第二十話「断ち切る感情」part2

 第二章 亡霊編


 第二十話「断ち切る感情」part2


「届かないかっ……」


 蒼は持てる力を使って悪魔と対峙していたが、その場から動かず、受け続ける悪魔に苦戦していた。

 四方八方から攻撃しようとも、迅速に対応されてしまう。

 再び悪魔に接近して剣を振るうが、器用に鎌の柄で受け止められる。

 悪魔はわからないとでも言うように、異形らしい大きな口を開く。


「あんさんさぁ……そないに怒らんでええやろ?」

「俺が……?」

「だってそうやろ、動きが直線的すぎる。さっきまでのほうがよっぽどマシな動きやったで。今のあんさんと戦っても、なんもおもしろうないわ!」

「くっ……!」


 蒼は、意識を鎚で殴られたような衝撃を受けた。

 同時に柄を強引に振り回されて、魔法分解能力で限界に達していた剣が砕け散り、霧散した。

 反射的に飛び退き、体制を整える。

 容易く攻撃を受け止められ続けたのは、そういうことだったのか。

 怒っている……その心当たりは確かにある。

 悪魔が殺した人間たち──つまり人殺しの行為そのものだ。


「でもおかしないか? 剣捌きを見ればわかる、これまで何度も殺してきたんちゃうんか。あんたも人殺しやろ」


 兵士として感情を抑制していた時には、決して心に痛みなんて感じなかったのに。

 今はお前も人殺しだと言われて、蒼は心が裂かれたような感覚を抱いた。

 

「……俺は何度も、殺してきた。その通りだ」

「ならどうして怒るんや。あんたはよくて、ワイは人殺すのがあかんってか。それはちょぉーっと筋が通らへんのちゃうんかなぁ」


 蒼が人を殺していたのは、兵士として命令されたからだ。

 そうすることでしか生きられないから──円卓の騎士団を、大日本帝国を脅かすテロリストたちを止めるために、殺してきたにすぎない。

 一方、悪魔が人を殺したのは悪意があった。

 自分のために、無関係な人を殺した。

 だからと言っても蒼は、自分を正当化するつもりはない。

 私欲であるか、私欲でないか。なんであれ、蒼がやってきたことも悪魔がやったことも、結果的に人殺しに違いはないのだから。

 蒼は生きる中で、塵ほども自分で考えを持たなかった人間だ。

 まったくわからない。どうしたらいいのか。

 久遠は本当に死んでしまったのか、久遠がいなくなったことの真実が知りたくて、円卓の騎士団を裏切った。

 その時は心が望む正しいことだと思った。

 美久や和志の考えに少しでも触れて、自分の意志で動くことの光を感じたことも要因の一つではあるが……。

 でも不安になってしまう。自分はこれでいいのかと。

 蒼は誰かに従ってきた経験しかなくて、自分を信じる思考そのものがない。

 確証がないものを、なぜ信じられるのか?

 どうして、彼らは敷かれていない道を歩くことができるのか。

 自分が正しいのかすらもわからないのに。

 

「確かにお前の言う通り、俺が人を殺すことに異議を唱えるのは……違うのかもしれ──」


 ──蒼が気弱で自信が欠片もない言葉を紡ぎ終わる前に。


「蒼! お前そんな奴の言うこと聞く必要なんてねーぞ!」


 怒気を含んだ声が響く。

 言い淀んで、悪魔の言葉を肯定しようとした蒼に向けてか、恥知らずな悪魔に向けてか。

 手をメガホンのようにして、和志は精一杯の想いを届かせようとしていた。


「なーにが蒼じゃ筋が通らないだ! 殺してるのは、お前も同じじゃねーか! そんなこと言う資格あるかよ! そいつはな、優しい奴なんだよ!」

「優しい……?」

「優しいって、あんさんいま関係あるか?」

「いい話でもするのかと思ったのに、お前ちょっと黙っとけ!?」


 援護されている蒼ですら疑問を浮かべて、一誠も和志の肩を掴むが彼は気にせず喋り続ける。

 自分がわからなくて、迷っている蒼に向けて。


「俺は蒼と会ってたった数日だけどな。そいつは話を聞かなかった俺を止めようとしてくれて、今だって死ぬかもしれない戦いに付いてきてくれたんだよ、だから蒼は優しいんだよ!」

「あのな、優しい優しいって、お前は何が伝えたいんだ」

「むっ、一誠いいこと言うじゃないか!俺はつまりだな──」


 そこで和志は続く限り息を吸い込み、体中に力を漲らせて放った。

 自分の意志を精一杯に込めた言葉を、ボールを渾身の力で投げるように。


「──蒼、そいつが何を言おうが関係ねぇ! お前に殺されてる俺の仲間もいるだろうけど……でもな、俺たちは覚悟して円卓の騎士団に喧嘩売ってんだ! お前が悩む必要はない! 俺の言葉をお前が信じられないなら、俺を信じろ! 俺がお前を信じてやる、いま悪魔を倒せるのはお前だけだ、だから俺が信じるお前を信じろ! これ以上悪魔が被害を広げる前に、倒すことのほうが重要じゃないのか!」


 和志の言っていることは、無茶苦茶だった。

 仲間を殺されているけど、覚悟しているから気にするな、という言葉だけで何もかも吹っ切れるほど、蒼は自分というものを持っていない。

 でも、彼は言っているのだ。いまだけは迷うのなら蒼を信じる俺を信じて、悪魔を倒してくれと。

 戦いにおける殺人? 人殺し?

 そんなことは関係ないと、蒼の行いを肯定してくれると和志は言っている。


「は……ははは……」

「なんやっ、わろうとる……?」


 悪魔が怪訝そうに言った。

 蒼の行動を肯定されたことは、今までの人生の中でもないことだ。

 少なくとも、蒼がそう感じたことはない。

 兵士としての命令だけが、すべてで……。

 和志と出会ってから、まだたった数日。

 深く知らない相手に信じると言える和志は、確かな自分を持った人間だ。

 自分とはまるで違う。

 蒼は心が熱くなるのを感じていた。

 誰かに信じてもらえた高揚感がふつふつと高まっている。

 思考のない自分の鳥籠のようだった円卓の騎士団から出て、久遠を探すこと、美久や和志のように意志を持って歩み始めたいと思った。

 それは何か自分を変えたいと考えて、スタート地点に立とうとしただけだったのかもしれない。

 もし、これが本当に自分の意志で踏み出す第一歩になるのなら我儘のようだけど、悪くない。

 そう思えた。


「俺は、俺を信じられない。人を殺してきたことを攻め続ける俺もいる。どんな道を歩んでいるのかもわからない……でも和志がそう言うなら、俺はお前を信じよう。俺を信じてくれるお前を信じて、いまは戦おうっ!」


 言い終わると蒼が素早くアクアソードを詠唱し、悪魔へ駆けた。

 それはまるで矢のようで、悪魔は対応が一瞬遅れて隙を晒してしまう。


「ぐっ、なんちゅう速さや!」


 通りすがりに一閃。

 脇腹を斬られた悪魔は、痛みに体のバランスを崩しかけながらも鎌を振る。

 しかし、その場に蒼はもういない。

 アクアソードを解除して、風の魔法、アクセルで加速した蒼は壁を蹴り、地面を蹴り、加速し続ける。

 悪魔は蒼の動きに警戒しながらも声を張り上げた。

 

「さっきまでとは別人みたいな速度やないか! 言葉だけで戦う気ぃなくして死んでくれるんなら楽やったんやけどなぁ、和志っいうたっけな、いらんことしてくれたわ」

「へへっ、いっけー蒼! 俺もちゃんととっびきりのを用意しといてやる!」


 和志が勢いよく両手を合わせて、魔法の詠唱を開始する。

 もともとは亡霊と戦うために用意していた手段だが、悪魔が相手でも魔法が無効化されることに変わりはない。

 だから和志は武器を作り上げる。

 悪魔に無効化されにくい武器を、戦っている蒼へ届けるために。


「まあでも──」


 加速した蒼が壁を蹴る。

 すでに魔法はアクアソードに切り替え済みで、独り言を口走っている悪魔へ背後から接近する。


「……っ!」


 鎌の切っ先が蒼の進行方向に下方から現れる。悪魔はまだ正面を見ているが、こちらに反応している。

 このままでは、自分で斬られに行くことになる。

 空中での方向転換ができない蒼は、アクアソードを構えて鎌の切っ先に触れさせる。

 鎌に振れたことによって蒼の軌道が変わり、悪魔の前方右方向に転がり、悪魔に振り返ることなく横に素早く転がる。

 蒼が先ほどまでいた位置に、上段から振り下ろされた鎌が突き刺さる。

 あのまま背後を振り返りでもしていたら、真っ二つだ。

 地面に刺さった鎌を抜き取って肩に担ぎ、悪魔は宣言する。

 すべてを圧倒させる声量で、空気を振動させて。


「ええで、真剣に戦おうや。悪魔対勇者、素晴らしいことやないの! ここからが本当の戦いや!」

 

 ビリビリと震える空間に怯むことなく蒼は手早く立ち上がり、アクアソードを構える。

 その瞳に迷いはなく、目の前の敵を倒すことに躊躇いはなかった。


 第二十話「断ち切る感情」part2終わり

 第二十話「断ち切る感情」part3へ続く

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