月の輝く空の下
不知火 螢。
旅人さんから新たなる旅人さんへ
月の輝く空の下。
森の中で少女が一人、歌っていた。
小さい声で悲しそうに。
僕は気になって声をかけた。
すると、少女は月のように儚い笑顔を僕に向け、こう言った。
「お兄ちゃんは・・・誰?」
僕は・・・。
「僕は旅人だよ。今の歌は君?」
少女は目を輝かせ、そして不安そうな顔をする。
「そうだよ。旅人さんはなんでここに来たの?」
「旅人さんはね、君の歌が聞こえてここにきたんだよ」
「でもここは、呪われてる場所だよ?街からも離れてるよ?」
確かにこの森は人里から離れたところにある。
「ここはね、旅人さんにとって大切な場所なんだ。久しぶりにこの国に来てこの場所を思い出して、それで来て見たんだよ。そしたら君がいた」
そう、ここは僕が子供の頃に過ごした場所だった。
「ねえ、お嬢さん」
僕の知ってるこの森のお話、聞いてくれるかい?
そうたずねると、少女は顔に満面の笑みを浮かべて頷いた。
遠く昔のある日。
この森には一人の少年が暮らしていました。
少年はずっと外に出たかった。
でも、国の掟で少年はこの森からは出ることが許されなかった。
ずっと一人で、孤独で、悲しみに満ち溢れていた少年は、歌を歌うことが好きで、それ以外にすることもなくて、一日中歌っていたんだ。
木や草、花も動物も、みんな一緒に歌っていたんだ。
この森に小さな湖があるのを知っているかい?
そこは少年の好きな場所でね。彼はよくそこにいたんだ。
天気がいいときはそこで寝たりもしていだんだよ。
少年が一日中歌って疲れた時にたまたまそこで一晩寝てしまった時があってね。あれは確か、月が綺麗な夜だったかな。
少年は夜中に目が覚めてね、周りを見たら湖の中に女の子が一人立っていたんだよ。綺麗な声で少年がよく歌う歌を歌っていたんだ。
ちょうど君くらいの年齢の女の子なんだ。
あの湖は小さい割にとても深くて子供が立つなんてできないはずなんだけど。
女の子は立っていたんだよ。
少年は気になってこう声をかけたんだ。
「キミ、なんでそこにいるの?なんでその歌を知っているの?」
少年の好きな歌は少年の母親が作った曲で、誰も知るはずがない曲なんだ。
疑問に思った少年は、そのことまで口に出していたんだよ。
母親には言ってはいけないと言われていたのにね。
女の子はこう返した。
「ワタシは今日しかここに来られないの。そして、今日だけならここに立てるの。だからここにいる。君の歌はいつも聞いていたよ。とても綺麗な歌声で、ワタシはいつも感動してるの。だから、それを伝えに来たんだ」
女の子は大人みたいにそう言ったんだ。
「だったら、日の出てる時にくれば一緒に歌えたのに」
少年は少し寂しそうにそう言ったんだ。
女の子は少年がいつも一人だってことを知っていた。
本当は女の子も日の出てる時にきたかったんだけど、女の子は月の出てる夜しか外に出れない子だったんだ。
不思議に思った少年は女の子に聞いたよ。
普通は夜こそお家にいるんじゃないの?と。
「君こそお家に帰らないの?」
女の子にそう言われた少年は、
「僕の家はここだから。でも、いつかこの森を外を見に行くんだ!」
そう、答えたんだ。
それを聞いた女の子は、自分の首に下げていた月の様な黄色の首飾りを外しながら言った。
「なら、この首飾りをあげる。きっといいことがあるよ」
女の子は首飾りを宙に浮かせて少年のところまで運んだ。
「でも、これは君のっ」
少年がそう言うと、女の子は小さく微笑んだんだ。
そして、月を雲が隠した。
ちょうど、少年と女の子のいたところが暗くなり、少年には何も見えなかったんだ。
少しして、またあたりに月の光が溢れた時には女の子がいなくなっていた。
少年に渡した首飾りだけが女の子がここにいたという証拠だった。
数年経って少年が青年になった時、青年はこの森を出て旅に出た。
路銀は青年の好きな歌で稼いで、自由気ままに旅を続けているんだ。
きっと、今でも青年が少年だった時に女の子にもらったあの首飾りを身につけて旅をしているはずだよ。
これがこの森のお話。
これは僕しか知らない話なんだ。
「君も歌うのが好きかい?」
話を終えた僕は少女にそう問いかける。
「うん、ルナは歌うことが好きだよ!お話に出てきた少年みたいにいつも歌ってるよ」
少女、ルナはそう言った。
そして再度問いかける。
「外の世界に行ってみたいかい?」
ルナはこの質問にも笑顔で大きく頷いた。
「そっか。じゃあ、お嬢さんに少年の様にお守りをあげよう。大切にするんだよ?」
僕は身につけていた耳飾りを外してルナの手に落とす。
「・・・・・・旅人さんはもう行っちゃうの?女の子みたいに」
ルナは寂しそうな顔でそう言った。
「うん、旅人さんは旅をする人だからね」
「また会える?」
「どうだろう。旅人さんは自由だからね。会えるかもしれないし会えないかもしれない。そればっかりはわかんないんだ」
ルナにそう告げると僕は荷物を持って立ち上がった。
「さてと、綺麗な歌をありがとう。旅人さんは旅をするよ」
ルナは涙を目にいっぱい溜めて、それでも落とさない様に堪えながら頷いた。
少女と別れて、僕はお話の中に出てきた湖へと足を運んだ。
そこは前に、「旅人さん」が「少年」だった頃よくいた場所だった。
「久しぶりだね、ルナ。君からもらった首飾りは今でも僕が身につけているよ。さっき、君と同じ名前の女の子にこの森の中であったんだ。そんなことってあるんだね。」
少女、ルナに語ったお話の少年は旅人だった。
この日は旅人さんがこの森を出てちょうど20年目の年だった。
そして、少女だったルナは女性となり、旅人さんとして世界を渡り歩いている。
首飾りのお話と耳飾りをくれた旅人さんを探す旅を。
旅人さんから貰った耳飾りを身につけて。
どこにいるかもわからない、旅人さんを探して旅をしているんだ。
もしかしたら、明日は君のところに来るのかもしれない。
月の輝く空の下 不知火 螢。 @Kiruahobby8317
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