第107話 誤解の相合傘

「ただいまー」

「ただいま帰ったぞ」


「おかえりなさーい。もうすぐごはんできるわよ」


 キッチンから花梨の声が聞こえてくる。

 揚げ物のいい匂いがしてきた。お、今日はからあげかな。

 シェリルは嬉しそうに、たたたた、とキッチンに走っていく。


 あれ、シェリルってからあげが好きなんだっけ?

 俺はそう思ったのだが、走っていったのは違う理由だった。




「なあカリン聞いてくれ! さっきアラタが、中に入れてくれたのだ!!」




 おいこらあああああああああああああああっ!!

 俺はダッシュでキッチンに向かった。

 確かに俺は中に入れたさ。

 でもそれは、傘の中だろうが!!


 万が一、花梨がカン違いしたらヤバイことになる。

 ブン殴られて、ののしられた挙げ句――メシ抜きの刑だ!

 それは何としてでも回避しなければ!!



「中に入れるって? ま、まさか新太!? …………なんてことはないわよね、あいつに限って。小心者の新太が、そんな大胆なことできるわけないもの。中にいれるって言ったって、いれるものはいろいろあるだろうし、下ネタ好きのシェリルのことだもの、あたしのことをからかおうとしてるんでしょ?」



 おお……、花梨が意外と冷静だ。

 これなら今から弁解すれば、話を聞いてくれそうだぞ。

 俺は傘のことだよ、と言おうと口を開いた。


 しかし次のシェリルの言葉の方が、わずかに早かった。



「しかもすごいんだぞ! アラタの竿を握ったら、長く伸びたんだ!」




 うわああああああああああああっ!!

 竿って、折りたたみ傘の中心の骨のことだろ!?

 そりゃ確かに、使う前に二段階伸ばしたけどさ!!



「竿? 握る? …………伸びる?」



 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。

 花梨の背景から、こんな音が今にも聞こえてきそうなほど、怒りの表情を浮かべていた。

 ……こ、これはヤバい。


「ちょっと新太! これ、どういうこと!?」


「は、はい! 実はですね、中に入るっていうのは――――」


「うるさい! グチグチ言い訳してんじゃないわよ!!」


 り、理不尽だあああああああっ!!

 もうこうなったら、何を言ってもムダだ。

 花梨のやつ、絶対アッチの方向にカン違いしてるんだろうな。

 でも怒られるのはいやだし、もう黙っておくことにしよう。


 シェリルと花梨の会話は、さらに続いていく。


「ねえシェリル。中に入ったときって…………ど、どんな感じだった」


 おい花梨、興味津々に聞いてんじゃねーよ。


「それは、とてもドキドキしたぞ。それに……」


「それに……?」


「濡らさないようにと思っていたが、やはり濡れてしまった」


「そ、そう。濡れちゃったんだ……」


 花梨の顔が真っ赤だ。

 シェリル、もしかしてわざと言ってるのか?

 先ほど花梨が言っていたように、花梨をからかってるのか?


 最初はそう思ったけど……たぶんこれ、本当に食い違ってるだけだ。

 シェリルは人をだまそうとするほど、器用な性格ではない。


「ところでシェリル、新太はちゃんとつけたの?」


「つけたって、何がだ?」


「ええと、その…………竿にかぶせる、カバーみたいなやつよ」


「ああそれか。最初はついていたが、する前に外していたぞ」


「はあ!? シェリル、だいじょうぶなの!? 自分のカラダなんだから、ちゃんと大切にしなきゃダメでしょ!! それから新太っ!! 何やってんの!!」


「いやだからそれは――」


「口答え禁止!! シェリル、こいつに口止め魔法!!」


「わ、わかった。――呪文封じ魔法、お口クパァ!!」


 シェリルが魔法を使った。

 その途端、俺の口が開きっぱなしで閉じなくなる。


「ふがっ!! ふがががががががっ!! がーっ!!」


 俺はいっさいの言葉をしゃべれなくなってしまった。



 おい、お前ら!

 こんなところで息を合わせてんじゃねーよ!

 いいから今すぐ、話の内容をすり合わせろおおおおお!!

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