第10話 新総理

2016年12月4日ー


警視総監を辞職した北野が立ち上げた新党『国守党』が過半数を大きく上回る325議席を獲得した。


選挙中に北野の乗った演説カーが爆破されたが、幸い北野にケガはなかった。そして、北野がテロ行為に屈せず演説を続けたことが、国民の支持を集めこの選挙結果の決め手となった。

その間、優子さんとはかつ日和で何度か会うことがあった。

「髪を乾かす時間がもったいないから」

と優子さんは髪をバッサリ切っていた。写真を撮りたいくらい、すごく似合っていた。


僕はかつ日和に殺人免許証を持って来た女性は、存在しないのではないかと思っていた。かつ日和の店主が『ななしの組織』と繋がっている可能性があると考えたからだ。

しかし、この2ヶ月間マークしたが、店主に怪しい点はなかった。

店が休みの日には、豚肉や卵などの食材を地方に探しに行くほど、かつ丼一筋の人だった。

ちょうど、かつ日和で求人の案内があり、僕は働いてみたいと思ったが、無実になったとはいえ、連続殺人犯なのだから、人前で働く仕事は自粛した。



2016年12月14日ー


国守党代表の北野が内閣総理大臣になった日も、かつ日和で優子さんと会った。

優子さんはかつ日和にやって来るなり、

「かつ丼をトリプルで!」

と注文した。

かつ丼三人前を豪快に盛った丼は、その後『優子スペシャル』として裏メニューとなるのだが、今はどうして頑固な店主がそのメニューを作ることにしたのかという話をしている場合ではない。

優子さんは、あっという間に三人前のかつ丼を完食し、まだ半分しか食べていない僕に話始めた。

「国会議事堂爆破事件をどんなに調べても不審者の目撃証言が出てこないわ。それに、監視カメラの映像も、爆発の影響で何一つ残っていない」

「なんだかキレイ過ぎますね」

「北野元総監が演説カーで爆弾テロにあった時も、演説の練習に集中したいからと言って、他のスタッフを車から降ろした後に起こっている。本人云く、偶然落とした原稿を拾おうとかがんだ時に爆発があったから助かったそうよ」

「偶然ですか…」

「そしてその演説カー爆破事件が、北野が率いる国守党の躍進に繋がった…他の政党が立候補者の擁立に苦労する中、国守党だけ400人超も擁立できたこともひっかかるわ」

「優子さん、これってもしかして…」

「そうとしか考えられない」

「爆男は、内閣総理大臣…」

テレビでは、北野が総理大臣になって喜ぶ人々のインタビューが放送されていた。僕は、とんでもない化け物を作ってしまったのかもしれない。



2016年12月16日ー


どうしたら、総理大臣になってしまった爆男を止めることができるのか、ゆっくり考えたかったのに、

「新潟に行くぞ」

と聡さんに強引に車に乗せられた。関越道に入ってもう2時間ほど走っている。

「どうして新幹線にしなかったのですか?」

「今は、新潟に居るが、いつどこに移動するのかわからない」

「誰が?」

「お前のお友達のポリスマンだ」

「リボルバーを使う死の清算者…ポリスマンが新潟に居るんですか?」

「そうだ。ななしの組織の連中も一緒にいるかもしれない」

「どこでその情報を?聡さん、爆男が総理大臣になってしまったんです。隠さずに話してください」

「そうだな。事態が事態だ…いいだろう。警視庁に不穏な動きがあるという情報を入手した俺は、防衛省の高官に接触した。その防衛省の高官も同じ情報を得ていたようで、警視庁の動きを探る調査に協力してくれることになった。お前と国会議事堂へ行ったときもその高官と会う約束をしていたんだ」

「その人は助かったんですか?」

聡さんは首を横に振る。

「まさか前警視総監が関与しているとは思ってもいなかった。国会議事堂爆破事件の後、俺は警視庁を退職した幹部を次々にあたった。そして、ポリスマンに心当たりのある人物を見つけた」

「その情報提供者は信頼できるんですか?」

「ああ、ポリスマンの奥さんだからな」

「奥さん?」

「急に朝帰りが多くなって、不審に思っていたら、旦那が血の付いたシャツを燃やしているところを見たそうだ。もし、人殺しをしているなら、止めてほしいと頼まれたよ」

「どうして新潟に居るのがわかったんですか?」

「ポリスマンの携帯に追跡アプリを仕掛けてもらったんだ。また動きがあれば連絡がくることになっている。念の為、次のサービスエリアで給油しとこう」

サービスエリアに差し掛かり、聡さんが車線変更をする。


「聡さん、サービスエリアに入るなら、スピードを落として下さいよ」

だけど、一向に減速しない。

「聡さん…」

「ブレーキが効かない…」

聡さんが何度もブレーキペダルを踏むが、減速しないまま進んでいく。このままだとカーブを曲がりきれない。

僕はとっさにサイドブレーキを引いた。ドリフト走行になり、なんとかカーブを曲がり切ると、しばらくして駐車スペースの手前で停車した。

「…ありがとう。また助かったよ。君を連れてきて正解だった」

さすがの聡さんも冷や汗を流している。

「聡さんと二人きりで死ぬのはごめんですから」

余裕を見せようと思ったが、僕の足は震えていた。

「さっきまではブレーキ効いていたんですか?」

「ああ、サービスエリアに入る為に車線変更してから、突然…」

「事故に見せかけて殺すダイアナの仕業…つけられていたみたいですね」

僕と聡さんは降車し、周囲に停車している車に目をやる。


危機的状況のあとだと、北風が涼しく感じる。

「ちくしょう、どこにいるんだ!」

「聡さん、あの車…」

大型車用の駐車スペースで、赤のアウディが円を描くように回っている。

「誘ってやがる…調子に乗りやがって!」

聡さんが運転席に乗り込む。

「待ってください!この車、ブレーキ効かないんでしょ!」

「行かないなら、置いていくぞ!どうする?早く決めろ!」

「ああもう!」

僕は助手席に座り、シートベルトを締める。

「行くぞ!」

聡さんがアクセルをベタ踏みにして、車は急発進する。

赤いアウディは待っていましたと言わんばかりに、回るのをやめ、出口へ向かう。


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