第163話 一緒に行ってくれますか

「食欲ありそうで良かった」

「ええ、大した熱でもありませんでしたから。山田さんが大袈裟に心配なさるので、お利口さんにしてましたよ。ベッドに括り付けられては敵わないので」


 って言う割に、あんまりご飯進んでないよ?


「ところで、今日はどうでした? 楽しんで来られましたか?」

「うん。生まれて初めてエステに行ったの」

「4人でですか?」

「うん。すっごい面白かった。ジェルをいっぱい塗りたくられて、なんか変なカーリングやる時に投げるよーなあんなのでぎゅーぎゅーやられたの」

「ストーンの事ですか?」

「あ、それそれ。それに似たヤツをジェルで滑らせるんだけどね、『セルロイドを除去しますから~』とか言ってさ」

「セルライトですね?」

「あー、そうだった。ん~、鰆おいひ~。この梅干のやつ、おいひ~。それで、サロンのタクマさんがね、『ブライダルエステもやってますからね~。この愛のコンシェルジュ・タクマをご指名くださいませ~』なんつってね」

「楽しそうですね」


 神崎さん、お味噌汁と野菜の餡閉じしか食べてないよ。鰆も食べなよ……。喉が痛いのかな? 大丈夫かな?


「ストレートはどちらで?」

「恵美が無料チケットいっぱい持ってるの。それでタダでストパかけて来たんだ。その間もずっと4人でお喋りしてたの」

「一体何をそんなにお喋りなさってたんですか? ずっと同じメンバーでよく話題が続きますね」


 あんたの話してたなんて言えないでしょっ。


「そりゃ女子が4人も集まれば、ファッションの話と、美味しいモノの話と……」

「恋バナですか?」

「え、あ、まあ、そうだけど」

「ちゃんと僕と山田さんが結婚式を挙げて、新婚旅行へ行って、新婚生活を満喫していると言っておいてくださいましたか?」

「あのねー!」

「フフ……冗談ですよ。お昼はどうされました?」


 あ、やっと鰆に手を出した。ヨシヨシ、いー子いー子。


「萌乃のお気に入りのカレー屋さんに行ったの。すっごい美味しいカレー食べたんだよ。野菜がゴロゴロ入っててね、多分ご飯より野菜の方が多かったと思う」

「どんな野菜が入ってましたか?」

「えーと、小っちゃい玉葱と、ジャガイモと、ナスと、牛蒡と、エリンギと、人参と、カボチャと……忘れちゃった。油で揚げてるのとか、蒸してあるのとか、いろいろあったよ。ご飯ちょこっとお皿に盛って、残りのスペースに野菜を積んで、カレーかけたような感じ」

「なるほど。そこに炒めたトマトとオクラ、ブロッコリなんかが入ったら美味しそうですね」

「ブロッコリ入ってた! オクラも」

「フフ、そうだと思いました。今度僕が作ってあげますよ」

「ほんと?」

「簡単ですよ」


 って言って、神崎さん、無意識っぽいんだけど、その大きな手でこめかみを押さえたんだ。やっぱりまだ頭痛いんだ……。


「ねえ、大丈夫? 無理してあたしの話なんか聞かなくていいんだよ? しんどかったら、あたしのことはほっといて寝ていいからね」

「大丈夫ですよ。少しでも長く山田さんと一緒に居たいんです」


 あたしと同じ事……。でも、あたしと同じ事を言っても意味が同じとは限らないよね。あたしは『神崎さんと』一緒に居たいけど、神崎さんはあたしと『一緒に居たい』のかも知れないよね。『あたし』の部分が他の誰かに代わってもいいのかも知れない。例えば……城代主任とか。体調が万全じゃない時って心細いし、誰かに側に居て欲しい事ってあるし。たまたまそこに居たのがあたしだったってだけかも知れないし。


「今日さ、みんなに綺麗になったって言われたんだ。ダイエット効果が出てるって。神崎さんのお陰だよ。ありがとう」

「いえ、山田さんの努力ですよ。しかし本当に綺麗になられましたよ。本当に……」


 え? 何どうしたの急に? なんか神崎さんが遠い目をしてる。なんか一瞬で物凄く不安になる、そんな目だよ。


「どこにも……行かないでね」

「は?」

「あ、ううん、なんでもない、なんでもない」

「聞こえましたよ」

「え」

「どこにも行きませんよ」

「でも……」


 東京帰ったら、それだけでアウトじゃん。


「東京に帰っても一緒にどこかにお出かけしましょうか」


 えっ? やだ、あたし今思いっ切り顔上げちゃったじゃん。すんごい期待してる顔だったと思うぞ。やば、チョー恥ずかしいんですけど。


「どこかって、どこ?」

「行った事のない所があるんです。家のすぐ近所なんですが」

「え? どこ?」

「こちらに来るクルマの中で一番最初に言ったじゃないですか。東名に乗るよりも前に」


 ――仕事なんかしてないで行きたいですよね~――

 ――行った事ありません――


「ネズミーランド!」


 神崎さんの口角がフッと上がったんだ。


「一緒に行ってくれますか?」

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