ターン4「かじ屋の子」

「おまえー、かじやって、しってっかー?」


 前を歩くマイケルが、そう言った。

 マイケルはかならず前を歩く。

 こぶんはいやだって言ったんだけど。ちゃんとわかっているのかな。


 ちなみにマイケルは今日もサボり。ヤギの乳しぼりが、〝おかあさん〟に言いつけられている仕事のはずだけど。それをサボって遊びにきている。

 こちらはちゃんと薪を割ってある。今日のぶんは午前中にぜんぶやり終えた。


 薪割りをしなくても叱ってくる〝おかあさん〟は、こっちにはいないけど……。

 でも叱られなくてもやる。


「なあ、かじや? しらんの? しってるの? おまえって、ほんと、無口だよなー」


 マイケルにそんなことを言われる。

 そうかなぁ。そんなに無口かなぁ。ふつうだと思うけど。


「かじやってゆーのは、……あれだ! ええと! なんだっけ? とにかく――あれだ! とんてんかん、とんてんかんって、音がするんだー」


 とんてんかん?


「あと、あそこの子はなー、けっこう、びじんだぞー」


 かわいいのか。


「ちがう! おまえはまったくわかっていない! だめだめだ!」


 だめ出しされた。


「〝かわいい〟と! 〝びじん〟は、ちがうんだよ!」


 ちがうんだ。


「あと、〝いろっぽい〟とか、〝えろい〟っていうのもあるんだぞ!」


 あるんだ。

 どう違うのかわからないけど。


 かじ屋は、村の南西のほうにあった。

 煙突のある大きな作りの家で、裏のほうは開けていて作業場になっている。表のほうは〝お店〟になっている。なにかを作って、それを売っているらしい。


「おう! どうした? マイケルとぼうず!」


 かじ屋のおじさんが言う。

 腕は逞しくて、エプロンは煤だらけで真っ黒だった。

 働くおじさんという感じ。


「マリオンは……、いますかー!?」


 マイケルが、なんでか、目を閉じてぎゅっと手を握って、そう叫んだ。

 なんでなのかな? と思ったら――ああそうか。おじさんが怖いんだ。


 優しそうなおじさんなんだけどなー。


「ぼうず。おめー、薪割りの仕事を継いだんだってな。村長から聞いたぜ。がんばれよ。あと斧がダメになったら、俺んとこ持ってこいよ。直してやるから。――そのかわり、薪をたくさん持ってきてくれよな。うちは、ほれ、仕事でばんばん使うからよー。炭も使うが、薪も山ほど使うわけさー」


 ほらね。


「あのう。マリオン……」


 おじさんがこちらにだけ話しかけていたので、マイケルはすでに半泣き。

 マイケル……メンタル弱すぎだよ。


「おお。わりぃわりい。――おーい! マリオン! てめえの男どもが来てんぞー! おまえみてえながさつな女と遊んでくれる男なんていやしねえんだ! とっとと下りてこねえと頭突きかますぞ! ゴラア!」


 おじさんは、家中が震えるような大声を、二階に向けて張りあげた。

 あ。いまちょっと怖いのわかった。


 どたどたどた、と、足音が下りてきた。


「ごめん、ごめーん!」


 オレンジ色の髪をした、明るく笑う女の子がやって来た。


「おとーさん! もう! ばかなこというの、やめてよー!」


 女の子は笑いながら右ストレート。

 ぼすう、とか、ものすんごい音がした。おじさんはお腹をかかえて、うずくまっている。


「お、おう……、ま、まりおん……、おめえ……、いいストレートだった……ぜ」


 おじさんを倒した女の子は、マイケルの顔を見るなり、顔色を変えた。


「うえっ……、マイケルぅ?」

「なんだよ、そんな嫌な顔することはないだろー?」

「またお尻さわらせろとか、ゆうしー」


 女の子は明らかに警戒した顔をしている。


「なんだよー。いっただけだろー。いいじゃんへるもんじゃなしー」

「ぶつよ?」


 マイケルは、ささっと後ろにやってきた。隠れている。


「きょ、きょうはちがうんだ! おれのこぶ――じゃなかった。トモダチを紹介するぜー! じゃーん!」


 いや。じゃーんじゃなくて。

 だからなんで後ろに隠れるの?

 あといま〝こぶん〟って言いかけたよね。言いそうになったよね?


「へー。みないカオだー。あんた。さいきん。きた子? あたし。マリオン。あんたは?」


 名前を名乗った。ピロまろじゃなくて、村長にもらったほう。カインというほう。


「へー。いい名前じゃん」


 てっきり〝似合わない〟って言われるかと思ったけど。

 この子は〝いい〟って言ってくれた。

 村長にもらったこの名前が、ちょっと好きになった。


「こいつはなー。つよいんだぞー」


 後ろに隠れたままのマイケルが言う。


「毎日、薪割りで鍛えてるからなー。おまえより、きっと、チカラがつよいぞー」


「マリオン! あのやくそく! おぼえてんだろーな?」

「うえっ? やくそく……、マイケルあんた……、そういうの……、やめなよ」


 やくそくってなに?

 それを聞いてみた。


 マリオンは顔を赤くして……。


「うでずもうで、勝てたら……」


 勝てたら?


「さわらせろ……って」


 どこを?


「その……、おしり、とかっ」


 マリオンはますます赤くなって言う。

 だけど……。

 マニアックだね。マイケル。


「おまえ! ぜってー自分が勝つって、いってるじゃん! じゃあいいじゃん! もんだいないじゃん!」


「いいけど……」


 マリオンは小さな踏み台を持ってきた。それを庭に置いて、向こうに側に立つ。

 前屈みになって、肘をのせる。

 その上で腕を組んで力比べをするのだと、なんとなくわかった。

 大人だとテーブルを使うんだろうけど。ぼくたちには、踏み台が、ちょうどいいサイズ。


「じゃあ? やる?」


 マリオンが言う。構えたときには、彼女は顔つきが変わっていた。

 きりっとしている。なんだかカッコいい。


「やれー! かてー! カインー! おとこのつよさを見せてやれー!」


 それに比べて、マイケル……。カッコわるいよ。


「レディの……、ゴーッ!」


 マイケルの合図で、腕相撲をはじめる。


 うわぁ……。つよい。このこ。つよい。

 全力をだしてみた。

 でも腕はまんなかで、なかなか動かない。


「あんたもなかなかやるね?」


 女の子は、にやりと笑った。

 力比べになってから、ほんと、顔つきが変わった。


「じゃあほんき、だすよー?」


 まだほんきを出してなかった!

 うわわ。勝てない。この子。つよいよ!


「よーしカインー! おれが援護するぞー! くらえー! ムカデとクモとカエルとナメクジと! そのほかステキなものいっぱいー!」


 〝ステキなものいっぱい〟が、マリオンに浴びせかけられる。


「う――うぎゃあああああ! やめ! やめ! だめ! やめて! とってとってーっ!」


 マリオンの手から力が抜けた。

 こてん、と、腕相撲に勝ってしまった。


    ◇


「しかたないよ……。約束だもん。勝ちは勝ち、負けは負けだ」


 マリオンは言う。こっちに背中を向けている。

 いや向けているのはおしり?


「ほら。さわりなよ」


 いやー。でもー。さっきのはー。ねー?


「いいから。あたしの気がすまないから」

「いーけ! いーけ! さーわれー! やっつけろー! やっつけろー!」


 うるさいよマイケル。


 マリオンのお尻をさわりますか? [はい/いいえ]


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