第73話 花梨

「やっぱこの繊細な味付けは、花梨じゃないと出せないよなー」


「残念、今日の味付けしたのは菜々芽ちゃんよ」


「……いや、花梨だな」


「何でわかるのよ。もう、ムカつくわね」


「そりゃお前のことしな。自慢じゃないが、俺はお前の味にはうるさいぜ」


「そんなこと自慢しないでよ、まったく……」



 花梨はぶつぶつ言いながら、肉じゃがをほおばる。

 おっと、しょうゆがほしいな。

 しょうゆしょうゆ……。


「はい」


 ことん。俺のそばにしょうゆ差しが置かれていた。

 俺が手を伸ばす前に、すでに花梨が取ってくれていたのだ。


「ん」


 それを俺は、あって当たり前のように受け取る。

 えーと、今度は何か飲みものがほしいな……。


「はい」


 今度はあったかい淹れたてのお茶が、俺の前に置かれていた。

 俺が欲しいと思う前にキッチンに行かないと、このタイミングでは出せない。

 いや、さすがは花梨だな。俺のことをよくわかってる。


「ん」


 ずずず……。うまいな、このお茶。


「……なあナナメ、カリンは読心術でも使えるのか?」


「ううん、2人はいつもあんな感じだよ」


「以心伝心だな。まるで長年連れ添った夫婦を見ているかのようだ」


「すごいよね。もう何年も一緒に食事してなかったっていうのに」


 ひそひそ声のシェリルと菜々芽が、横で感心していた。

 それに反応した花梨の顔が、かあっと赤くなる。


「だ、誰がこんなやつと、ふ、夫婦だっていうのよ!?」


「そうだ、花梨に失礼だろ。俺たちはただの幼なじみなんだから」


「……何よ新太。アンタの方が失礼でしょーが!」


「えええ!? 同意したのに、何で俺が怒られてんの??」


「もう、そのお茶返しなさいよ!!」


「いや待てって!!」


 花梨が勢いよく手を伸ばしてくる。

 そして俺が思いっきり湯飲みを引いたものだから、花梨は前につんのめるとこっちに向かって倒れてきた。


「あっ!」

「おっと!」


 俺が慌てて両腕で受け止めると、花梨と抱き合う形になってしまった。

 女子特有の甘い香りとやわらかい体。それにあたたかいぬくもり。


 あれ……、こいついつの間に、こんな女らしくなったんだ?


 いや、見た目変わってるし、頭ではわかってたつもりなんだけどさ。

 こうして実際に触れてみると、あまりにも昔と違っていて驚いてしまう。

 ついこの間までは、俺と同じような体つきだったはずなのに……。


「新太。えっと、ごめん……」

「いや、俺の方こそ……」


 そっと離れると、俺は恥ずかしくて視線を合わせられなかった。

 花梨も同じことを思っているのか、同じようにしているっぽい。

 それを見た菜々芽が、ビックリして声を上げる。


「おおー。昔と同じだと思ってたけど、変わったところもあったー」


「ナナメ、2人とも以前はこのような反応はしなかったのか?」


「うん、毎日一緒にお風呂入ったり寝てたりしてたんだけど、こんな風に恥ずかしそうな素振りはしてなかったなー」


「そうなのか。しかし恥ずかしがっているカリンはこう……グッとくるな」


「うん。リンお姉ちゃん、すっごくかわいいよね!」


 シェリルと菜々芽の視線をあびた花梨は、ますます赤くなってしまう。

 そしてあいた食器を手早く重ねると、ひと言「ごちそうさま!」とだけ言って、スタスタとどこかに行ってしまった。



 何だろう。

 俺……ちょっとドキドキしてるんだけど。

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