第18話

目を覚ますと知らない天井がみえた。


この展開、見たことがあるぞ。そう、そして隣には知らない男が…


思わず横を確認するが、男の影はなく、俺もなにかしらの服を着ていた。某スポーツメーカーの上下スウェットを着ていたのだ。昨日のことは断片的に覚えている。そうだ、あの男の弱みを握ろうと戦地に自ら赴いたのに…俺はなんたる失態を犯したのだろう。馬鹿としか言いようがない。酒と快楽に酔ってされるがままに、なんて…盛りのついた犬じゃないんだから…一体何やってんだ俺は。

好きなくせにあまり強くもない酒を煽っていたということは、どこか俺はあの状況を楽しんでいたのだろうか。いや、そんなはずはない。断じてない。



「起きた?飯、できてるから」

「うああああ出た!!」

「…人をお化けみたいに言うなよ。傷つく」

「…」


俺は発言の主をまじまじと見つめていた。だって、だって。



「ぶはっ!か、かわいいエプロン!」

「ちょ、そ、それは突っ込むなよ!」

「ちょ、似合わないっ!全然似合ってない!」


田宮社長は寝室に顔をのぞかせたのだが、ラフな無地のシャツとパンツがよく彼の体型に似合っていることは似合っているのだが。如何せん、身に着けているエプロンが某有名テーマパークの蜂蜜大好きなくまさんだったのだ。可愛いことは可愛いのだが、壊滅的に彼に似合っていない。むしろ突っ込み待ちなのではないかと思わせるミスマッチぶりだったのだ。


「こ、これは!俺の姪っ子がお揃いで欲しいと言ったから、その、買っただけで、たまたまエプロンが他になくて!料理が終わったらすぐ取るつもりだったんだ!くそっ!笑うな!」

「あっはっは!やばいです、お腹、いたいっ!」

「…っ、着替えてくる!」


彼は真っ赤な顔で早口でまくしたてた。どうやら仕事のできるエロ魔人も姪っ子のことが可愛いと思える心があるらしい。姪っ子にどうしてもと泣きわめいて懇願されて、それをなだめようと買ってあげたのだろうという光景が浮かぶ。俺の前では披露するつもりではなかったらしく、不本意にも見られたということなのだろうか。

彼はすぐに奥に引っ込んでしまった。しかし、これは彼の弱みゲットである。姪っ子ちゃんには敵わない社長…なんだか笑える。というか、田宮社長に兄弟がいたんだな。きっと男であれ女であれ、美形なんだろうと思うとなんだか悔しくなった。


そんなことを思うと、彼も人間なんだとごくごく当たり前の思考に至る俺は、やはりどこかおかしいのかもしれない。昨日だって…と、そこまで考え付いてから、今自分が寝ているベッドで昨日自分が行ったことが脳裏によぎった。


「ひあああ!!」

ドタバタとベッドから転がり落ちる。かなり今更ではあるが、昨日あんなことがあってからあいつと顔を合わせるのは恥ずかしすぎる。


「どうした?!」

布団を体に中途半端に巻き付けつつベッドの横に情けなく落ちた俺の物音に家主が焦った様子で戻ってきた。もちろんエプロンは外されていた。

「ど、どうしたもこうしたもないです!」


俺は羞恥に身体を染めて、布団に顔を埋めてそう叫ぶしかできなかった。







「…なん、ですかこれは」

「口に合うといいんだけど」


ずっと人様の寝室にいるのも…特にあの寝室にいるのは気まずさしかなかったので、俺は彼に案内されるがまま広いダイニングに通された。テーブルには焼き鮭、出し巻き卵、味噌汁、漬物というシンプルではあるがこれぞ朝ごはん、という品々が並んでいた。俺は和食派で自分ではここまで朝からきっちりとご飯を食べないので、これはかなり嬉しい。


「こ、これ田宮社長が?」

「俺以外誰がいるの。さ、座って」

「す、すごい…おいしそう」

「冷めないうちにどうぞ」


にこりと笑う表情は嫌味がなく、素直に俺をもてなすという気持ちが伝わってきて、俺はじんわりと心があったかくなった。


「い、いただきます」

「どーぞ」


俺も、いただきまーす、と手を合わせて食べ始める所作は綺麗で、やっぱりできた人だなと思ってしまう。

俺も一口、卵焼きをほおばる。なんだこれ、出汁がじんわり口の中で広がって、少し甘い、懐かしい味がする。


「おいしい、すごい、おいしいですっ」

「そう、よかった」

「…っ、」


俺が素直に朝食のお礼も意味も、本音の味の感想も込めてそう告げると、彼は本当にうれしそうにそう言ったのだ。社長というよりは、田宮雅臣という男の表情を垣間見たような、そんな気がして、俺はその表情から思わず目を逸らしてしまった。なぜなのか、それはよく分からないけれども。

そのもやもやについては深く考えるのはやめて、俺は脂の乗ってそうな鮭に箸を伸ばした。




「凛太朗の胃袋、ゲット」

「…?なにか、言いました?」

「いや、なにも」



田宮は味噌汁を啜りながらも幸せそうにご飯をほおばる津島を見つめ、にやける顔を隠すのに必死だったことは、もちろん津島は知らない。

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