薪割りスローライフをはじめますか?[はい/いいえ] 著:新木 伸
角川スニーカー文庫
ターン1「家と、名前と、おしごと」
気づいたときには、その小さな村の入口に立っていた。
どこから来たのか……。覚えていない。
自分が誰なのかも……。だれだっけ?
「ここは。コープ村でえす」
村の入口のところに、ぼんやりと立っていたら、小さなコドモがこちらを見つけて、そう言った。
そうなんだ。
なんだか自分は招かれているようなので、一歩、またいで、村に入った。
子供は役目が終わったとばかり、とたたたたー、と、走って行ってしまった。
入ったばかりのところで、ぼんやりと立ちつくしていたら――。
「なんじゃ? おぬしは? 見ない顔じゃの」
しわしわで、つるつるで、背中の曲がって、杖をついたおじいさんに、そう話しかけられた。
「ん? わしか? ――わしはこの村で村長をやっている者じゃ。おぬしは、よそからやって来たのか?」
たぶん。そう。
「そうか。ところでおぬし。親はどうした?」
親?
きょろきょろと近くを見回す。
……いなさそう。
「そうか。いないのか。不憫にのう」
不憫がられてしまった。
「おぬし。歳はいくつじゃ?」
おじいさんは質問攻め。でもたぶんどれにも答えられないと思う。
だって自分が誰かもわからないわけだし……。
「なんじゃ? 歳もわからんのか?」
自分の手をよく見る。ちっちゃい。
とりあえず、指を全部開いて、おじいさんに突きつけた。
「そうか。五歳か。そうかそうか」
おじいさんは、うんうんとうなずいた。
まあたぶん、そのくらい。
「そうか。そうか。……不憫にのう」
おじいさんは、目の端にナミダがちらりと浮かべていた。なんで泣くの?
考えてみた。
おじいさんのナミダの理由じゃなくて。
なぜこんなところに立っていたのか、のほう。
思いだそうとしてみると……。
なんだか、つらくて、ひどく苦しかった覚えがしたので……。
思いだそうとするのを、やめた。
きっと、思いださないほうが、いいことなのだろうと、そう思った。
「おぬし。名前はなんという?」
また、答えにくいことを聞いてくる。
うーん。うーん。うーん……。
腕組みをして考えこんでいると、そのボディランゲージが通じたのか、おじいさんは――。
「そうか。名前もないのか。……不憫にのう」
勝手に不憫がられてしまった。――だからなんで泣くの?
「住む家がないのなら、ここに住むとよかろう」
おじいさんは杖の先で、入口のすぐ脇にある小屋を指し示した。
「薪割りの爺さんが住んでた家じゃが。このあいだ亡くなってしもうてなぁ。ちょうど空き屋じゃ。自由に使ってかまわんぞ」
えー、いいの?
「ああ。かまわんかまわん。なにしろわしは村長じゃ。なんでも決めていいんじゃ。かわいそうな、みなしごに家を与えるぐらいのことで、もし反対するようなやつがあれば、わしの究極魔法イオナズンで――」
おじいさんは杖を振り回してエキサイト。
ねえねえ?
「え? なんじゃと? みなしごって、どういう意味かじゃと? ――それは、おぬしのような、親のいない子供のことじゃ」
そうなんだ。
「なんじゃ。淡泊なやつじゃのう。あと無口じゃのう。おぬし。そういえばまだ一言も口をきいてないのう。ひょっとして……、しゃべれないのか?」
[はい/いいえ]
・
・
・
[いいえ]
「ふむ。そうか。単に無口なナイスガイなだけか。……まあよい」
おじいさんは、すぐそこの家のなかに入っていった。
とことこと、ついてゆく。
「家にあるものは、好きに使ってかまわんぞ。持ち主はもうおらん。薪割りの爺さんには身寄りもなかったからの。わしと違ってモテなんだ。嫁さんもおらず、一人寂しく孤独死じゃ。えっひゃっひゃっ♪」
おじいさんは笑った。
どこが自慢ポイントなのか、どこが笑いポイントなのか、「よくわからなかった/わかりたくなかった」――ので、黙って能面でいた。
「ところでおぬし。村に住むのであれば、なにか仕事をせんとな。おまえはなにができる?」
うーん。うーん。うーん。
「すまんかった。五歳のコドモに難しい質問じゃった。まあ。しばらくは遊んでおれ。食い物とかは、皆のとこでもらっておけ。わしから、よくするように、話しておくでの」
おじいさんは話は終わったとばかりに、背中を向けて歩いていった。
速くて即決。なんだかびっくり。
本当にここ。住んでいいんだ。でも家があると助かる。
おじいさん。ありがとう。
そのまま出て行くと思ったおじいさんがったが――。
急に、くるりと振り返ってきた。
「そうじゃ。おぬしに名前を付けてやるのを忘れておった。……おぬし。名前はなにがいい?」
えーと。えーと。えーと。
腕組みをして考えこんでいると――。
「その腕のところにあるアザは、なんじゃ? よく見せてみい」
腕を出した。言われてみて気づいたが、文字みたいな形のアザがある。
「ふむ。〝K〟とな」
Kじゃないよね。――と思ったが。
ああそうか。おじいさんのほうから見るとKになるのか。
「……うーむ。……うーむ。……うーむ。K……、K……、K……」
おじいさんは考えている。
はやく決めてくんないかな。
「うーむ……。うーむ……。うーむ……。そうじゃ!」
おじいさんが杖を振りあげた。
「おぬしの名前は、カインじゃ!」
Kだからカインね。
ちょっと安直に思えたが、「ぼんくら」とか、「とんぬら」とか、「ああああ」とか、そういうのよりは、ずいぶんまともな名前だと思った。
「なんじゃ? 不満か? なら自分で付けてみよ。なにがよいのじゃ?」
思いついた名前を言ってみた。
「は? ピコまろ? は? マジで?」
[はい/いいえ]
・
・
・
[はい]
こくこく。
うなずいた。
「だめじゃだめじゃ! 却下じゃ!」
却下されてしまった。なにがいい、って、聞いたのに。
「おぬしの名前は〝カイン〟じゃ。これからはカインと名乗るがよい」
まあいいけど。
「では。わしは行くが。……ちょくちょく様子は見に来てやるでの」
おじいさんは、こんどこそ振り返らず、村の中央のほうに歩いて行った。
見えなくなるまで、ずっとお辞儀をつづけていた。
だって家をもらったし。名前ももらったし。
ありがとう。おじいさん。
おじいさんが見えなくなってから、家の中を探険してみた。
ベッドがある。かまどがある。お鍋がある。おなべのふたもある。たべものも、すこしあった。
しばらくお腹を空かせる心配はないみたい。
そして裏庭に出てみると――。
柵に囲われた小さな空間があった。
先代の「薪割りの爺さん」の仕事場なのだろうか。
大きな切り株があって、そこに一本の斧が突き立ったまま、残されている。
近くには、木がいっぱい積み重なって置いてある。
さっきおじいさんは、「仕事はなにがいい」と聞いていた。
ここは薪割りの仕事場のようだ。
薪を割ってみますか? [はい/いいえ]?
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