それでも俺は俺らしく。
タク庵
始まりと終わりは突然に。
「まもなく京都駅に着きます」
薄暗い車内に響くアナウンスで目が覚めた。
横に居るのは幼馴染の祐也だ。
「まだ京都なん。夜行バスってほんま腰痛なるわ」
おいおい。
まだ2時間も経ってないし、目的地の新潟までは後9時間もあるのに、大丈夫かこいつ。
「まだ引き返せる距離やけど、帰るか?」
「帰れへんわ!あ、そうや正樹、次のICで飲物買いたいから起してくれや」
そう言うと裕也は再び眠りについた。
俺も寝てたらどうするんだ?
という小さな疑問は忘れてしまおう。
今は、明日何をするべきなのか?
これをまとめるべき時間だろう。
まずは、なぜ裕也と新潟に向かっているのかを振り返る。
幼馴染の裕也は、福井県の高校に特待生というご身分で進学した、スポーツマンなのである。
だが、1年で挫折。
(女子が居ないなんて耐えられない病)
寝泊まりしていた寮を脱走し、自分の家にも帰れず俺の家に住み着いた、いわゆる居候である。
俺はというと、共学の普通科で家からさほど遠くない公立高校に通いながらアルバイトで忙しい毎日を送る、ごく普通の17歳。
この2人が大阪から新潟へ行く動機は不純に満ち溢れていた。
裕也の理由
ネトゲで知り合った女性に会いに行く!
俺の理由
メールで知り合った女性に会いに行く!
なんだこれ?バカなの?
思い返すと泣けてくる。
だが、もっと悲惨なのは2人共が片道切符だという点である。
俺の家は母子家庭であり、母親は病気がちで半分寝たきり。
ヘルパーが家に来た時のみ買い物をしに外へ出るのが精一杯。
無職で脱走者の裕也は、その話し相手みたいな感じで入り浸りの生活を送っていた。
要は俺がバイトで稼いだ金しか余っているお金が無く、自分と裕也のバス代と、ある程度の食事代以外は全て家に置いてきた状況なのである。
家、高校、バイト全てをほり投げてきた理由があれとは…。
(ほんま、あほな事してるんやろなぁ。)
そんな事を思いながら外の景色を眺めていた。
…
「次は新潟駅に到着致します。お降りの際は忘れ物等にお気を付け下さい。」
…
いつの間にか眠っていたらしい。
ふと横を見ると裕也がパンを食べながらスマホをいじっている。
「裕也、パンなんか持って来てたっけ?」
「夜中に停車したICで買ってん。」
(お…起してくれなかったのね。)
「そういえば正樹は今日どんな感じなん?」
「どんな感じ?んーとりあえず地上に降りてから考えるわ。」
「お前、大丈夫なん?俺は着いたら迎えに来てくれてるはずやから、すぐどっか行くで。」
それは今言う事?
あっ、だからパンとか食べてるのね。
納得…っておい!
「裕也よ…今すぐダンボールに詰めて実家へ直送してやろうか?」
「いや、向こうから『私、仕事休みだからぁ迎えに行くねっ♪』って言ってきたんやもん、ゴメンって」
はぁ…。
とりあえず、荷物をまとめて降りる準備を進めなければ。
「お疲れ様でした。新潟駅に到着です。またのご利用、心よりお待ちしております」
バタバタと慌ただしく荷物を抱え、約10時間ぶりに降り立った地上は見た事のない風景で、これからどうなるのか不安と期待でワクワクしていた。
そんな俺の気持ちも知らず、裕也が放った一言はというと。
「うわ。寒っ!はよ迎えに来やんかなぁ」
…まぁ無理もないか。
10月中旬
大阪から来た俺達が、車内から新潟の街に掘り出された気持ちは、急に毛を刈りとられてしまった羊になった気分だ。
「ほな俺はあっちの方で待ち合わせっぽいから行くわ!なんかあったら連絡してくれや」
「おう!ほなな!」
そう言って別行動が始まった訳だが、俺には夕方まで予定が無い。
俺がやりとりしているのは、同じ歳の高校生だから普通に学校へ行ってる時間なのである。
「さて、今から何しよう…」
流石に寒さに耐えきれなくなってきたので、近くにあったカフェへ入り計画を練る事にした。
外から差し込む日の光
店内に漂うコーヒーの香り
なんて優雅な朝なんだろう。
…
ってアホか俺っ!
行くあてがなく、予定も帰る場所さえも無いだけではないか。
時間は9時過ぎ。
そろそろ連絡を取り合っている相手、美鈴にメールしても大丈夫だろうとスマホを取り出しメールを送る。
「おはよう!さっき新潟に着いたんやけど、美鈴は何時くらいに学校終わりそう?」
これでよし!
返事を待つという目標が出来た。
待っている間に新潟の観光スポットでも探してみようとネット検索をしていた。
すると背後から
「すみません。そこ良いですか?」
そこ?どこ?
何を言われているのか分からず振り返ると、スーツ姿で黒髪がよく似合う、20代前半の美しい女性が、コーヒーとパンの乗ったトレイを持って立っていた。
いつの間にか店内が混み合っている状況で、俺が座っている横の席に座りたいので、荷物をどけろという事らしい。
「あ、気ぃつかんとすみません、どうぞ」
そそくさと荷物をどけて軽く会釈をし、席を空ける。
「ありがと!なんかこうなると、席を取って貰ってたみたいな感じになっちゃったね」
怒られるのかと思っていたのに、こう返されると途方もなく申し訳ないという気持ちが込み上げてきた。
「いや…ほんますんません。気をつけます」
そうこうしている内に美鈴から返信がきていた様なので、確認してみる。
「マサキングおはよっ☆16時には学校終わるから、それから会おっか!ちょっとドキドキしてくるね♪」
おお!
そんな事を言われたらこっちもドキドキしてくるじゃないか!
「分かった!ほんならテキトーに時間潰してるから、また連絡して!」
よし!
我ながら動揺せず返信出来たと思う。
しかし…16時か。
東京に行って、小一時間遊んで、帰って来ても間に合う位の時間があるな。
都合良く未来に行ける机と、青い謎のロボットとか何処かに落ちてないかなぁ。
そんな事を思いながら、いつまでも席を陣取っていてはコーヒー1杯で3000円とか言われそうな感じがしたので、カフェを出て街をブラブラする事にした。
(見知ったチェーン店にコンビニ…地元の駅とあまり変わらんねんなぁ。)
こう感じるまであまり時間は掛からなかった。
到着した時のワクワクした気持ちは薄れ、ごく自然に服を見たり、雑貨を見たりしていた。
(あー疲れた…)
気付かない内に結構歩き回っていた様で、仕事終わりのOLくらい脚がパンパンになっていた。
商業施設内の休憩スペースに座り、スマホを開いてみると未読メールが3通。
「やっとお昼ご飯だよー♪マサキングは何してるの?」
「おい!今日は学校来やんのか?」
「あれ?無視?そんなに新潟は楽しいですかー?」
うん。
とりあえず、間に挟まっているメールは無視するとして、マサキング…
俺は何モンスターだよ。
体の横から急に足生えたりしてないからね。
「ほんまごめん!歩き回ってたら携帯見れてなかったわ。何処に向かってたら良い感じやろ?」
駅周辺は地元とあまり変わらず、ただ無駄に時間を潰してました。
なんて言っても仕方ないし、この返信で良いだろう。
「返事きて良かった☆まさかのドタキャンかと思っちゃった」
いやいや、ドタキャンするメリットないし、むしろ困るのは俺だし。
「早く会いたいからさぁ、学校の近くの駅まで来て貰うとか大丈夫?」
「分かった!ほんなら今から向かうからまた近くなったら連絡するわ!」
普段からのやり取りで学校の近くの駅名は分かっているから、後は駅員さんに聞けばなんとかなるだろう。
そう考えながらパンパンで今にも弾け飛びそうな足を動かし、駅のホームへと向かった。
そして電車に揺られる事40分…
(結構掛かる…ってか、1本乗り過ごしたら20分待ちってどんなけ過酷な時間割なんだよ。)
「マサキングは駅に現れた!早くgetされるのを心待ちにしています。」
なんか意味不明なメールだけど、到着したのが伝われば大丈夫だろう。
「えっマサキングをgetってどうゆう…?美鈴は後5分も掛からないと思うから、もうちょっと待っててね☆ちなみにどんな服装かなぁ?」
あー。
なんかごめん。
「えっと、服装っていうより黒いキャリーケース引っ張ってるからそれ目指してきてくれた方がいいと思う!周りにそんな人居てへんから」
「分かったぁ!ってか電話しよっか?掛けるね☆」
おっ…なんかちょっとドキドキしてきた!
半年間メールと電話でしかコミュニケーションとってなかった女の子とやっと会えるんだって思うとなんかもう…感無量です!
「あっ…お疲れ様です!」
仕事かよ俺…。
「お疲れぇ☆やっと会えるんだねー♪来てくれてありがとね!」
「いや、こっちこそ会わざるを得ない様な状況にしてもーてごめんやで」
「なんで謝るし!美鈴も会いたかったんだから、嬉しいんだよ?」
んー今日初めて感じる気持ち。
(来て良かったです!)
「あ、いや…なんか謝るのって挨拶みたいなもんやねん!ごめんごめん」
「まぁた謝ってるし!ってかあれかなぁ?マサキングの方から私見える?」
そう言われので周りを見渡してみた。
髪はセミロングでブラウン・ベージュ、少し短めのスカートにピンクのスマホ…
「しゃ…写メより可愛いやんっ!」
「ありがとっ☆でもそれって…写真写りが悪いって事かな?」
お互い普通に喋れる距離になったので、スマホをしまい直接語り合う。
「いやいや、そーゆう意味じゃないんやけど、まっええやん!俺の方はどない?会って幻滅とかない?」
「マサキングは美鈴が思ってた通りな感じだよ♪ほんと会えて良かった!改めてヨロシクね☆」
間を空ける事もなく、か…完璧過ぎる返し…だと。
「よ、宜しく!」
まぁ悪い印象では無いんだろうと少しホッとした感じがしたが、関西人としては何か敗北した感じを否めない。
「さて!待たせちゃったけど無事に会えた事だし、これからどうしよっか?」
あ、時間はいっぱいあったのに、潰す事が精一杯で行きたい所とか何も考えていなかった。
「なんか美鈴のオススメみたいなんある?よっ!これぞ新潟!みたいな!」
美鈴には申し訳ないが土地感もないしここは、今日来たばっかりなんでアピールをしてみる。
「んーこれぞ新潟って言われても、すぐには思いつかないかなぁ。あっ!オススメっていうか、行ってみたいと思ってた所ならあるよ♪」
「お、いいやんそれ!行こ行こ♪」
なんて頼もしい女の子なんだろう。
時間を無駄に浪費していた自分が恥ずかしい。
「駅の近くにある改装したばっかりのホテルなんだけどさ、かなり綺麗になったっぽくて一回行ってみたかったんだよね☆」
…ん?ホテル?
「せっかくマサキングと会えた訳だしさ、長く楽しみたいじゃん?それに、あんまり帰るの遅くなると親に怒られちゃうからぁ早く行こ☆」
…あぁ。
なんか完璧な感じだと思ったら、こういうの慣れちゃってる系なのか。
この後の流れは大体想像がつく。
ホテルに入って事が終わればバイバイして、それ以降はなんとなくのやり取りが続いて、自然にフェードアウトする関係ね。
「あーその前にちょっと腹へったからそこらへんでメシでも食わへん?」
「ええーっ!時間が勿体無いよぅ。あっそうだ!ホテルで一緒食べればいいじゃん!そうしようよ、ね☆」
(…あっ、もういいや。)
「あはは…んー今日はもういいかな。」
「えっ?どうゆう事?」
「いや、美鈴の顔を見れた事が嬉し過ぎてお腹いっぱいっていうか、楽しみはとっておけ!っていうのが、うちのおばあちゃんの教えやからさ」
「…何それ?」
「なんせ、とりあえず帰るわ!一緒に来た連れの方も気になるし。今度はその美鈴が行ってみたいホテル行こ♪体調整えとくから!ほなね」
「あっ、ちょっと待って…」
美鈴は何か言いかけてたみたいだが、これ以上この場に居たら、なんとも言えない感情を抑えられなくなりそうだった。
俺は振り返る事もせず、さっき出てきたばかりの駅へと足早に向かっていった。
(もう会う事もないかな。俺は一体、何しに来たんやろか…)
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