第162話 魔法使い
今日はあたしが夕ご飯を作ろう。神崎さんの為に、何か消化の良さそうな物。何がいいかな。……ってその前に何が作れるんだろう、あたし。
神崎さんが作ってたもの、「簡単ですよ」って言ってたけど、いざ自分が作るとなるとサッパリわからない。何が簡単って言ってたかな?
あ、そうだ、ささ身をレンジで蒸して、野菜と一緒に……何だっけ? スープ漬けのツナ缶に人参入れてチンしただけのにマスタードとかってのもあったな。お肉を厚揚げに代えたすき焼きってのもあった。
だけどっ! あたしはそのすき焼きってのが作れないのよ! 「醤油と味醂で味付けしただけです」って言われても、味醂入れるとどうなるかわかんないのよ!
あーもう致命的じゃん。泣きたくなってきた。自分の大切な人のピンチにさえ何の役にも立てないなんて最悪っ。
あ、そーだ、お味噌汁作ろう。これなら作れる。お豆腐もあるし。大丈夫! まずはここからだ。
と思ったら、神崎さんが下りてきた。
「神崎さんどうしたの? お茶? スポーツドリンク買って来てあるよ。飲む?」
「ありがとうございます。そうじゃないんですよ。夕食を作りに来ました」
いつもの笑顔で(つってもちょっと口角上がっただけ)エプロンを手にする神崎さんを見て、あたしは開いた口が塞がらない訳よ。
「寝てなさいって言ったでしょ? ベッドに縛り付けられたいの?」
「随分アブノーマルな趣味をお持ちなんですね。山田さんのご希望であればそれも構いませんが」
「違うしっ。てか今日はあたしが作るから。神崎さんはお利口さんにしてて」
「山田さんが……夕食を、ですか?」
「何よ、作れないと思ってる?」
「はい。率直に申しまして無理です」
率直過ぎでしょ! もうちょっとオブラートに包むとか、社交辞令でも別の言い方考えるとか無い訳? 熱が出たことで本来の毒舌神崎が鎌首を擡げてきたか!
「何を作る気だったんですか?」
「お味噌汁」
「……作り方、ご存知ですよね?」
「お湯沸かして、味噌を溶く」
え? なんで神崎さん固まる? なんか変な事言った?
「僕が作りましょう」
「えー、何、なんか間違ってた?」
「ええ、根本的に」
根本的ですかい。とか思ってる間に、神崎さん、さっさとエプロン着けちゃったよ。
「見てますか?」
「うん、見とく」
「では説明しながら」
神崎さんは冷蔵庫を一通り眺めて、「何にしようか」って、ブツブツ言ってる。メニューを考えてるんだろうか。かと思ったら、唐突に冷蔵庫からいろいろ出してきた。
「今日は鰆があるので鰆の梅蒸しでもしましょう。それと……豆腐の御御御付け、野菜を適当に煮て餡閉じにしましょうか。すみません、今日は頭の回転が鈍いようなので、簡単な物ばかりになりますが」
「全然簡単に聞こえなかったよ」
「見ていれば簡単なのが判ります。それに御御御付け以外に2品しか作りませんし。山田さん、足りますかね」
「ここんとこあたし一人前しか食べてないから大丈夫」
って言いながらも全然手が休まないよ。
「では早速。御御御付けと野菜の餡閉じに使う出汁を取ります。まずはお湯を沸かすところから」
つって、鍋に水を入れて火にかけたんだよ。出汁とな? これが最初なのか。おっと、鰆にお酒をかけて塩振ってるぞ? 今度はモヤシを水洗いしてザルで水切ってる。
今度は野菜か。ジャガイモと人参の皮剥いて、5ミリくらいの厚さに切ってる。ナスは縦半分に切ってから同じくらいの厚さに切ってる。これって銀杏切りだっけ? イチョウの形してないな。半月切りかな? 椎茸も半分に切ってるぞ。今度は油揚げ。これは短冊切りだ。
「これは野菜の餡閉じに使います。ナスは色が変わりますからこうやって水に晒します」
お湯が沸いた。神崎さんが火を止めたよ。
「お湯が沸いたので出汁を取ります。まずは火を止める。そこに削り節を入れます。このまま2分ほど置きます。その間に鰆の梅ペースト作っちゃいましょう」
神崎さん、梅干を5~6個出して来て、種をほじくり出したんだよ。それでスプーンの背を使って潰し始めたの。そこにお醤油ちょっと入れて、おおっ、これが味醂? それをちょっと入れたの。で、また梅干グリグリ潰して。
そこまでやったところで、いきなりざるにキッチンペーパー敷いたの。今度は何よ?
「出汁を取ります。こうやってキッチンペーパーで濾すと一発ですよ」
つって、ザルの上から静かに鍋の中身を空けたんだよ。下に準備したもう一つの鍋には、べっこう飴みたいな色の液体が溜まって行って……いい匂い~。
「はい、これが出汁です。御御御付けも煮物もみんなこれを使いますから、出汁を取れるようにしておくといいですよ」
「はあい、先生」
「それは反則です」
神崎さんがフフッと笑う。この顔が好きなんだ。この顔してくれるなら何度でも言っちゃうよ。
「では鰆行きましょうか」
神崎さんお得意のレンジ蒸し器が出て来たよ。ルクエとか言うヤツ。そこにモヤシを敷いて、鰆を並べる。その上にさっきの梅干しペーストをかける。
「あとはレンジにお任せです」
ルクエをレンジに突っ込んだ神崎さんは、さっきの出汁を二つの鍋に分けたんだよ。片方にはさっき切った野菜を入れて、片方には豆腐を賽の目切りにしながら入れてくんだよ。しかもなんだか怖いよ、豆腐、手の上で切ってるよ!
野菜の方には味醂とお醤油を入れてるし、もう片方は沸騰する直前に弱火にしちゃった。それでお味噌を溶きながら入れてるの。凄い、お母さんみたい。
「さて、暇になりました。この間にテーブルの準備です」
「え?」
神崎さんてばさっさとダイニングテーブルを綺麗に拭いて、お箸を並べてるの。お茶碗とかお皿とか準備して早い早い。
そうかと思えば突然インゲンを3cm位に切って、野菜のお鍋に入れてさ。
「本当ならインゲンは別で茹でた方がいいんですが、男のワイルドな料理と言う事でご容赦下さい」
とか言っちゃって。そんで小鉢に片栗粉入れて水で溶き始めたかと思ったら、野菜のお鍋にサッと回し入れて。ザクッと掻き雑ぜて「はい、できました」って軽く言うんだ。それと同時にレンジが「チン!」って鳴って、「御御御付けと鰆も完了です」って……完璧に同時に三つが出来上がったの! もうホント魔法みたい。
ササッと大葉を千切りにして野菜の餡閉じに乗せ、乾燥ワカメと刻み葱を乗っけた御御御付けをあたしが運んでるうちに、お鍋とかルクエとか綺麗に洗って片付いちゃって。
この人、絶対魔法使いだ。
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