東京百景

mahometty

第1景 都電荒川線のにおい

18歳の2月、大学受験のため1週間ほど大塚のウィークリーマンションを借りた。

試験会場には都電荒川線で20分、一律160円。

11枚綴りの回数券を買う。


一両の古びた電車がゴトゴト揺れて、私の身体を運ぶ。

くたびれたサラリーマンも、カリカリした受験生もここにはいない。

小さな子供を抱えた母親、腰の曲がったおばあさん、裾を余らせたセーラー服の少女。

世間のわずらわしさから離れていくようでホッとした。


マンションと試験会場を往復するだけの日々。

生まれて初めての一人の生活。

しかしそれは私が所望する自由とは程遠かった。

未来を勝ち取るための戦いの毎日。


試験の帰りにホットモットでハンバーグ弁当を買い、仮そめの住まいへ帰る。

都電に乗り込むと、「あっ」という顔をされる。そこで、「あっ」という顔をする。

車内中に、ハンバーグのにおい。


見知らぬ街で見知らぬ人たちに、今日の晩ご飯を知られる恥ずかしさ。

赤面しながら、制服姿の田舎娘は少しずつ大人になる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る