第119話 手は抜きません

 てかさ。また日曜日だよ。まあGWだから関係無いかも知れないけどさ。なんか人がいっぱいいるんだよ。でもさ、先週の天橋立ほど人が居る訳じゃないしさ、別に神崎さんのシャツ掴んで歩く事も無い訳よ。フツーに並んで歩けるわけよ。

 それがビミョーに物足りない気もするんだけど、てか、なんで物足りないんだ花子。どーしたら物足りるんだ花子。と盛大にセルフツッコミを入れつつ歩いてるんだけどね。


 今日はね、お寺さん(と言っていいのか、いいんだよね『龍安寺』なんだから)に行くって事で、自転車にも乗らないからと思ってワンピースにしたんだよ。デブはパンツ履いちゃダメなんだよ。デブラインがはっきりわかるからワンピースの方が誤魔化せるんだよ。それでも恥ずかしいから、膝上ワンピの下にちゃんとジーンズを足首丈まで捲り上げて履いてるんだよ。

 神崎さんは前にも着てたシャンブレーのシャツ着てる。ペールピンクのヤツ。神崎さんて淡いピンクが恐ろしく似合う。メッチャ上品に見える。下はバーベキューの時に履いてたダークネイビーの細身のジーンズ。両方見た事ある服だけど、組み合わせを変えると別の服に見える。イケメンはお得だよね。何着てもカッコ良く見えるんだからさ。


「山田さん、少し睡蓮が咲き始めてますよ。まだ早いかと思ったんですが」


 ここ龍安寺のド真ん前には、やたらデカい池があるんだよ。なんかそこにたくさん葉っぱが浮いてて、それが睡蓮らしいんだよ。


「なんか、こーゆう油絵ってあったよね」

「モネの睡蓮ですか? そんな感じですね。ここは鏡容池と言うんですが、おしどり池と呼ばれていたらしいですよ」

「おしどりって仲良しの夫婦の事よくそんな風に言うよね」

「そうですね。いつもペアで居るからでしょう。ですが実際のところ、おしどりは毎年パートナーを変えるほどの浮気性ですし、卵を産んだらすぐに奥さんを捨てて他所の女性のところにちょっかい出しに行ったりします。奥さんの方はずっと卵を抱いているというのに、だらしのない男です」


 神崎さんの言い方がおかしくてさ、プッて吹いちゃったんだよ。


「神崎さんて奥さんに尽くすタイプなの?」

「そうですね、恐らくそうだと思います。途轍もない愛妻家になるでしょうね。浮気なんて有り得ません。そう思いませんか?」

「えー、わかんないよー」

「だって今がそうじゃないですか」

「え? 神崎さんて奥さんいるの?」

「居ませんよ」

「?」

「いえ、意味が判らなければ結構です」


 なんか昨日もそう言われたぞ。てか最近よく言われるぞ。


「それにしても大きい池だね。全然お寺さん見えないじゃん」

「この池の奥にあるんです。あ、白鷺ですよ」

「え、どこどこ」

「ほらそこ」

「わかんないよ」

「そこの木のところを真っ直ぐ行ったところの池の際に立ってます。ほら」


 つって神崎さんが顔を寄せて来たんだよ。なんかあたしドキッとしちゃって身を引いちゃったんだよ。


「どうかされましたか?」

「い、いや、何でもない」

「あ、飛んだ」


 白鷺がバサバサと飛び立って、やっとあたしにも見えたんだよ。そしたらさ、その向こうにいる白くない白鷺も見つけちゃったんだよね。


「ねえ、白くない白鷺がいるよ」

「どこです?」

「今飛んでった子が居たとこの、もうちょっと向こう。菖蒲が咲いてるとこの手前」

「ああ、あれですか。あれは青鷺です」

「へえ~。鷺って首がひょろっとして可愛いね」

「ええ、生き物はみんな可愛いですね。……一部を除いて」


 ゴキの事かよ……。


「ねえ、睡蓮と蓮ってどう違うの? あたし見分け付かないんだけど」

「ああ、簡単ですよ。葉っぱに切れ込みが無いのが蓮で、あるのが睡蓮。水面から伸びているのが蓮で、水面に浮いているのが睡蓮。花が終わると花弁が散って果托が残るのが蓮で、花ごと水に沈んでしまうのが睡蓮。あと強いて言えば、葉に撥水性があるのが蓮で、無いのが睡蓮と言ったところでしょうか」


 てか詳しいよ。


「神崎さんて大学で生物学とかやってた?」

「いえ、理工系です。レーザを専攻してました。こちらに引っ越す時のクルマの中で言ったと思いますが」


 確かに聞いたわ。忘れてた。


「うん、それは聞いたけど、生き物とか植物も詳しいから」

「偶々ですよ」


 この人、『偶々』で知ってる事が多いんだよ。しかも無駄に詳しい。


「さあ、やっとここまで来ましたね。この階段の上が庫裏ですよ」

「結構遠かったね」

「上りましょうか」

「うん」


 って言ったらさ。神崎さんがフツーにあたしの手を取ったんだ。え、え、え、今日はそんなに混んでないよ。手を繋ぐ必要もないと思うんだけど?

 と言うのが顔に出ちゃったのかな、神崎さんが口の端だけで笑ったんだよ。


「昨夜言いましたよ。僕も手を抜きませんってね」





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