部下の三人も、手間が省けたとばかりに戦闘態勢を取った。





「何で出てきたんだよ。奴らの狙いは俺だけのはずだろう」


「アルのお馬鹿。決まってんでしょ。仲間だからよ」





 アニータはそう言って、にししと笑う。褐色肌のほっぺが赤みを帯びて、白い歯をめいいっぱい見せつ付けていた。





「くさいなお前」


「うっさい」





 呆れ顔でドゥーガルがボヤくと、アニータは照れたように反論した。その隙を狙い、部下たちは即座に攻撃を仕掛ける。各々が標的を見付け、散るように剣を振りかざす。





「そうだ。白髪の男だけ連れて来い。あとの二人は殺しても構わん」


「は、仰せのままに」

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