第7話
部屋のカーテンが少し薄明るくなった頃、ソファで寝ていた絵美は起き上がった。雅彦が名残り惜しそうに裕太のいる寝室へ移った後も、ほとんど寝付けなくて、うとうとしては起きてを繰り返していた。日の出にはなっていなくても、少しの光でも入れば起き上がるきっかけになった。雅彦も同じ様だったらしく、絵美が起き上がった気配を感じてリビングに出て来た。
「おはよう。少しは寝れた?」
「うん、まあまあ。」
「朝は何がいい? パン?ゴハン?」
「いや、もう帰る。裕太くんが起きる前にね。」
「いいよ。気にしなくて。」
「気にするよ。」
雅彦は強く止めるのも気が引けたので、送っていくと言ったが、1人で帰りたいという。しょうがないので、指の消毒と包帯をやり直して部屋から見送る事になった。
「連絡先は?」
「あー、じゃあこれ。」
絵美は、カード入れから一枚の名刺を差し出した。
「かおりって言うの?」
「そう。そこに電話くれたらいるから。プロとして。」
「プ、プロとして?」
「そう。プロとして。」
そっけなく言う絵美に、雅彦は戸惑う反面、自分の立場を気遣ってくれているのかもと思うと、愛おしくもあった。
絵美が出て行って間もなく、雅彦は絵美が寝ていたソファに行き、ブランケットを畳んだ。しばらくボーっとした後、掃除を始めた。すべての空間を、髪の毛一本残さない程、丁寧に。裕太を起こすまでの数時間があっという間だった。掃除をこれ程熱心にした事は無かったが、それよりもこれほど自分が集中して物事を行うという事自体が驚きだった。
裕太は、絵美ちゃんは帰ったの?また、会えるの?と、うるさく聞くかと思った。しかし、起きがけに昨日の夜帰ったというと、それ以上聞いて来る事はなく、意外とあっさりしたものだった。
いつもの様に、裕太を自転車で幼稚園の門まで送ると、「行って来まーす」と走り出した。
自転車のペダルを踏もうとしたら、背中から「パパッ!」と声がした。振り返ると両手を口に当てて、
「僕プロになる!」
っと大声で叫んだ。慌てて自転車から降りようとして、自転車ごとコケる雅彦を尻目に、裕太は園内に走り去って行った。
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