第17話 休息

2016年1月10日ー


「派手すぎるかな…やっぱりパンツがいいかな…帽子はどうしよう…翔太さんどっちが好きかな」

そうブツブツ言いながら、千里は出かける前に8回も着替えなおした。

「お姉ちゃんは、地味な感じにしてよね」

と言われたので、私のコーデは簡単に決まった。


待ち合わせの時間に50分も遅れて、遊園地に着くと、高杉くんと楓ちゃんが微妙に離れて待っていた。

「翔太さん、楓ちゃん、ごめーん。遅れちゃった」

「翔太がつまらなくて、すっごい退屈だったけど、気にしなくていいよ」

「ちょっと待て、何で呼び捨てなんだよ」

「私のほうが、社会の役にたっているからよ」

「……」

やれやれ、高杉くんにとってはあと一人のメンバーが聡のほうがまだマシだったかもしれない。

千里は、人目を気にせず高杉くんと腕を組む。とは言っても、平日とはいえ、驚くほど閑散としていた。


「行こう、翔太さん」

職業柄なかなか街中を歩くことができなかった千里は、堂々と外出できて嬉しそうだ。

「チェッ、こんなにガラガラじゃチヤホヤされなくてつまらない」

と楓ちゃんは冷めた反応を見せる。

それにしても、遊園地に来たのは何年振りだろう。刑事になってからは、悪人どもを追う毎日で、そんな余裕なんてなかった。

「ユウネエ、顔怖いよ」

「えっ、そう?」

せっかく来たのだから、私も千里を見習って楽しむことにしよう。

「楓ちゃん、今日は一緒にたくさん乗ろうね」

「いやよ。楓はチサネエと乗るんだもん」

楓ちゃんは容赦なく私の笑みを一瞬で消し去る。もし、私に子供ができたら、絶対に子役にだけはしない。


この日の千里は本当に楽しそうだった。嫌がる高杉くんの腕を何度も引っ張って、ジェットコースターに繰り返し乗り、本当は苦手ではないのにお化け屋敷では高杉くんにくっついた。観覧車では、高杉くんと2人で乗ろうとしたら、楓ちゃんにひょいと入られてちょっとむくれていたが、降りて来た時には満面の笑みを浮かべていた。


モデルの千里ではなく、松永千里の本当の笑顔。高杉くんはもうデレデレで、楓ちゃんは嫉妬でメラメラしていた。

「翔太さん、そろそろお弁当食べましょう。残念だけど、今日はお姉ちゃんが作ったのよ」

「優子さん…」

いつも千里の料理ばかり食べさせては悪いから、今日は私がお弁当を作ってきたのだ。


「おいしい!優子さん、このおにぎりと卵焼きすっごくおいしいです!」

「ご飯粒、ついてるわよ」

私は高杉くんのほっぺたについているご飯粒をとってあげる。

「あ、ありがとうございます…」

「いっぱい食べてね」

「はい!」

「もう、翔太さん私の手料理のときとテンション違いすぎ」

千里がほっぺたを膨らませて、絵に描いたように不満気な表情を見せる。

「ご、ごめん」

「本当にデリカシーがないんだから」

「お子ちゃまは黙ってろよ」

「べーっだ!」

青空の下、少年野球の試合前にこうやって皆でわいわい言いながらお弁当を食べていたことを思い出し、懐かしい気持ちになる。


そして、一通りアトラクションを周ると、輪投げや射的をして楽しんだ。射的では意地になって、3,000円も使ってしまったが、ターゲットを撃ち落とすことができ、スカッとした。

今日付き合ってくれたお礼に、景品のミニ枕を高杉くんにあげると、

「一生、大切に使います」

と喜んでくれた。

千里は小さなクマのぬいぐるみを、輪投げで高杉くんにとってもらい大はしゃぎ。

楓ちゃんは千里にバスケットボールのゴールを決めるゲームでハンカチをとってもらい、オーバーに喜んでいた。

後で気付いたが、私だけ何ももらっていなかった。さすがに、楓ちゃんに何かとってと言えるわけがない。記念に残ったのは、一緒に撮ったプリクラのシールだった。冗談でキスをしようとする千里に高杉くんが慌てている様子がかわいかった。


楓ちゃんはそのことでムスっとしていたが、ちょうどファンの男の子にサインを求められ、機嫌をなおしてくれた。根っからの女優気質なのだろう。

高杉くんと楓ちゃんの衝突がちょうどいいスパイスとなって、私たちは遊園地を満喫し、屋内プールへ向かう。


「デレデレしすぎよ、この変態!」

千里のビキニ姿を見て、動揺する高杉くんを楓ちゃんが容赦なく罵倒する。まあ、男性からしたら、千里のこの姿を見てニヤつきを抑えることにムリがあるだろう。

「…違うわ、翔太さんが見ているのはお姉ちゃん」

千里は小さな声でそう呟く。

「ねえ、お姉ちゃん、勝負しよう!」

「えっ?」

「25mどっちが速く泳げるか、勝負しよう!」

「…しょうがないわね」

「わー、おもしろうそう!」

なんとなく、千里が勝負を挑んできた理由がわかった。

「手加減したら怒るからね!」

「私がそんなことすると思う?」

「うーん、そんな心配いらないか。それじゃ、翔太さん、スタートの合図お願いね」

「わ、わかりました」

流れるプールには目もくれず、千里と私が25mプールのスタート台に立つ。

「用意、スタート!」

同時にプールに飛び込む。

「チサネエ、頑張ってー!」

まったく、楓ちゃんは遠慮なく千里を応援する。高杉くんの声は聞こえなかった。泳ぎながら、ほとんど差がないことがわかる。負けたくない思いが、さらに強まる。


そして、私と千里はほとんど同時にゴールする。

「やったー、チサネエの勝ち!」

と楓ちゃんが喜ぶ。負けたけど、全力で泳いだから清々しかった。千里を見ると、その表情が曇っている。

「翔太さん?」

「…ほんの少しだけど…」

「だけど…」

「優子さんのほうが先にタッチしていた…」

「なーんだ、お姉ちゃんに勝つところを翔太さんに見てほしかったのになー。水泳なら勝てると思ったのにー」

千里は、プカーッと浮かび、天井を見上げる。

「そんなことないよ、チサネエのほうが勝っていたもん」

「楓ちゃん、負けは負け!やっぱり闘う相手はちゃんと選ばないとね」

闘う相手?その表現が少し気になったが、聞き直す必要まではないと思った。

高杉くんが千里の手をとって、プールから上げてやる。楓ちゃんは私に手を伸ばしてはくれない。


きっと手加減しなかった私に対して、空気を読めと怒っているのだ。でも、帰りにアイスクリームを買ってあげると、楓ちゃんはすっかり機嫌をなおしてくれた。

そして、私は無理やり楓ちゃんを家まで送って行くことにし、高杉くんが千里を送って行くことになった。

しかし、高杉くんと千里が何を話しているのか気になっていると、楓ちゃんが一人で電車に乗ってしまった。

心配している私など気にせず、笑顔でバイバイと手を振る。もう子供じゃないから、一人で帰れることをアピールしたかったのだろう。

このまま家に帰るのは千里に悪い気がしたので、かつ日和に寄ることにした。というのは建前で、本当は倒れそうなくらいお腹が空いていたのだ。


ふと、両親の声が聞きたくなったので、かつ日和に向かう途中に電話をかけた。腕のケガのことは内緒にしていた。母は聡と別居していることを心配していて、

「さっさと子供をつくって、刑事なんてやめればよかったのよ」

とやや怒っているようだ。

父はお風呂に入っているとのことだった。生真面目な父だが、お風呂に入ると必ず歌い出し、私たちは決まってその音痴な歌を聴いて笑っていた。懐かしいな、今は何を歌っているのだろうか?


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