絵本

四季 巡



白い絵本を見て、僕は無気力感に苛まれている。心がぱさぱさに干上がっていくのを実感できた。

数日の間、僕は色鉛筆を握るのを恐れている。

いつもならば、部屋には珈琲の匂いがして、妻の足音が聞こえる。

けれど、珈琲は香らず、部屋は悲しい静寂に包まれている。

最愛なる妻は、もういない。

心の中では、妻はいつまでも笑っていて、現実を上手く飲み込めない。

喧嘩してふて寝してるのではないか、明日になったら全てを忘れて、呑気な声を発してくれるのではないか、無い希望に縋る日々。

白い壁に掛けられた写真には妻がいて、あの笑顔を見せている。

ただ晴れていた何も無い日に、買い物へ行くと言った妻は、帰って来ない。

思い出すたびに涙が溢れ、白い絵本に染みができ、ふやけてく。

ふやけた紙は白黒の海のようで、溢れる涙が、凪いだ海のような悲しみを描いていた。


机にはビールの空き瓶が転がっている。

心の穴を酔いで忘れるしかなく、毎晩、自我を忘れる程に飲んでいる。

妻が見たら、なんていうだろうか。

堕ちてゆくことで、抱えきれない悲しみを紛らわせていた。

酔いから覚めると、待っているのはこの身を潰してしまいそうな程、大きい絶望であった。

初めて味わう、何処までも暗い大きな絶望に、僕は落胆する。

今日も、呆然と椅子に座り、絵が書けなくなった作家は、妻を思い続ける。

高窓から差す日光は、手元を照らすが、心は梅雨空のように、厚い雲が覆っていて、希望の光を見出せない。

静寂に包まれ、消えていなくなってしまいそうな部屋に、秒針の音だけが刻まれて、妻のいない孤独を感じさせられる。

無造作に置かれた色鉛筆を握ろうと、恐怖で頑なになった腕を伸ばす。

けれど悲しみに打ちしおれた感情は敏感となり、指に触れると涙が無尽蔵に溢れ出す。

情けない僕は、机に置かれた全ての物を、感情のままに薙ぎ払った。

紙は宙を舞い、空き瓶は割れて、砕けちる。

窓硝子に映る、僕の顔は泣き腫れていて、酷く歪んでいた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

絵本 四季 巡 @shikimeguru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ