第178話 あたしの仕事

 今日はさ、ちょっと早めに家を出てガンタを拾って行ったんだよ。昨日の帰りにガンタを送って行ったから、神崎さん一発で道憶えちゃって。ガンタもそうだったけど、なんで男の人ってみんな道を一発で覚えられるの? あたしなんか全然道憶えらんないのに。

 ガンタが後ろの席に乗ろうとしたから「助手席の方が乗りやすいんじゃない?」って言ったんだけどさ、ガンタってば「いや、そこはダメっすよ。花ちゃん専用シートっすから」ってゆーんだ。神崎さんまで「そうですね」って澄ました顔でさ。もーやだ、この人たち。

 なんかあたし、神崎さんにはつい意地悪な言い方しちゃうからあんまり一緒に居たくなくて、ガンタと一緒に医務室に顔出したんだ。

 もう、神崎さんと顔合わせて仕事できる日は今日入れても3日しかないのに、一体何やってんだろう。ホントあたしバカみたい。少しでも一緒に居たいくせに、一緒に居たくないなんてさ。あ~あ……。


「どーしたん、花ちゃん。そんな情けない顔して。花ちゃんが元気にしてへんと、製造の元気が出ぇへんのよ? シャキッとしなはれシャキッと!」


 なんか同じ事を1ヵ月前にミユキに言われたなぁ。あの頃は毎朝ミルクたっぷりお砂糖たっぷりのカフェオレ飲んでたな。

 で、このミユキと同じ台詞を吐いたリョウさんは相変わらずの元気印。肝っ玉母さんって感じで頼りになるよ。でもこの人とももうすぐお別れか……。


「だって、今日入れてあと3日ですよぉ。リョウさんとこに来るのも今週いっぱいです」

「金曜日に顔出してくれたらええわ。ウチ、花ちゃんの事は忘れへんよ。また出張があったらここに顔出してや?」

「はい、絶対来ます。じゃ、あたしそろそろ戻ります。ガンタ、ランチの時に来るからね」

「ういっす!」


 「あーらガンタ、製造のマドンナ独り占め?」なんてガンタがリョウさんに冷やかされてるのを背中で聞きながら医務室を出て、そのまま製造でラジオ体操と安全確認に参加して、開発フロアに帰ろうとした時にあたしはそれを蹴った。

 鈍い金属音がして何か小さいものが転がって行く。それを追いかけて拾ってみると……スプリングワッシャー。深い意味も無くそのリングを指にはめてみる。ああ、あたしの左手の薬指にピッタリだ。あの日に神崎さんがはめてくれたのと同じサイズなんだろうな。

 あたしにはこっちが似合う。7ケタのエンゲージリングなんて、きっとでっかいダイヤが付いてるんだろうな。そんなの貰ったら失くしそうで怖いよね。

 なんとなくそのスプリングワッシャーをポケットに入れて開発フロアに戻ると、神崎さんが真っ直ぐこっちに向かって来たんだよ。その神崎さんは、昨日支給された作業着を着こんでる。また外で作業するのかな。


「山田さん、一昨日の2件の改善案ですが、仕様を書きましたのですぐにプログラミングに入ってください。あなたなら今日明日中に仕上げられるはずです。上がり次第、僕の方で本体に組み込ませていただきます。試作用水準センサはあの時点ですぐに発注をかけていますので、今日の午前中には届く手筈になっています。すぐにかかってください」


 仕様書の入ったファイルを手渡される時に、なんか熱い視線を感じたんだ。とても何か言いたげな。だけど特に何もそれ以上言わなくて。


「はい」


 あたしはファイルを受け取ると、気合を入れて自分の仕事に集中したんだ。今はもう、それしかできないから。神崎さんとここで一緒にする最後の仕事かも知れないから。

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