第13話 見舞い客

2016年12月22日ー


「うわっ」

病室で目を覚ますと、おバカコンビが私の顔を覗き込んでいた。

「なっ、スッピンでも美人だろ」

「本当ですねー」

「この変態共が!」

「痛っ、なんで殴るんだよ」

「そうですよ、優子さんが美人過ぎるのがいけないんです」

こんなに息が合うようなるとは…。聡に高杉くんを預けたのは失敗だったかも。まあ、高杉くんに元気が戻っているみたいで良かったけど。


「君、殺人免許使ってないでしょうね」

「もちろんです」

「その割には随分と余裕ね。あと3ヶ月ちょっとで残酷な死刑が待っているんでしょ」

「えっ、あと7ヶ月くらい猶予がありますよ」

「あのね、殺人免許証をちゃんと見ていないでしょ。発行日は、君が受け取った日ではなくて、初めて犯行を行った日よ」

高杉くんは、慌てて殺人免許証を確認する。

「本当だー。だから、無罪になったのか」

「そして、君が最後の犯行を行った闇カジノ関係者連続殺人から、7ヶ月経っているから、あと2ヶ月殺人免許を使用しなければいいのよ」

「…どうしよう聡さん」

「ちょっと待ってろ」

聡がスマホを取り出し、電話をかける。

「おお、直樹か?あのさ、来年葬儀を頼みたいって話だけど、あれな2ヶ月後に早まりそうだ」

高杉くんの前でなんて電話を…。

「悪いけど、よろしく頼む」

聡は電話を切ると、高杉くんの肩を叩く。

「親父さんたちが葬儀をしてくれないだろうから、俺が友達に手配してやったぞ。あとはお墓だな」

「違いますよ、僕が心配しているのは、聡さんが卵を食べれるようになるのか、優子さんとどうなるのか、見届けられないじゃないですか!」

おい高杉、つっこむのはそこじゃないでしょう。私が呆れていると、かつ日和の店主が、病室に入ってくる。

病院の食事では、回復が遅れそうなので、かつ丼のテイクアウトを無理言ってお願いしたのだ。


「はいよ」

店主は無愛想に、かつ丼を渡してくれる。

「すみません。このおバカコンビのどっちかに取りに行かせるつもりだったのですが」

「買い出しのついでだからよ。それじゃ」

「あっ、お代を…」

「怪我人からはもらえねえよ」

そう言うと、店主は病室から出て行った。

「かっこいいおやっさんだな」

「買い出しって、かつ日和からここまでそんなに近くないのに…」

高杉くんの言う通り、買い出しのついでのワケがない。

私が電話で怪我をしてお店に行けないと言ったから、きっと心配して来てくれたのだ。


そして、打って変わって、騒がしい2人がやって来る。千里と子役の楓ちゃんだ。

「あっ、翔太さんも来てたのー。うれしい」

「ちょ、ちょっと」

千里に抱きつかれ、高杉くんもまんざらでもなさそうだ。

「はい、お姉ちゃん。鰻重作ってきたわよ」

「あら残念、今ちょうどかつ丼が届いたところなのよ」

「それなら、翔太さん、はい」

千里が、鰻重のお弁当を高杉くんに渡す。

「ありがとう、千里ちゃん。帰ったら、いただきます」

「なんでー、せっかくだから今食べなよー。ユウネエも一人で食べるより、そのほうがいいよね」

楓ちゃんは、この年でなかなかのSっ気だ。


私はどうも楓ちゃんが苦手だが、この提案は受け入れることにした。

「そうね。高杉くん、一緒に食べましょう」

「あっ、そうだ。さ、聡さん、鰻好きですよね。僕も食べたいけど、お譲りしますよ」

「えっ、俺…」

「ああー、それはダメ。鰻とご飯の間に卵焼きを挟んであるから、お義兄さんは食べられないよー。それに千里はやっぱり翔太さんに食べてほしい」

「そっかー、それは残念だなー。いいなー、翔太」

「さあ、早く食べて」

もう逃げられないと観念した高杉くんは、鰻重を口一杯に頬張る。

「どう、おいしい?」

「…うん、おいしいです」

「良かったー。レアで焼いてみたの」

「鰻のレア…」

聡が心配そうに高杉くんを見る。楓ちゃんは、必死に笑いをこらえている。私はかつ日和のかつ丼をいただく。うん、冷えてもおいしい。

高杉くんが私を羨ましそうに見る。さすがに、意地悪が過ぎたかな。


「ユウネエも、こんな怪我する刑事なんてやめて、モデルさんになりなよー。こんなにキレイなのにもったいなーい」

楓ちゃんには一切悪びれた様子がない。

「それは、ダメだ。優子は俺のものだ」

「うわ、束縛するなんてウザッ」

「なんだとガキのくせに」

聡と楓ちゃんの口喧嘩が始まるが、いつも楓ちゃんの勝利で終わる。


千里にじっと見つめられ、高杉くんは鰻重を食べ続けている。こんなに優しい青年が連続殺人犯だなんて、時々信じられなくなる。退院したら、お詫びにかつ丼をおごってあげよう。


今日は特に騒がしかったから、病室が余計に静かに感じる。千里や聡が思っているほど、私は強くはない。

「随分と賑やかだったね」

正春さんがこうして出てくるようになったのは、聡に「俺といると、正春さんのこと忘れられるだろ」と言われてからだ。

正春さんのことを忘れていくことに恐怖を感じた、私の拒否反応なのだと思う。

「ちょっと疲れたわ」

「そうかな。楽しそうだったじゃないか」

「私が?」

「ああ」

「まあ、いい暇つぶしにはなったけどね」

「生きていたら、僕が高杉くんの弁護人になりたかったな」

「どう弁護しても死刑でしょ…」

「そこは問題じゃない。高杉くんの主張には耳を傾けたほうがいい部分もある」

「犯罪は犯罪よ」

「でも、高杉くんが戦国時代で同じことをしたら、英雄になっていたかもしれない」

「残念ながら彼は、平成の世に生まれたの」

「そうだな、残念だ」

「今日は疲れたわ。もう寝るわね」

「今のうちにゆっくり休んだほうがいい。これからはもっとハードな闘いになるからね」

「そうね。おやすみなさい」

「おやすみ。僕の大切な優子」

今日は心地よく眠れそうだ。でも、私はもう一度、高杉くんを逮捕することができるだろうか。

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