第22話 建国

城近くの岩陰にサーラの操縦する小型ジェット機が着陸する。サトルたちと一緒にサーラも降りる。

「私もご一緒に戦わせてください!」

サーラは分身の術を見せて、サトルにそう言う。それを見たブンジロウの目が輝く。

「すごいな、さすがはくノ一」

ヒロシがそう褒めると、サトルはサーラなら殺生をしないで戦えると思ったので心よく頷く。

「よし!それならサーラは10人で、俺とレインボーで90人を倒せばオッケーだ!」

ヒロシはサーラの参戦を大歓迎する。

「あのね、なんで私は計算に入っていないのよ?私だって戦えるわよ!」

アカネがヒロシに詰め寄る。

「じゃ、サーラは9人で、アカネは1人な」

「はあ、なんで私が一番弱い扱いなのよ!零壱人を侮らないでよね!」

「さっきから声がでかいんだよ!敵に見つかっちまうだろうが!」

ヒロシがそう言った時にはすでに手遅れだった。サトルたちはライトで照らされ、堀の中に隠れていた国王軍に囲まれてしまう。


「ま、待ち伏せ…」

アカネのボディが青くなる。

「ちっ、賢い国王様だ…5万はいるか…」

ヒロシも額から汗を流す。

「お前たちは包囲されている。無駄な抵抗をせずに出てくれば命だけは助けてやる。なんてことはない!捕まえたら殺してやるから、せいぜいもがくがいい!ニャハハハッ!」

と国王軍の兵士がスピーカーを使って言う。

「狩りでも楽しむつもりね…命を何だと思っているの!」

サーラが拳を握りしめ、怒りを滲ませる。サトルはサーラの肩をやさしく叩くと、

「大丈夫」

と言って、ニコッと笑う。

「ブンジロウ、ほどほどにね」

とサトルが言うと、ブンジロウは大きく頷いてから、国王軍に向かって跳んで行く。通過するだけで地面に亀裂が入るほどの猛スピードでブンジロウは国王軍に襲いかかる。

直接蹴ると国王軍の兵士を殺してしまうので、ブンジロウは10mほど離れた場所から蹴りを放ち、その衝撃波で国王軍の兵士たちを吹き飛ばす。


「ウワーーー!!」

「何事だ?どこから攻撃された?」

「何も見えなかったぞ!」

攻撃を受けた国王軍の兵士たちは先ほどまでの余裕がウソみたいにパニックに陥る。

「かかれー!!」

味方が攻撃されたのを見て、サトルたちの背後にいた国王軍が一斉に襲いかかって来る。

「ちっ、戦うしかねえか…」

ヒロシは大きな岩を掴むと、空中に上がり、国王軍に向かって投げようとする。

「ヒロシ、それはダメだ!国王軍を殺してしまう!」

サトルが両手を広げてヒロシを止めようとする。

「だ、だけどよ…黙ってやられるわけには…」

ヒロシは迫って来る国王軍に向かって岩を投げる。すると、サトルがジャンプして、手刀で岩を粉砕する。

「バカ野郎!どっちの味方なんだよ!」

怒るヒロシだが、

「命」

と一言だけサトルに言われると、何も言い返せない。


国王軍の兵士が刀でサトルに切りかかろうすると、ブンジロウが現れて地面を思いきり殴り、その衝撃波で国王軍の兵士が吹き飛ぶ。

「すごい…」

サーラが驚くと、

「ブンジロウは世界一、強いんだから!」

とアカネが得意気に言う。

「そうじゃなくて、私が見せた分身の術をマスターしている…」

「えっ?」

アカネがよく見ると、分身の術を使った数千のブンジロウが、国王軍を次々に吹き飛ばしていた。

「分身をつくると、自分はコピーだと思って、新しい分身が悲しんでしまうかもしれないけど、分身の術ならその心配がないから」

サトルがブンジロウの心境を語る。

城外にいた3万もの国王軍を182秒で倒すと、分身の術を解いて、ブンジロウがサトルたちのもとに戻って来る。

「誰も殺していないね?」

サトルが聞くと、ブンジロウは大きく頷く。

「キャーー!ブンジロウ最強!!」

アカネがアームを使ってブンジロウを掴むと頬ずりする。

「見事な分身の術でした」

サーラに褒められ、ブンジロウは顔を赤くする。

「安心するのはまだ早いぜ…」

ヒロシがそう言うと同時に、城内の砲台から無数の砲弾が飛んでくる。


ブンジロウが再び分身の術を使おうとすると、サトルが制する。

「大丈夫だよ」

サトルはそう言って、ブンジロウを見て微笑む。

飛んで来た砲弾が、木と岩の間にレインボーがつくった巣に引っ掛かって止まり、サトルたちに届かずに爆発する。

「なんだ!?」

「やつら何をした?」

城内の国王軍がざわつく。爆煙が消えると、そこにサトルたちの姿はなかった。

「どこに行きやがった?」

国王軍の兵士たちがサトルたちを捜す。

「居たぞ!上だ!飛んでいるぞ!」

国王軍の兵士の一人が指差す。

レインボーがサトルとブンジロウを掴み、ヒロシがサーラを掴んで、城の上部にある国王の間に向かって飛んでいる。


国王軍が一斉に銃撃してくるが、

「電流カーテン!!」

アカネが電流を放出して、銃弾の雨を遮って落とす。

「まあ、これくらいは役に立ってもらわないとな…」

ヒロシは平静を装う。

「殺生の道具は没収しまーす!」

アカネはそう言うと、磁気を発生させ、国王軍の武器を吸い寄せる。そして、武器を球状にひとまとめにして使い物にならないようにすると、地上に落とす。

「こんな力が…なんで隠していたんだよ…」

驚くヒロシを見て、

「好戦的な人間を見張っているから、これくらいはできるわよ。でも、女の子はか弱いほうがモテるでしょ」

とアカネが明かす。

「ここにも猫を被っている奴がいやがった…」

ヒロシがそう呟くと、

「何か言った?」

アカネが電流を放出しながら聞いてくる。

「早く猫を被っていた王様を助けるぞ」

と言って、ヒロシはごまかす。

「突っ込むよ!!」

サトルたちは城の上部の窓を割って、国王の間に突入する。


国王は夜食のカジキマグロの丸ごとトマト煮を食べることに夢中で、サトルたちのことを意に介さない。

十数人の護衛は、銃を構える前にブンジロウに気絶させられる。

レインボーが窓やドアに糸を張り巡らせ、外から応援部隊が入ってこられないようにする。

「こんなに食べると死んでしまいます」

サトルが国王から夜食を取り上げると、国王の逆鱗に触れる。

「我のカジキマグロを返せーーーー!」

激怒した国王が夜食を取り戻そうとするが、体が重くてサトルを捕まえることができない。

「そうです。こうやって運動をして、痩せてください」

サトルが国王を褒めるが、国王はすぐに息があがり動けなくなってしまう。

「毎日続けることが大切ですから。ゆっくり大丈夫ですよ」

サトルは国王の肩を叩いて励ます。一瞬の隙をついて国王が夜食を取り戻そうとするが、サトルは夜食をヒロシにパスする。


「うーん、たまらねえ。食っていいかな?」

匂いを嗅いだヒロシはヨダレを垂らす。

「今はまだダメだよ。彼の許可をもらってからでないと…」

サトルがそう言うと、

「チェッ、わかったよ。聞こえたろ!さっさと出てこいよ!」

とヒロシが大声で呼びかける。

「国王を助けるって、こういうことだったのね…」

アカネが太った国王を見て、

「国王の替え玉が太り過ぎて死なないように」

サトルとヒロシの「国王を助ける」という言葉の意味にようやく気付く。

そして、本物の国王のライアが王座に姿を現す。


サトルたちはその姿に驚いたが、特に驚いたのはアカネだった。

「いつから気付いていたのですか?」

ネズミ型ロボットになったライア国王が、サトルたちに向かって話す。

その隙に、替え玉の国王がヒロシから夜食を奪おうとするが、ヒロシは夜食をレインボーにパスする。

替え玉の国王は這いつくばって、レインボーに迫って行く。

「カジキマグロがこんなに大好物の国王が、自分の身代りにカジキマグロをベッドに置いて銃撃されるような真似をするわけがないからな。しかし、国王が零壱人だったとは思いもしなかったが…それもネズミ型ロボットの」

ヒロシが零壱人となっていたライア国王の質問に答える。

「猫がネズミを追いかけるのは、そのデザインがあまりに美しいからです。零壱人として永遠に生きることを決意した時に、迷わずにネズミ型のボディをつくりました」

「あなたが、最初の零壱人なの?」

アカネが質問すると、

「それはわかりません。零壱人に会うのはアカネさんが初めてですが…」

とライア国王が答える。


「あなたほど賢い方が、どうして人間と戦争をしたのですか?」

サトルが矢継ぎ早に質問をするが、

「ちょっと待ってください。今度は私が質問をする番です。あなた方の世界を支配しているのは誰ですか?」

とライア国王が質問をする。

「国王様もここで会っているはずだが」

ヒロシがそう答えると、

「やはりそうですか」

とライア国王は納得をする。

「それでは、サトルさんの先ほどのご質問にお答えしましょう。私が人間と戦争をした理由は、この星を守る為です。人間たちは、この星を壊してしまうような戦争を始めようとしていました。私やミラも、言語を理解してスパイになれるように実験をされていたのです。それだけではなく、私とミラは体に小型爆弾を入れられ、そのまま捨てられたのです」

「やっぱり、人間が悪いのよ」

「ああ、自業自得だな」

アカネとヒロシが呆れた口調で言う。

「ミラ姫の爆弾は?」

サトルが心配をすると、

「もちろん、外そうとしましたが、ミラは嫌がりました。『兄さんが人間と戦争をするなら自爆をするわ』と言って。それで、仕方なく幽閉するしかなかったのです」

とライア国王が答える。

「そんな…爆弾と一緒に生きているなんて…」

ショックを受けるサトルを、ブンジロウとレインボーが肩をやさしく叩いて励ます。

「おっと、私が質問する番でしたが、まあいいでしょう。それであなた方はこれから、どうなされたいのですか?私を捕まえて幽閉しますか?」

「そ、それは…」

「どうしたらいいんだ?俺はてっきりもっと悪い奴が出てくるものとばかり…結局、悪いのは人間だしな…」

アカネとヒロシは目を合わせて困惑する。


「命を奪わない国をつくりましょう」

そう声がして、サトルたちが振り返ると、ミラ姫とサーラが立っていた。サーラがレインボーの糸を特殊ナイフで切って入って来たのである。

「ごめんなさい。見送っていたのは私の分身で、私はコックピットに隠れていました」

ミラ姫も、くノ一だったことを明かす。

「兄さんもよくわかったはずよ。抑圧で平和な国はつくれないわ。“お互いを信じる心”を信じるしかないの」

ミラ姫がそう言うと、

「わかったよ、ミラ。軍隊を解体しよう」

とライア国王が答え、

「ただし、条件が一つだけある」

と付け加える。

「条件?」

「ミラが女王になることだ」

「えっ?」

ミラ姫は突然のことに戸惑うが、

「それは名案だ」

とヒロシが言い、サトルたちは喜ぶ。

「でも、私にできるかしら…」

不安げなミラ姫に、

「お母さんも、きっと喜ぶよ」

とライア国王が励ましの言葉をかける。

「兄さん…」

ミラ姫はライア国王をじっと見つめる。

ライア国王はミラ姫の背後に回ると、ミラ姫の耳の裏に残っていた小型爆弾を外す。


「よかったー」

サトルが安堵の表情を浮かべる。

「それじゃ、あのカジキマグロを食ってもいいかな?」

ヒロシがよだれを拭きながら聞くと、

「残してしまうのも、もったいないのでどうぞ召し上がってください」

とライアが快諾する。

「いただきまー……」

ヒロシがカジキマグロを食べようとすると、皿には何も残っていなかった。

レインボーがサトルのことを心配している隙に、替え玉の国王がカジキマグロを完食していたのだ。

カジキマグロの骨をなめている替え玉の国王を見て、

「この豚猫野郎が!」

と激怒したヒロシが殴ろうとしたので、慌ててブンジロウが止めに入る。


そこに、猫人間の将軍と反乱軍の兵士が入って来ると、猫人間の将軍が替え玉の国王のお腹を剣で刺す。

猫人間の将軍は剣を抜くと、替え玉の国王の首を切ろうとする。その剣を、サトルたち全員が手で受け止める。

「なぜ邪魔をするんだ!ええい、お前たちもまとめて始末してやる!かかれ!」

と猫人間の将軍が部下に指示する。

サトルは猫人間の将軍の剣を掴んだまま離さず、ミラ姫とサーラが替え玉の国王を救護する。

そして、他の全員が反乱軍を迎え撃つ。アカネとライアは電流で攻撃し、ヒロシは口ばしでつつき、レインボーは糸で縛り、ブンジロウは軽くデコピンして、反乱軍の兵士を倒して行く。


「どうしてこんなことを…この恩は忘れないと言ったじゃないか」

サトルが怒りを抑えるようにそう言うと、

「薄情は猫の特権なんでね」

と猫人間の将軍は悪びれた様子を見せない。

「一歩でも動くと、城内に仕掛けた爆弾を爆発させるぞ!」

猫人間の将軍は起爆装置を握りしめていた。

「ここは一旦、退散するが、もし国王が助かったとしても今度は失敗しないからな」

そう言いながら、猫人間の将軍は窓に向かって一歩ずつ後退して行く。

「…今度はない」

「なんだと?」

「今度はないと言っているのよ、この大バカ野郎が!」

激昂したミラ姫が立ち上がって叫ぶ。


「う、動くなよ…」

猫人間の将軍が一瞬、たじろいだ隙に、本物のミラ姫が起爆装置を取り上げる。立ち上がって叫んでいたのは分身のほうだったのだ。

「ち、ちくしょう…」

逃げられないと悟った猫人間の将軍が膝から崩れ落ちると、レインボーが糸で縛る。

「こ、殺すならさっさと殺せよ!」

と猫人間の将軍が虚勢を張るが、

「あなたには、もっと辛い罰を与えます」

とミラ姫が低い声で言う。あまりの迫力に、サトルたちも唾を飲む。



数日後-

国王の間には、ミラ女王が鎮座していた。隣にはフジワラが座っている。

サトルたちは、ミラ女王の前でひざまずいている。

「サトルさんたちは、金色の時空賊として多額の懸賞金がかかっていますので、くれぐれもご注意ください」

「はい、ミラ女王様。僕たちの未来へ帰れる宇宙船をご用意してくださいまして、ありがとうございます」

とサトルが緊張しながら言う。

「プハハハハッ」

とミラ女王は笑いを堪えられない。

「ワハハハハッ」

とヒロシたちも笑う。

「サトルさん、あらたまって言われると、なんだかくすぐったいです。普段通りにしてください」

とミラ女王は、サトルの腕を引っ張って立たせる。ヒロシたちも、やれやれと言わんばかりに立ち上がる。


「それにしても、ミラ女王には驚かされたぜ」

「そうね、不殺生国をつくってしまうんだもの」

ヒロシとアカネが、ミラ女王を褒め称える。

女王となったミラは、“理由を問わず殺生をした者を罰する”という掟をつくり、不殺生国を建国したのだ。

地下牢は強化ガラス製になり、殺生をした者はここに閉じ込められ、ガラスを爪で引っかく音を聞かされる罰を受けた。

猫人間の将軍とライアもここに閉じ込められていて、

「もう許してくれー!」

と猫人間の将軍は泣き叫び、ライアは静かに瞑想をしていた。


城外では、隠れていたA202型の人間たちも姿を現し、猫人間たちと一緒に新しい街をつくり始めていた。

一命を取りとめた替え玉の国王は精力的に働き、幾分痩せた体になっている。

替え玉の国王のために乱獲されていたカジキマグロたちも絶滅を免れていた。


サトルたちは、城に隣接しているターミナルに移動すると、サーラが操縦する宇宙船に乗りこむ。

「王族街の住人は、ここの不殺生国の視察に来ていたんだな」

ヒロシが納得した表情を見せる。

「女王様にお見送りしてもらえなくて残念ね」

アカネがデリカシーのない言葉をサトルにぶつける。

「まあ、時空を超えた恋は許されないからなー。仕方ないさ」

ヒロシも冷めた反応を見せる。

ブンジロウとレインボーがサトルを励まそうとするが、サトルの表情は明るかった。

「さあ、帰ろう。僕たちの未来へ」

サトルがそう言うと、サーラが宇宙船を発進させ、城の上部にある国王の間を通ってから、タイムワープをする。

国王の間では、ミラ女王が笑顔でサトルたちを見送っていた。

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