第176話 医療行為だけど

 3人とも泥だらけのグジャグジャだったんで、工場のシャワールームで泥を綺麗に洗い流して、親父さんから貰った新しい作業着に着替えたんだよ。

 今はあたしも神崎さんもガンタも仲良くお揃いの作業着姿。ガンタはいつも着てるから見慣れてるけど、神崎さんの作業着姿ってなんだか新鮮。メッチャ癇に障るんだけど、神崎さん作業着でもカッコいい。絶対に似合わないと思ってたのに、この調子だと全身『寅壱スタイル』でもイケてるよーな気がしてきた。


「神崎さん、作業着でもカッコいいっすね。いーなぁ、イケメンは」

「すみません、突き飛ばす方向が悪かったようです。踏み出している足まで判断している余裕が無かったものですから」

「とんでもないっすよ! 神崎さんのお陰でこの程度で済んだんすから。ありがとうございました!」


 医務室のベッドの上で足首を固定されながらガンタが頭を下げると、彼の処置をしてるリョウさんに「動かんといて」って叱られる。


「ですが、これではクルマの運転はムリですね」

「そーなんすよ。通勤が困るんすよね……」

「僕が送迎しましょう。こうなったのは僕の責任ですから」

「神崎さんの責任じゃないすよ、全然!」

「送迎できるかどうかは神崎君診てからね。神崎君、上脱いどいてや。肩、中途半端に外れたりヒビ入ったりしてへんか確認するから」

「はい」


 このリョウさんって言う女性、もともと地元の病院に勤務してたんだけど結婚退職して、下の子供が高校生になったんでまた職場復帰しようと思ったら病院に断られちゃって、それをおやっさんが拾ってきたって言う腕利きの看護師さん。

 毎日この試験場のあちこちで怪我をして来る猛者たちを百戦錬磨のスゴ技で次々と捌いてる。中にはリョウさんに会いたくてわざと怪我してる人もいるんじゃないかってくらいの人気者のおばちゃんなんだ。


「へー、神崎君、本社から来たボンボンや思とったけど、ええカラダしてるやん。ウチの『抱かれたい男リスト』に入れとくわ」

「これはどうも、ありがとうございます」


 もー、何がありがとうございますなのよっ。エンゲージリング買ったくせに、もう不倫の相談かいっ。信じらんない! 城代主任に言いつけてやる。

 リョウさんに背中とか肩とか撫でられてる神崎さん見てると、なんだか悔しいような羨ましいような、あーん、もう! 神崎さんの背中とか触んないでよー! あたしだって触った事無いのに! って何故あたしが言う? つーかリョウさん看護師だし。フツー触るし。

 彼の肩甲骨触りながら腕を持ち上げたりしてんのって、フツーに医療行為なんだけど、なんかすんごいジェラシー! あたしこの調子で、神崎さんが結婚したら大丈夫なんだろうか? あ、でもその頃はもう顔も合わせなくなってるから平気か。


「うん、神崎君はなんともなさそうやね。一人なら受け身取る事も出来るやろけど、誰かを抱いたままやとなかなか思ったように動かれへんからね。良かったね、花ちゃん」

「はい……」

「ほんで、花ちゃんはどない? どっか痛い?」

「ううん、どこも」

「膝擦りむいたくらいやね。絆創膏貼っとくし、ズボン捲って。ほらそこの男子二人! 20代女子の生脚見るんかい、このドスケベ」

「はっ、す、すいません!」

「べつにいいよ、膝小僧擦りむいただけだもん」


 慌てて後ろを向いた男子二人の会話がビミョーに聞こえるんだよ。わざとかよ。


「ヤバいすよ、俺、元気になっちゃいますよ」

「奇遇ですね、僕もです」

「神崎さんがっすか!」

「岩田君、僕だって生殖活動期真っ只中のオスですが」

「聖人のような人だと思ってたんすけど」

「冗談止して下さい」

「あ、なんか神崎さんが身近に感じる~」


 コイツら……。


「はい一丁上がり。神崎君も大丈夫そうやし、家が同じ方向ならガンちゃんお言葉に甘えて送り迎えして貰ろたらええよ。朝テーピングしたるから、毎日朝と帰りにここにぃや。ちょっとでもおかしかったら病院行かなあかんし」


 リョウさんに松葉杖を借りたガンタとあたしと神崎さんは、彼女の笑顔に見送られて医務室を後にしたんだ。

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