いちいち癇に障るんですけどっ!

如月芳美

第1話 恐怖のメール

「山田さん、おはようございます」

「あ~、うはよ~」

「もー朝からなんですかー、やる気無くすじゃないですかー。はい、シャキッとしてシャキッと!」


 後輩のミユキは、朝から無駄にハイテンション。低血圧のあたしには迷惑この上ないノリである。ミユキをテキトーにあしらって、パソコンのメールフォルダーを確認する。

 あちゃー、今日も来てるよ。恐怖の『神崎メール』。


『4月13日13:47:02のメールの件、旋回駆動ユニットの限界値を超える可能性があります。資料番号6Y-70-8、部品番号39-21A、39-45Cです。ご確認の上連絡願います。機械設計G 神崎』


 やっぱり神崎さんだ。この人、すっごい仕事できるんだけど、なんて言うんだろうな、一言で言えば『冷たい』んだよね。普通にさ、『お疲れ様です。機械設計Gの神崎です』とか『おはようございます。機械設計Gの神崎です』とか、そういう挨拶文くっつけてくれたっていいじゃん? とか思うんだけど、そういう配慮なんて一切無しで、淡々と用件だけを書いて来るんだよね。

 しかもさー、その用件ってのがさ、あたしのしょーもないミスをまるで重箱の隅を楊枝でほじくるかのように見つけて来てさ、かと言ってネチネチグチグチじゃなくてサラッとメールしてくんの。そこがまた怖いって言うか、なんて言うか。

 同じ社内なんだからもうちょっとフレンドリーにしてくれてもいいのにな。なんて思いながら急いでメールの返信を打つ。


『お疲れ様です。ソフト開発G山田です。メール確認しました。すみません、私の見落としでした。急いで手直しして送り直します。』


 はあ~、と大きな溜息をついていると、横からミユキが声をかけてくる。


「山田さん、また神崎さんからですか?」

「なんでよ?」

「だって山田さんが溜息ついてる時って、200%神崎さんからのメールですもん」

「もー、神崎さん全然隙が無いんだよね。あの人と同じマシンを開発するようになってから、あたし痩せたと思わない?」

「いえ、やけ食いして寧ろ巨大化してますけど」

「死にたい?」

「ちょっとコーヒー買って来まーす。山田さんのも買って来ます?」

「うん、いつものカフェオレよろぴこ~」

「カフェオレじゃ太りますよ!」


 ミユキが捨て台詞を残してコーヒーを買いに行ってしまった。帰って来たら半殺しにしてやる。


「山田さん、ちょっと」


 ん? 課長が呼んでる。コイツに呼ばれるとロクな事が無い。神崎メールよりも手強い事態に陥る可能性120%だ。と思っている事など一切表情に出さず、席を立つ。


「何ですか?」

「山田さん、一人暮らしだよね?」

「そうですけど」

「彼氏いる?」

「何ですか藪から棒に。それセクハラ発言な上にパワハラ発言です」

「ああ、ごめんごめん、いや、家族とか彼氏とか居たら申し訳ないんで、先に聞いておこうかと思って」


 課長が言い訳するように弁解してる。


「何が申し訳ないんですか」

「山田さんに長期出張に行って貰いたいんだけど」


 なーんだ、そういうことか。


「別にいいですよ、土日一緒に過ごしたい人なんかいませんから」

「良かった良かった。山田さんの開発マシンは山田さんと高橋さんしかわかんないからさぁ。高橋さんは絶対『嫌ですっ!』って言うのが目に見えてるでしょ?」


 そりゃそーよね、ミユキは経理の谷本君とラブラブなんだから。長期出張なんて言ったら課長、その頭バーコードリーダ責めにされるよ。


「で、どこ行くんですか? いつからですか? どれくらいの期間ですか?」

「京都、来週から、一カ月間」

「京都ですか。小綺麗な仕事ができそうですね」

「いや、京丹波の山奥の試験場」


 なんだよ、やっぱ試験場じゃん。仕方ないか、建設機械なんだから。


「まあ、京都ならいいですよ。休みの日に京都めぐりできるし」

「良かった、それじゃあ試験場の方には山田さんが行くって事で連絡しておくね。向こうも喜ぶよ、ソフト設計者本人が来るんだからね。まあ、山田さんは出張の準備だけしておいて。ああ、そうだ、一カ月なんでホテルとか高くつくから、ウィークリーマンションでいいかな?」

「何でもいいですよ。ログハウスでもキャンピングカーでもテントでも。いやマジで」

「ハハハ、山田さんならそう言ってくれると思ったよ。大丈夫、一通りの家具と調理道具とベッドもついてるところを総務が今探してくれてるから」

「はいはい、何でもOKです。決まったら教えて下さい。ええと、今日金曜日だから日曜にでも出発すればいいですか?」

「そうだね。今日中に詳細上げて報告するから、明日荷物準備して明後日出てくれれば間に合うよ」

「わかりましたー」


 じゃ、早速神崎さんの仕様を直して、長期出張の事も連絡しとこ。ああ、これで暫く恐怖の神崎メールから逃れられるかな。……いや、待てよ、京丹波だって回線は繋がってんだからやっぱ恐怖のメールは来るよなぁ。それはそれで地味に凹むなぁ。

 

 この時あたしは、この出張が『神崎メール』よりもホラーな展開になるなんて、全く想像できていなかったのである。

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