三題噺――人喰い鬼が深海でハンガー作ります
橘ユマ
人喰い、深海、ハンガー
海面下10メートル、光の網が手のひらを照らす。海面下30メートル、光の網は薄れ世界は水中らしい水色を失い、ほの暗い青に濁る。海面下200メートル、まだ海藻の姿があるのだから驚く――こんな場所で光合成できるんだ、と素直に感心する。海面下300メートル、暗闇。何もない。海面下1000メートル、灯りを見つける。
リュックサックを背負った人食い鬼が、水流に脚を取られながらも、おぼつかない足取りで海底を歩いていた。提灯アンコウの明りにおびき寄せられるように、水を掻き、岩陰に倒れ込んだ。
「珍しい、人喰い鬼だ」提灯アンコウが声を上げた。
人喰い鬼は、眠りを妨げられた子供がいじけるように、半目で提灯アンコウを見た。
「ここじゃ、人喰い鬼は珍しいよな?」
「人が多い環境だと思うのかい?」
「いや、それでいい。僕はここに、餓死しにきたんだ。ここなら、どう本能が暴れても、人を喰うことはできないから」
「ああ、なるほど。頑丈に出来てるのも考えものだね。水深1000メートルで溺死も圧死もできないつくりなんだ。自殺も一苦労だな」
人喰い鬼は薄く笑って、寝返りをうった。太陽の光は分厚い水の壁に遮られ、細い蝋燭の灯ほど光さえ漏れてこない。
「人を喰えなくなったんだ」
「人好きが過ぎたね。お気の毒」
提灯アンコウはそう言い残し、ふよふよと漂いながら去ろうとする。その尾ひれを鬼がつかんだ。
「暗闇の中で死ぬのは嫌だ」
「わがままな」
「対価はあげるよ、何か凝っているものはない?」
人喰い鬼はリュックサックを絞めるひもを少し緩めた。
「今トマソンに凝っている」
「何それ」
「かつて役割を持っていたはずなのに、役割を失った存在さ」
「役立たずってこと?これじゃ駄目?」
人喰い鬼が壊れたラジオを取り出すと、アンコウは顎を突き出した。
「壊れていてはいけない。例えば門は残っているのに、屋敷が焼失した場合をイメージしたまえ。門は何一つ壊れていないのに、その門は門としての役割を失っている。ここで門は実用性と無縁の存在、トマソンとして昇華し、芸術として完成するんだ」
「なるほど、壊れていないはずなのに、役割を失う……」
人喰い鬼はリュックをかき分け、針金を取り出した。折り曲げ、鈍角二等辺三角形を作り、その頂から半円状のフックを伸ばした。
「衣服を乾かすための道具は、
提灯アンコウは一瞬驚いたように目を瞬かせたが、やがて満足そうに笑った。
「オーケー、君の最期を照らしてあげる」
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