第16話 アカネ様

ブンジロウがサトルとアカネを両腕で抱えて、ワイヤーの上を疾走している。そうしている間にも、ブンジロウの体は縮み続けている。

「分身に失敗したのかな?」

「どうだろう…」

心配そうなサトルとアカネ。

すると、開けた場所に出て、有刺鉄線で囲まれた宮殿が現れる。

「ここは私が…」

特にアカネが驚いた表情を見せる。


ワイヤーと平行した位置にある門のところまで近づくと、虫たちに気を付けて、サトルたちは地面に降りる。

アカネが網膜スキャンに目を近づけると門が開き、サトルたちが中に入ると、門が自動で閉まる。

「ここは、過去の世界に行く前に、私がサトルと暮らしたいと想像した宮殿…」

アカネがそう言うと、宮殿から不殺生国の人間と同じ体型の召使たちが出て来る。執事やメイド、コック、庭師など30人くらいはいる。

「アカネ様。お待ちしておりました。執事のミツルです。お疲れでしょう。さあ、中へ」

「ええ…」

サトルたちは執事のミツルの後に続き、宮殿内へ入って行く。

「すごーい!」

アカネは豪華な内装に目を奪われている。

サトルは、どんどん縮んでしまい、自分の腰くらいの大きさになったブンジロウを心配そうに見ている。

50人は座れるダイニングテーブルに腰掛けると、メイドがラーメンを運んでくる。

「ウワー、どうしてここにラーメンが?」

喜ぶアカネはヨダレを手で拭く。たくさんの殺生によってつくられた食べ物だとわかっていても、一度食べた味が忘れられなかった。

「アカネ様に喜んでいただけるように用意させていただきました」

執事のミツルがそう言ってアカネに頭を下げる。

「いただきまーす!」

アカネはスープを一気に飲み干すと、チャーシューや麺を食べていく。

「ブンジロウ、食べられるかい?」

とサトルが聞くと、ブンジロウは微笑んで頷く。

「よかった。それじゃ、僕らも食べよう。いただきます」

サトルとブンジロウもラーメンをおいしそうに食べる。


食事を終えると、ティラノサウルスが暮らせそうなくらい広い寝室にミツルがアカネを案内する。

「ウワー、夢みたい!」

アカネは天蓋突きのベッドにダイブする。

「アハハハハ、活発なことはよいことです」

執事のミツルはその様子を微笑ましく見ている。

「今夜はぐっすり眠れそう!」

アカネはベッドで大の字になり、満面の笑みを浮かべる。


サトルとブンジロウは、メイドに客間へ案内される。

やはり家一軒が入りそうなくらい広い部屋で、キングサイズのベッドが二つ置かれてある。

「何かお困りのことがありましたら、何なりとお申し付けくださいませ」

メイドは笑顔でそう言うと、客間から出て行く。

ブンジロウはサトルの太ももくらいまでの大きさになっていた。

「ブンジロウ、本当に大丈夫なのかい?」

心配そうなサトルとは対照的に、ブンジロウは笑顔を浮かべて頷く。

「それならいいけど…あっ!」

サトルは窓に駆け寄ると、急いで開く。

ギガノトサウルスの群れが宮殿内に入ろうとしていたが、有刺鉄線の電流を何度かくらうと、諦めて去って行く。

「ここは安全みたいだね。ブンジロウもゆっくり休むといいよ」

サトルは大きなベッドにダイブすると、ブントルのことを思い出してすすり泣く。

自分が巨大ニシキヘビと闘った時と同じように、あれはブントルにとって逃げてはいけない闘いだったのだ。そうだとわかっていても、強引にブントルと一緒に逃げたほうがよかったのかもしれないと、サトルは後悔していた。

すると、ブンジロウがサトルの背中をさすってあげる。

「ブンジロウは、僕が守るから…」

サトルは眠りに落ちていく。


翌朝。

テーブルいっぱいに見たことがないパンやフルーツ、ジュースが並んでいる。ミツルに連れられて寝ぼけた状態でやって来たアカネの目が一気に覚める。

「ひゃー!もう何から食べていいのかわからなーい!」

アカネは手当たり次第にパンやフルーツを食べ始める。

少し遅れてサトルがやって来る。

「あれ?ブンジロウは?」

「ここに居るよ」

とサトルは肩を指さす。

「えっ?どこ?」

アカネはブンジロウがどこにいるのか見えない。

サトルが近づいてくると、肩にちょこんと乗っているブンジロウに気付く。ブンジロウは、サクランボと同じくらいの大きさになっていた。

「驚いた。一晩でこんなに小さくなっちゃったの…」

「でも、元気いっぱいだよ」

サトルがそう言うと、ブンジロウはアカネに飛び跳ねて見せる。

「やっぱり分身に失敗したのね。でも、元気ならいっか」

アカネは再び、朝食にがっつく。

「アカネ様、そんなに慌てて食べますと消化によくないですよ」

「そ、そうね」

アカネはゆっくり、上品に食べ始める。

その様子をミツルは嬉しそうに見ている。


「さあ、サトル様とブンジロウ様も召し上がってください」

そうミツルに言われ、サトルとブンジロウも席に着く。サトルはパンを小さくちぎると、ブンジロウに渡す。ブンジロウはあっという間にパンを食べる。

「よかった。食欲もあるし、小さくなっただけで本当に大丈夫そうだね」

サトルも安心すると、パンとフルーツジュースをいただく。


朝食を終えると、アカネは庭に用意したハンモックで日光浴をしていた。

ケトラサウルスの群れが宮殿の敷地内に入ろうとして、有刺鉄線の電流を何度もうけている。

「おバカさんなんだから」

アカネは恐竜たちを見下すだけではなく、ジャンピングスクワットを繰り返し行っているサトルにも引いている。

「鍛えたってあいつらには勝てないでしょ…」

そこに、ミツルがやって来る。

「アカネ様、スイミングのお時間です。体を動かさないと健康に悪いですからね」

「オッケー!一度、泳いでみたかったの!」

アカネはミツルにハンモックから降ろしてもらい、水着に着替えると、恐る恐るプールに入っていく。

「ちょっと冷たいけど、気持ちいい!」

アカネは泳ごうとするが、まったく前に進まない。

泳ぐことをすぐに諦めると、アカネはプールの水をバシャバシャ叩いてはしゃぐ。

「アカネ様、泳げないのでしたらウォーキングをしてください」

「もう、うるさいわね!好きにさせてよ!」

とアカネがほっぺたを膨らませるが、

「アカネ様」

ミツルが真剣な目で見てくるので、

「わかったわよ」

と渋々ながらプールの中を歩いていく。

「その調子です」

ミツルに笑顔が戻る。


プールでのウォーキングが終わると、アカネはピアノ、ダンス、絵画などの習い事を続けて行う。

アカネは嫌がったが、

「一人前のレディーになる為です」

とミツルに半ば強引に習い事をさせられた。寝室に戻った時はくたくたで、あっという間に眠ってしまう。

その頃、サトルは客間で腹筋をしていた。

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