2:魔女姫の世界Ⅴ

あまりにも堂々とした佇まいに私は圧倒される。おさげの髪が光に反射して金色に輝く。大きく真っ直ぐに見据える緑色の眼には、吸い込まれるような気がした。


 この女の子。さらには着ている服も特徴的だった。膝丈くらいの赤いスカートに加えメイドか何かを思わせる西洋っぽい服だ。とても木々を飛び降りるような、軽やかな動きを取れそうもない恰好である。





「いや、狼なんて見てないな」


「そ。ちょっと探してんだけど、全然見つからなくて困ってんだよね」





 アルが一歩前に出て質問に答える。この世界のことなんか分からない私には答えようもなかった。ただ、どうして狼なんか探しているんだろうと少し気になる。





「見ない顔だが、この辺の者じゃないのか」


「ん? あぁ違う。違う。立派なよそ者」





 よそ者であることに立派とかあるのだろうか。





「それなら、ここに狼なんかいない。この辺には前から来たことがあるから間違いない」


「あぁ、そうじゃなくて。狼は狼でも獣人のほう。今話題のお尋ね者を探してるんだよね」


「ってことはお前、ハンターか」


「正解。はいこれ」





 女の子が何かを投げる。手裏剣を投擲したような手付きで、真っ直ぐにとんでもないスピードで飛んできた。前に出ていたアルがパシッと掴み取る。アルの手中を見てから分かる。紙のようなものだ。アルが記載された文字を読む。





「エルム・T・シャルロット」


「そ。それ私の名前。賞金稼ぎが主流だけど請負もやってるから、何か狩りたいのがあれば安くしとくよ」


「……魔女姫」


「へ?」





 アルはボソッと呟く。距離があった女の子、エルムには聞こえなかったようだけど、近くにいた私には聞こえた。





「君はそれだけの力を持っている。だから頼む。この世界を助けてほしい」





 ふと、アルに頭を下げられたことを思い返す。いやいや、私には関係ないことだ。大体、本当に私にそんな力があるとも思えない。ぶんぶんと首を振って、自分らしからぬ考えを打ち消した。





「ちょっと聞こえなかったんだけどさ。何て言ったの?」


「いや、何でもない。今は特に思い当たらないって言ったんだ」





 訊き直すエルムに、アルはやんわりと断る。私はそのやり取りに違和感を覚えた。私には頭を下げたアルが、この娘には頼まない。その違いに、何か理由でもあるのだろうか。





「そう。まぁそれならそれでいいや。気軽に頼ってくれればいいし。今はお尋ね者の狼を追うので忙しいし」





エルムはそう言って指を鳴らす。何かの合図かとつい身構えてしまうけど、そんな心配をしたのは私だけだったようだ。





「はは、そんなに警戒しなくて大丈夫」





 エルムが言ったことは本当だった。地面に突き刺さっていた鋏が震えると、ゆっくりと浮き上がる。そして、くるくると回転しながらエルムの右手に綺麗に収まった。


 エルムはそれを手遊びしてしまう。ペン回しのように回転させたあと、その鋏はいつの間にか消えてしまった。





「空間を操る魔法、いや……物質を具現化する魔法か」





 アルが見定める。魔法と一口に言っても、色んな種類があるようだ。エルムはアルの見立てをどう受け取ったのか。ニッと笑うと得意気に話す。





「さぁどっちでしょ。けど、あんたどうやら只者じゃないっぽいね」


「どうかな。俺も一応魔法は使える程度だよ」





 不穏な空気へとすり替わる中、自嘲するかのようにアルは笑みを浮かべる。ゾニスとかいう男を圧倒したあたりそうは思えなかった。けど、それ以外に比較材料がない分、私には正確な判断が難しい。





「そうは見えないけど。……まぁ今は、ボディーガードで忙しいから勘弁したいってとこかな」





 エルムは私をも視界に留めてそう解釈したようだ。何処か好戦的な雰囲気が僅かに緩む。





「理解が早くて助かるよ」


「いやいや」





アルの感謝に近い言葉に、エルムはすました笑顔で返す。





「けどそれなら、私からも護って見せるべきじゃない?」





 一変して、悪意ある笑みを浮かべるエルムは駆け出した。風を切り、空いていた距離を一瞬で詰めるスピードは計り知れない。とても私には無理な芸当だ。





「っ、問答無用か」





 弾けるように駆けるエルムは、既に人間の動きを超えていた。宙を舞い旋回させた蹴り技が飛ぶ。しかし、アルはしっかりと対応していた。


打点が高すぎたのだろう。驚くべき跳躍力と見ることも出来るけど、アルは体を屈めて躱し切る。





「彩芽。俺から離れ……」


「あ、当たり前でしょ」





アルの懸念より早く、私は距離を取る。私がやってた喧嘩なんて児戯に等しい。私が邪魔だってことくらいはすぐに理解できる。





「へぇ。余所見するとは随分余裕なマネするんだね」





アルを飛び越え、着地したであろう音と同時に、エルムはアルの背後に回る。





「余裕があるわけじゃないけどっ」





アルは体を捻って拳を振るう。背を向けたままの反撃。裏拳だ。当たる。はたから見た私がそう思えた矢先、アルの拳は空振りに終わった。エルムが消え失せたように映る。





「何処に?」





私が辺りを探し始めた時、同時にエルムの声が聞こえた。





「人が悪いなぁ。一応魔法は使える程度? 私の動きについて来れる奴なんて久し振りだっての」





声の出処は上だった。見上げれば、木々の枝に中腰で座っているエルムを見付ける。一瞬であんなところにまで移動したのか。





「お褒めに預かり光栄だけど。そっちこそ人が悪い。俺たちはお尋ね者じゃない。狙われる筋合いはないはずだが?」


「悪いけど私の趣味だよ。あんたに興味が湧いたし、最近運動不足だからちょっとばかり付き合ってもらいたいな」





エルムはそう言って飛び降りる。そのまま、アルに向かって足を振り上げる。





「そういうのを、悪趣味って言うんだよ」

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