第177話 最強のコンビ
今晩は豆腐ステーキ。水切りしてから両面をサラダオイルで焼いて、大根おろしと出汁醤油をかけて、あ、大葉と茗荷の刻んだのも乗っけてる。
これは簡単だからレパートリーに入れると良いって神崎さんが教えてくれたんだけど……。神崎さんにとって簡単でも、あたしにとっては難しいのっ。
「あの……」
「はい、なんでしょう」
「今日、ありがと」
「?」
「クレーン」
「ああ、いえ。少しでも鍛えておいて良かった。成果が出ましたね」
そんなに自然災害なんて起こらないよって言ったけど、こんな形でも発生するんだもんね。
「それにさ、あの子、早く起こしてくれって言ってくれたでしょ。あれ、嬉しかった」
「あんな山田さんを見たら誰だってそう言いますよ」
ジャガイモの金平……こんなものも金平になるんだ。黒胡麻がアクセントになってて美味しい。
「神崎さん、泥だらけになっちゃったね」
「山田さんも。ですが顔につかなくて良かったです。山田さんの顔が汚れたりしたら、僕は製造部の金剛力士みたいな人たちに文字通り吊し上げられてしまいますよ」
「何それ」
「山田さん、製造部のマドンナ的存在ですから」
「そんな話、聞いた事無いし」
「知らぬは本人のみです。あなたが製造にいらっしゃると、製造部のテンションが一気に上がるんですよ」
初めて聞いたよ。まあ、バカな事ばっかりやってるからね……。
「これ、バーベキューの時のワラビ?」
「そうですよ。塩漬けにしておいたものを塩抜きして、ツナと一緒に炒め煮にしたんです。ツナ缶を買う時はオイル漬けでは無くてスープ漬けを買った方がいいですよ。無駄な脂質をカットできますし、スープの出汁が効いてますからそのままスープごと使えます」
「今からもう東京に帰った時の心配してんの?」
「ええ、今のうちにあなたに教えられる事は何でも教えておきたい。……僕を忘れないように」
「毎日『恐怖の神崎メール』来るんでしょ?」
「僕という人間も忘れて欲しくありませんが、僕との生活も忘れて欲しくないんです」
どーゆー意味だよ。あたしは忘れないよ、忘れろって言われても忘れられないよ。でもなんであんたが言う? 違うでしょ? 神崎さんはあたしの事なんかさっさと忘れて、新婚生活をエンジョイするんでしょ。それなのにあたしにはこの生活を忘れないで欲しいってどーゆー事よ。勝手だよね。ずるいよね。
「山田さん、今朝は製造部でラジオ体操なさったそうですね。その後の安全確認も。あれで製造部での人気を独り占めしてしまったようですよ」
製造か。製造の人たちみんな優しくて大好きで、とっても嬉しいけど……だけど。あたしは神崎さんに独り占めして欲しいんだよ。まあ、言っても仕方ないから言わないけどさ。
「山田さん、京丹波に呼ばれるかも知れませんね。製造から署名が集まったらどうなさいます?」
「そんなの神崎さんだけだよ。みんなに頼りにされてさ、みんな神崎さんを帰したくないって言ってる。あたしなんかお呼びでないよ。あたしと神崎さんじゃ格が違うよ」
「山田さん……」
神崎さんが困ったような……って言うかなんか悲しげな顔をするから、あたしもちょっと言い過ぎたかなって後悔したりして。なんでこんなに意地悪な事ばっかり言うんだろう。神崎さんが困るような事ばっかり。あと数日しか一緒に居られないのに。
「僕は山田さんと一緒にここに残りたい。山田さんとなら最強のコンビになれる。いえ、もう既に最強だと自負しています。僕がそんな風に思うのは、山田さんには迷惑でしょうか」
「あたしと組んだら、神崎さんの足を引っ張るだけだよ」
「僕があなたと組みたいと言ってるんです。僕のパートナーはあなたしかいない」
「それ別の意味にも取れるから。そーゆー言い方やめた方がいいんじゃない?」
「別の意味にも取っていただければ最高です」
「意味不明だよ」
「僕は……」
「ごちそうさま!」
もう。聞きたくないよ。そんな思わせぶりな言葉。あたしは自分のお茶碗とお箸を片付けてさっさと2階に上がっちゃったんだ。だけど……。
階段を上る時、神崎さんが肩を落として俯く姿が見えてしまったんだ。
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