第8話 爆男
総理大臣をはじめ、多くの国会議員やマスコミ関係者が犠牲になった。日本中が大パニックに陥った。某国のテロ行為だとか、某海外組織のテロ行為だと情報が錯綜した。
外出を控え怯える国民を勇気付けたのは、警視総監の北野剣だった。彼はマスコミを通じて、
「第二のテロは我々、警視庁が全力をあげ必ず防ぎます。国民の皆様を必ずお守りします」
と不安がる国民に力強く語りかけ続けた。
優子さんとまた会うことができたのは、爆破事件発生から5日後だった。とは言っても優子さんから連絡があったは、聡さんのほうだった。着替えが足りなくなったから、聡さんに持ってきてほしいと優子さんが頼んだのだ。
2016年10月12日ー
「優子がこんなに遅れるなんて珍しいな」
僕と聡さんは足立西警察署近くの公園で、優子さんを待っていた。優子さんの服が入った袋を持つ聡さんを見ると、やっぱり夫婦なのだと羨ましくなる。
「なんだ、優子の下着が見たいのか?」
「違いますよ!」
「ははっ。そんなムキになるなって」
この人はいちいち僕を苛立たせる。
「あの時、どうして俺を助けたんだ。俺が死んだら優子はフリーになるのに」
「そうなんですよ。なんで僕はあなたを助けてしまったのでしょうか。何度考えてもわからない」
「柔道を習っていたのか?」
「いえ、まったく」
すると、聡さんが突然、殴ってきた。
「痛っ!何するんですか?」
「やっぱりどんくさいな」
そう言いながら、聡さんが拳に力を入れる。次の瞬間、本気で殴ってきた。僕はヤバイと思い、とっさに避けた。
「なるほど」
「なるほどじゃないですよ。避けなかったら死んでますよ」
「お前は、身の危険を感じた時の防衛本能がすごいんだな」
「やっぱりあなたバカですね!そんなこと試すために殴ってくるなんて」
「バカとはなんだ!」
「ほらっ、バカって言われて怒るのはバカの証拠ですよ」
「なんだと!」
「また暴力ですか!警察呼びますよ」
「刑事ならここにいるわよ」
「エッ?」
僕と聡さんが同時に反応する。横のベンチに優子さんが座っていた。
「いつからそこに」
また、僕と聡さんが同時に言う。
「あら、気が合うじゃない」
「誰がこんな殺人鬼と」
「こっちこそなんでこの筋肉バカと」
「ふふっ、あなたたちのバカ面見てると少しほっとするわ」
警察署に何日も泊まりこんでいるのだろうか、優子さんはやつれていて、言葉にいつもの力強さがない。
「職場まで持って行ってやったのに」
聡さんが優子さんに服が入った袋を渡す。
「ありがとう。外にも出たかったし、署内の雰囲気もなんか窮屈になって」
「北野の影響か?」
「爆破事件発生後、総監はかなり独裁的になっているわ」
「北野さんはテレビの街頭アンケートで、次期総理大臣になってほしい人で断トツの1位になっていましたけど…」
「噂だけど、2ヶ月後の選挙に出馬するみたいだわ。総監宛にチリ地震の記事がのった新聞と、『次はお前だ』と書かれた脅迫文が送られてきたの。それで総監は、こんな犯罪者がはびこる国ではだめだと出馬を決意したらしいわ」
僕は釈放された日にマンガ喫茶で見た、チリ地震のニュースを思い出した。
「あっ、チリ地震で最初に報道された犠牲者の数は475人」
「そう、衆議院議員の人数と同じ…」
「テロじゃなくて、爆男の仕業…こんなの死の清算じゃない…」
「おいおい、一般人が国会議事堂を爆破はできないだろう。しかも、国会議事堂にはマスコミや、警備員もいたんだし、これは無差別テロだと思うが、違うのか?」
「問題はそこよ。これが死の清算者の犯行だとしても、一般人では無理…」
僕は嫌な予感がした。
「爆男は、政府関係者なんですか…」
「可能性は高いわね。それと、もう一週間もキューピッドが死の清算を行っていない。その代わりに、日本刀を使う『マサムネ』が話題になってるわ」
「まだ共食いを…」
「君は間違いなく、あの日、甲田さんを見たの?」
「はい。甲田さんが逃げろと言ってくれなかったら、今頃どうなっていたか…」
「甲田さんは何を知っているのかしら…」
「もしかしたら、爆男の正体に気づいているのかもしれません」
「そうね…。ああ、それから千里が、君に泊まりに来てほしいそうよ。私も心配だから、行ってあげて」
「わかりました。夕食を食べてから行くことにします」
「それがいいわね。あと、あなたは何の調査で国会議事堂に行っていたのよ?」
「守秘義務があるから話せない」
「僕も何度も聞いているんですけど、バカの一つ覚えみたいにこれです」
「バカだと!」
「ほらっ、すぐムキになる。バカの証拠ですよ。ね、優子さん…あれ?」
優子さんの姿はもうなかった。
「こんなに元気がない優子を見るのは2回目だな」
「前回は何があったんですか?」
「旦那さんが、自殺したんだよ」
エエッ?優子さんにはまだ結婚歴が?
「十歳年上の弁護士で、今優子が大切に乗っている車も旦那さんのものなんだ」
「弁護士…」
「とは言ってもお前の親父みたいに高額な報酬をもらったりせず、困っている人を助けていた」
「どうして自殺を?」
「それについては、優子から直接聞くんだな。君のことを信頼できたら、話くれるかもな」
人にはどんな過去があるかわからない。
僕が殺してしまった人たちには、どんな過去があったのだろう。
「大丈夫か?顔色悪いぞ」
今回のテロが本当に爆男の仕業なら、全部僕のせいだ。僕のせいで、何百人もの犠牲者が…。
止めなければ。これ以上、死の清算を行わせてはいけない。はじまりを作った僕が終わらせるんだ。
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