第10話「決戦」
「さすがにこれだけの数がそろうと壮観だな」
日が中天に上った頃には敵ユーロティア軍は城壁から視認できる距離まで陣を進めていた。
先ほどまで起きていた激しい武者震いがぴたりと止まった。
つい先ほどまで無性に小便に行きたかったのだが、身に迫る「死」を身体が勝手に感じ取ったのか、今では一滴たりとも出る気配はない。
愛用の杖を掴んでホコリに塗れた階段を一歩一歩降りてゆく。これを、もう二度と上ることがないと思うと、胸が締めつけられるような寂しさを感じた。
厩に行って散星号の綱を切った。この戦いにまでつき合わせる必要はないだろう。相棒の特徴的な顔も見納めかと思うと、うちひしがれて王都を出た朝のことまで昨日のように目蓋に浮かんだ。
「さ、好きなところに行けよ。今まで世話になったな。達者で暮らすんだぞ」
尻をぴしゃんと叩いて背を向けると、ぐいと肩を噛まれ外套ごと引きずられた。
「わ! 馬鹿野郎なにやってやがんだっ。もうおまえの仕事は終わったんだってば!」
そして散星号の目を見て動けなくなった。
目は口ほどにものをいうというが、長らく死線をともに超えた相棒は種こそ違えど、なにをいいたいかはすぐに理解できた。
――ゴチャゴチャ抜かすなジラルド。おれの力が必要なんだろう?
散星号は悟り切った賢人のような澄んだ瞳でジッと俺を凝視している。
長らく戦場を駆けた軍馬である彼がこの状況を把握していないわけもない。こいつは、俺なんかよりずっと知恵があって、冷静で、そして勇敢なんだ。
「俺と、最後まで戦ってくれるっていうのかよ……!」
応えるように、相棒は棹立ちになると勇ましくいなないた。
ははっ。馬鹿は俺ひとりじゃないってことかよ――。
いいさ、最後のご奉公だ。やれるだけやって、それでを終わりならそこがベストだったってことなんだろうな。
「よっしゃ! 最後にひと暴れしてやるとすっか!」
散星号に跨って開いた城門から飛び出してゆく。
視界の向こう側には、泰然自若とした騎兵の大軍団が待ち構えていた。
ユーロティアの第三軍が誇る三万の騎兵の海だ。
全身に震えがくる。俺たちは大海に飲まれてゆく小魚のようだ。
激しい陽光が無数の甲冑や剣・槍に乱反射してたちまち目を開けていられなくなる。
やるんだ――!
俺が一兵でもこいつらを薙ぎ倒し、数秒でも足止めしていられれば、その分だけ、大切なものたちは危機から遠ざかることができる。
恐怖は命の向こう側に。
ありったけの魔力を込めて大空に無数の火球を出現させた。
あとを考えることはない。この瞬間にすべてを込めて敵勢を打倒する。
頭髪がチリチリと焼けこげるような感覚。最大限の力を込めて魔力の塊を騎兵の海に向かって射出していった。
数百、数千を超える火炎の雨が敵陣に降りそそぐ。ひとりきりだと思って備えをしていなかった大軍団はたちまち混乱に陥った。
杖を振るって炎の壁を前面に作り出した。たちまち応射してきた矢の雨はオレンジの壁に吸い込まれると溶けて消え入っていく。
もはや小細工なしの正面決戦だ。騎士の本領ここにあり。突っ込んだまま片手で杖を、もう片手で剣を握り狙いもつけずめったやたらに術を解き放った。ゴーゴーと炎があたりに放射され、火達磨になった敵兵たちが馬ごと吹っ飛んでいく。
なかには爆炎をものともせずに突っ込んでくる騎士もいる。力が続く限り剣を振るって兜ごと斬り飛ばし、馬腹を蹴ってひたすら前に出る。
槍をそろえて敵勢が錐のように揉み立てて来た。獣のように吠え立てながら、杖から炎の槍を出現させ、鋼の甲冑をバターのように溶かし、ひるんだところに炎弾をぶち込み馬を乗り入れた。
敵も阿呆ではない。距離を取ると俺たちの回りをぐるりと囲む。俺は散星号を輪乗りさせつ手にした杖を躍らせ、炎のうずを四方に叩きつける。ひるんだところに再び乗り入れた。
「敵はただ一騎ぞっ。ひっ包んで討ち取れィ!」
ぴかぴか輝く黄金造りの甲冑を身に着けた将校がサーベルを突きつけて、郎党たちを叱咤している。
「そう思ったら――テメェがかかってこいよなッ!」
散星号は鼻息荒く雑魚たちを馬蹄にかけ、金ぴか将校に向かってまっしぐらに突っ込んでいく。
俺は気合一閃剣を水平に振るうと白髪まじりの首を一太刀に斬り飛ばして、さらに奥へ、奥へと進む。
無人荒野を行くようだった。ユーロティア軍は明らかに俺たちに呑まれていた。頭のなかが燃え盛っている。魔術はいくら放っても、まったくもって底がないように。
いいや、むしろ使えば使うほど身体の奥底から魔力が無限に沸いて来るようだった。
途方もない全能感がみなぎっている。柵を飛び越え、槍隊を追い散らし天幕に飛び込むと、作戦図を広げている将校たちを残らず炎で焼き払った。
紺色の軍装を着込んだ中年の男たちは紅蓮の炎に包まれながら天幕の外に飛び出していく。俺は相棒を駆り立て追いすがると、並べてあった槍立てから適当に引き抜いて、無防備な背中に投擲した。穂先は男の胴を貫くと地に突き刺さって串刺しにする。
まだだ。まだいくさははじまったばかりだ。騎馬隊を突破すると今度は巌のような堅陣を連ねている、これまた夥しい歩兵の軍団が目の前の平野に広がっていた。
「やるしかねぇな――! はっ!」
戦う。今まで築き上げてきた術と戦闘力をそそぎ込んで目の前の敵を打倒する。
術を紡ぐ。魔力にまだ陰りはない。杖を振るって炎の矢を、これでもかとばかりに叩き込んだ。
波のように歩兵たちが打ちかかってくる。きらきらした槍の穂先は夕暮れの海を見るように美しくまぶしかった。
旗指物が命令一下、うねるようにたなびき、そして――動いた。たちまちわけがわからなくなった。俺はたったひとりだ。敵は二十万を超える。まったくもって馬鹿げたやり口だ。
誰だよ、こんなことをはじめようっていったやつは。槍が、剣が、矢が身体じゅうのあちこちを斬り裂いた。痛みは感じない。感じている暇はない。距離を開けられているのが不利だとようやく感づいたのか、歩兵たちが怒号を発しながら斜面を駆け上がってくる。
地形が一変するくらい、魔力の塊を放ってやった。爆散した肉塊が雨のようにあちこちへバラバラと降ってくる。敵も必至だ。もうどれほどの命を殺めたのか。兵力は二十万倍はある。このくらいは許して欲しい。息が苦しい。散星号も泡を吐き出しながらあえいでいる。苦しいだろう――俺も苦しいのだよ。頑張ろう、頑張れ。
そんなことはありえないのに、なぜかユリーシャとミーシャの声が頭のなかで木霊した。頑張れ、頑張れ、と。そうだ。戦うよ。それが俺の務めだもの。
たぶんこれが最後の突貫になるだろう。もはや敵将の首を上げられるとは微塵も思わなかった。
苦しい。呼吸が苦しい。一瞬たりとも留まっている暇はないのだ。持っていた杖もどこかにいってしまった。もうどれだけ振るったのだろうか、腕が自分のものではなくなってしまったように重たい。血と脂でべっとり濡れた剣はひん曲がって、これでは兜を叩いて敵をひるませるのが精一杯だった。
どこを向いても、みなが俺を殺そうと押し寄せてくるだけだ。凄まじく動物的な殺意の籠った瞳が四方から俺という存在を挽き潰してやろうと、爛々と輝いている。
どどっと、右腕に矢が刺さった。こいつら、味方など無視して面を殲滅するように弓を使うことに決めたのだ。膝と脛に矢を受けて、左手で抜こうとしたとき、伸びて来た腕に引きずり落とされた。胸や腹にずっと冷たい刃物が入ってくる。入ってくるな。俺はまだ死ぬわけにはいかないんだ。散星号が群がって来た雑兵たちを蹴り飛ばしてくれた。
なんとか起き上がって術を使い、伸しかかって来た幾人もを焼き払った。気を抜いたのが悪かったのか。ざあっと雨のような矢が俺を狙って放たれた。え――!
大きな影が俺の前に立ちはだかった。散星号の身体がたちまち無数の矢で埋め尽くされていく。
「散星号――ちくしょおおっ!」怒りで頭が完全に灼き切れた。どくどくとあふれ出る血で俺の腕が濡れてゆく。思考が一瞬停止した。どうと斃れた散星号。
なんて、なんてこった――。いや、こうなることは最初からわかっていたはずだ。悲しんでいる暇はない。周りは完全に囲まれている。あたりまえだ。十五万の歩兵が槍を連ねて低い位置から迫ってくる。
終われない。
このままじゃ終われない。
徒歩になった俺は落ちていた剣を拾うと、伸びて来た穂先を撥ね上げ、兵士たちのうずに突っ込んでいく。
もう考えない。なにも考えない。息が続くだけ戦い抜くだけだ。最後の術を使うしかない。
俺は残った魔力を全身に行きわたらせると契約した〈火神〉とコンタクトし、全身の烈火に変えた。
燃え盛る火の塊となった俺は、触れるものすべてを焼き尽くしながら、当たるを幸いにただ、ただ焼いて焼いて灼き尽した。
ユーロティア第三軍総帥カール・バティーン将軍は野営陣地で続けざまに知らされる報告に苦虫を噛み潰していた。
「で、結論はどうなるのだ」
青白い顔をした軍事参謀は書簡に目を走らせると唇を震わせてありのままを告げた。
「被害は騎兵千四百余、歩兵千百余。昨晩の夜襲によって受けた二千五百余を合わせれば、おおよそ五千近くにのぼるかと」
五千だと……!
カールは手にした指揮棒を半ばでへし折ると、ぶ厚く大きな腕で机を思いきり叩いた。
陛下にお預かりした兵を、よもやただの一度も敵兵にぶつけることなくこれほどの被害を出すとは――。
カールは今年で軍歴三十余年を超す戦場の猛者であった。四角く岩から切り出したような顔は、たとえいかなる変事があっても取り乱さないことで国の内外に知られていたが、今回だけは別だった。
敵は、たったひとり。物見から長城の将がロムレスではその人ありと知られた〈火神〉と名高いジラルド・ルフェという大将だと聞き知っていたが、まさかここまでやられるとは想像をはるかに超えていた。
現に、二十万を超える勇猛果敢な第三軍は先ほどの戦いで鬼神のごとく、全軍を踏みにじられ、部隊によっては逃亡者まで出ている始末である。
カールはジラルドによって討たれた将の名を書簡の上で拾い読みし、三枚目で止めた。
昼から日没までの間に、なんと五十六人もの将が討ち取られている。ジラルドはよく火の魔術を使うと聞いていたが、これは人間技ではありえない。
おまけに、騎馬隊はいよいよとまで追い詰めていながら、にっくきジラルドを取り逃してさえいるのだ。今も前進命令を出しているが、先鋒の騎馬隊長はなんやかやと理屈をつけて命令を遅滞させている。
「参謀。ジラルドとは、本当に人間なのだろうか――」
「は。将軍。かの者を間近に見た者の話では、傷つき血を流していたというので、人間離れしていようが、やはり人間だと」
「ならばなぜ捕らえられない?」
「矢の届かぬ場所で魔術を盛んに撃ち出してくると。向こうが寄せてこない限り、こちらは火達磨にされるのがオチで」
「ならばあやつも限界は近づいているのだろう。精鋭を集めて少人数で叩け。ジラルドの首を取ったものは、将に推薦すると儂がいっていたと伝えろ」
カールはあくまでも一介の軍人だ。上層部に命じられれば、その相手が誰であろうと挑むしかほかはない。しかし、思うに失策だったのは、数を集めよという命で無理やり頭数をそろえるために呼んだロクに使えぬ傭兵たちがお荷物だったか。
聞いた話によれば、今回の条約破棄からの進軍も、今やロムレスで権威を失墜させたヴァレンチン将軍との綱引きと兼ね合いがあったとも聞く。ようは、自分の出した火から世間の目を背けさせるため、やらなくてもいいいくさを押しつけられた格好である。
――いずれにしても弓矢取る家の者はお上に逆らうことはできぬ。
カールは荒々しい足取りで天幕を出ると、小姓を呼んで自らの愛馬に跨ると、動揺の消えぬ自軍の見回りをはじめた。
「見つけたぞ! あそこにいるのがジラルドだっ。やつの首を取れば褒美は思うままよ!」
よくもあの囲みを破れたと自分でも思う。人間やればなんでもできる。けど、こっちは少しばかり休憩タイムなんだから見逃してくれてもいいんじゃねーの?
草地に座って息を整えていた途中で、しつこい一隊に見つけられた。まったくもって気をゆるめる暇もないぜ。
俺はついに敵将カール・バティーン将軍の首を上げることはかなわなかった。
実際、歩兵の厚みは騎兵よりもはるかに厚く、組織だった波状攻撃を受けるたび、徒歩では本営まで深く斬り込むことは不可能だったのだ。
散星号の力がどれほど大きかったのか、徒歩になってからようやく知ったよ。馬ってやっぱ凄いんだな。
わらわらと命知らずの兵隊たちが、二十人ほど団子になって駆け寄ってくる。
正直、今の状態で魔術を使うのは難しい。ちーと厳しい。
が、まるっきりのスッカラカンというわけでもないので、無理やり起き上がって術を詠唱した。
ひと抱えほどある火球を、みっつよっつ頭上に作り出すと、迫り来る兵たちに向かって鋭く撃ち出した。
どん、どおん、と。火玉が敵集団のど真んなかに落ち込んで、まとめて四、五人焼き殺す。
間違いない。威力は大幅に減退している。
血を失い過ぎたのか、頭がクラクラして全身に力が入らない。
世界は茜色に染まって日が落ちかけていた。夕暮れどきだ。
ユーロティア軍も、平野に展開しているのが俺ひとりきりだとわかっているせいか、無理押しはしないらしい。
日が完全に落ち切れば夜襲は考えもしないだろうし、まだ、こちらの長城に伏せ勢があることを懸念しているが、明日の日中にはすべて露見し、俺の戦いもそこで終わるだろう。
一番心配していた騎兵たちも動きは完全に止まっている。俺は敵の指揮官を狙って潰していったので、その効果が出はじめているのだろう。頑張りが報われた。そう思うと、不意に身体から力が抜け立っていられなくなった。
「あ、り?」
でんと尻もちを突いたまま、立ち上がろうと頑張ったが腰が完全に抜けているせいか片膝立ちのまま固まってしまった。
もう少しで城門にたどり着くっていうのに、あんな欲に駆られた雑魚どもに首をやるなんて、どうにも締まらない最後だな。
握っていた剣は半ばで折れて、おまけに脂が巻いているのでひとり道連れにするのも無理そうだった。
十五人ほどの槍兵が雄叫びを上げながら迫ってきている。
後悔とか心残りとか、そういうものはなにもなかった。左耳は千切れているし、両手の指はずいぶんと寂しくなっていた。
もう武術の稽古は完全にできそうにない。奇跡的に生き残れたとしても廃兵決定だろう。
余生はかび臭い場所に押し込められて、ぬるい粥をすする日々が送れそうだな、はは。
乾いた笑いが口の端をゆるませ、俺が精一杯自分を嘲笑おうと腹に力を込めたとき、背後から、ぱかぱかと馬を進ませるひづめの音が静かに聞こえて来た。
「え――?」
振り返るのよりも早く、影は「はっ!」と勇まし気な気合とともに高々と跳躍した。
目にまぶしいほど美しい白銀の甲冑を纏った騎士は、なめらかな青鹿毛のスレイプニル――八本脚の軍用馬を走らせると、長く重たげな朱槍を閃かせ颯爽と槍兵たちに打ちかかっていった。
白銀の騎士の槍遣いは、まさしく芸術的な冴えだった。
打ちかかってくる歩兵たちをたちまちに蹴散らすと、ほとんど俺がまばたきもしない間に突き伏せてしまった。
そればかりではない。遠方にあった、百ほどの塊を見ると恐怖感などありもしない様子で駆け寄って、夢か幻かと思うくらいに手際よく、集団のなかを駆け巡ってたちまちに追い散らした。
遠目にも騎士の槍が敵兵の胴体を刺し貫いて、高々と宙に掲げるのを目にしたときは、天が俺を助けるために遣わした神将だと信じつつあった。
九死に一生を得るとはこのことだった。
援軍か?
「ジラルド――無事でよかった」
「え――」
兜から響いて来たくぐもった声。
まさか、と思う間もなくそれは取り払われ、銀色の髪が夕日の赤のなかへと鮮やかな印象を残し、踊った。
「なんで、ユリーシャ――そういえば、白銀の甲冑に大鳳の紋章、それに朱槍をよく使う騎士といえば、ストリアの丘の戦女神……!」
噂には聞いていた。どこか思い出せなかった。いいや、自分以外の英雄などくだらないと妬心からなるべく忘れるように努めていたが、確かに西蛮との国境紛争で敵将の首「八十七」を取ったという伝説はあったが。
「その呼び方はやめてくれないか。これでも軍はとっくに退役したんだ」
「な、んで――!」
ユリーシャは馬から飛び降りると、駆け寄って俺の顔を両手で押さえ、ジッと見つめた。
それから感情を完全に決壊させて顔を滅茶苦茶にした。
「なんでっ、じゃないっ! どうしていつもあなたは勝手に私のことを決めるっ! ああっ、こんなに傷だらけになって……なんでっていうのは私のほうだっ! ああっ……ジラルド……生きていてよかった……もうだめかと、なんどもなんども……このおっ……!」
ユリーシャがボロボロと滂沱の涙を流して泣き叫んでいる。
美しい女だ。これほど可憐ではかなく愛らしいものをこの地上で俺は知らない。ユリーシャがすんすんと鼻を鳴らしながら、傷ついた俺の身体を見て、血の涙を流している。
「ハリーから話を聞いたっ……あなたを傷つけているなんて……ちっとも知らなかった……許してくれ、許してくれっ……私は……なにもわかっていなかった……あの頃からずっと……! あなたは約束をどんなことがあっても絶対に守るという男なのにっ!」
ユリーシャは泣きながら手にした古ぼけた髪飾りを頭に差して見せた。
その瞬間、ミヨルニルの街で会った小さな女の子と記憶が繋がった。
「君は――まさかミヨルニルの街にいた」
「そうだっ。私はあの日からずっとあなたを追いかけていたんだ。幸か不幸か体格には恵まれた。私の実家はただの商人だったし、親にもやめろと止められたが、どうしてももう一度あなたに会いたくて軍に入ったんだ。気づけば戦女神だとかよくわからないものに祭り上げられて……いろんな情実に縛られていつしかすべてを見失っていた。あなたが、失意のうちに王都を去ったことを聞いた。それからなんとかコネを使って……義父上に会って……時間をかけて口説き落とし……あなたの妻によくやくなれたんだ……それなのに……大好きなあなたを私は上手く癒すことができなかった。あげく、不貞を疑われるような真似を……私とあの男はなんでもないっ! この誤解を解いておかなければ、私は死んでも死にきれないっ!」
「そっか、俺を憐れんで……嫁いでくれたんだな」
「そうじゃないっ! 私は、なんていいおうと娘のときからジラルドしかなかったんだ。それに、いっしょになれてからの生活はすごく、すごく楽しかった。あなたのお世話をさせてもらうとき、私は女に生まれてきてよかったって本当にそう思えたんだっ!だからっ、だからっ……!」
そっか。
そもそもきっかけなんてどうだっていい。
思うより思われるほうがいいだなんてまるきり女のセリフだが。
俺は俺の存在に意味があったってわかっただけで、とても満足だった。
「ジラルド? 無理やり立ってはダメ!」
るせーよ。こんなふうに最後まで抱っこされてちゃ、どっちがどっちだか本当にわからなくなる。
消えかけていた希望が再び胸に灯った。
諦めない。最後まで人生を諦めたりなんかしない。
ユリーシャを真っ直ぐ見つめた。彼女は強く意思の籠った瞳で見返すと、跪いて俺の手の甲を取り、キスをした。
「私はあなたに仕えた。生きてほかの誰かに仕えるつもりもない。ジラルド。お願いだ。最後の瞬間まで、あなたの妻としてそばに置いて欲しい」
「あーあ。やっぱやめた」
「え?」
拒絶だと思ったのだろうか。ユリーシャの瞳が泣き出しそうに歪んだ。
彼女の髪をくしゃっと撫でると、心の底から本当に笑えた気がする。
「死ぬのやめた」
「あ……!」
「だから最後までベストを尽くそうと思う。そばにいてくれよな、ユリーシャ」
彼女の微笑みはこの地上にあるすべてのものにまさっている。
俺は、俺だけの天使を立たせると、有無をいわせずその清らかな唇を奪った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます