えっち、あい、

藤村 綾

えっち、あい、

「乗ってく?」

 彼が気軽な感じで声をかけてきた。喋っている中であたしの家を通過して少しした所がうちなんだよね。飲みの席でそういわれた。

 あたしは、結構酔っていた。駅前で飲むことになっていて、車じゃあやばいかな、と踏んで、自転車で駅まで行った。

「てか、あやちゃんさ、自転車も飲酒運転になります」

 飲みの席で、あたしチャリンコできたのね、と、鼻の穴を膨らませゆったら、ええ!非難めいた声を皆一様にあげ、あたしは、目を丸くした。

「自転車も飲酒運転になるの?」

ええ!また、皆が一斉にあたしの言葉に対し、非難する。

「顔真っ赤だし。飲酒運転で捕まったら免停」

 上司の藤田さんが、眦をつり上げる、ゆう。

 藤田さんは車で来たので飲んではいない。きっと、飲まないから車できたのだろう。

「自転車に免停なんてあるのですか?」

 きょとんとし、トロンとした目を向け、あるのれしゅかぁ、と呂律の回っていない口調で藤田さんに絡んだ。

「あー、もう、いいから。送る。いい?」

 お開きの時間になっていた。

 藤田さんはあたしと同業の印刷会社の編集長で、今夜、共通の営業の川辺さんの懇親会に呼ばれたのだ。

「もう、一軒行きましょうぅ〜」

 藤田さんの車に強引に乗せられても、あたしは、行く、行く、と、彼に熱い視線を投げた。

「はは、呆れてるんでしょ?」

 助手席でうなだれながら、半笑いでゆう。

 無言になった。

 藤田さんとは、あまり面識がなく、名前はよく訊いていたけれど、飲みは初めてだった。

 極めつけは、藤田さんをいいなと、思っていることだ。送るよ、そう、ゆわれたとき、あ、本当に酔ってよかった、と、心底思った。その実、酔ったふりとゆってもか過言ではない。

「呆れた」

 あたしを一瞥し、信号待ちでそうっと口をひらく。

「え?」

「だから、酔ってもいないのに、軽く俺の車に乗ること事態に」

なにそれ?あたしは、しらをきり、酔ってるし。あくまでも、酔っている風を装った。

「ノンアルでか」

「……」

 この人、見てたんだ。あたしは、途中から皆に気がつかれないよう、ノンアルのレモン酎ハイに切り替えていた。

「なんで、わかったの?」

「ずうっと、見てた」

 なんで、見てるの。

 思わせぶりな言葉で頭がくらくらする。だめ。これ以上なにもゆわないで。

 

 だめだから。


 車内の雰囲気が淀んでいる。おとことおんなが感じる予感。今から唇を重ね、身体を重ねるかもしれないという、予感。あたしは、今からこの人と寝るのかもしれないという予感。予感というものは、予感を彷彿させる見えないキーワードがあり、そのキーワードを解いてしまったら、終わりなのだ。

 予感が予言に変わり、なあ、藤田さんがあたしに、話しかける。

 そして、急に、

「アルファベットの歌さ、歌ってみて」

「は?」

 急になぜ?

「んー、恥ずかしいからいやですよ」

 藤田さんが、酔ってるんだろう?歌ってみろよ、と、鷹揚な口調で促してきた。

 一息すい、んんん、と、喉のコンディションを確かめつつ、歌ってみた。

「えー、びー、しー、ディー、…… えっち、あい、」

 ストップ!

 藤田さんはここで歌を遮った。

「えっちが先だっただろ?」

 あたしは、藤田さんの方に目を向け、は、はい、そうですね、なんだかわからない返事を返す。

「行ってもいい?」

 あたしも大人だ。ゆっている意味はわかっている。嬉しいし、こうなることなど、すでに、わかっていた。歌を歌う前からずうっと。

 けれど、だめ。

 もう、同じくりかえしはしたくはない。

 抑制をしているあたし。

 だけれど、抱かれたいあたしがいる。


 彼は既婚者だ。

 不倫はしたくない。苦しむのは目に見えている。

 気がつけば、奥さんのいる人ばかり好きになっている。

  

 信号待ち。彼の顔があたしに近づき、唇を塞ぐ。

 酔ってもいない、シラフのふたり。えっちのあとにあい?

 不倫ならえっちのあとも、えっちしかないじゃん。一人で突っ込み、肩を震わせ口の端をあげながら薄く笑った。



 

 

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えっち、あい、 藤村 綾 @aya1228

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