【01-05】キャラメイク 

 目を開けると、見覚えのある真っ白な空間に浮いているのがわかる。目の前には当然ディスプレイがある。それは選択されるのを今か今かと待ちわびている。うん。きっとそうだ。

僕は、迷うことなく、接続先に『アナザーワールド』を選ぶ。

 いつものように視界が暗転する。



−−−−−−−




 目を開けるとそこは見覚えのない部屋だった。中世の貴族が使っていそうな部屋だ。大きなクローゼットに、大きな姿見、天幕付きのベッドに高そうなテーブルと椅子。そのすべてに華美な装飾が付いている。まるで自分が全く別の世界に迷い込んだような錯覚をしてしまう。


 微妙に感じる風に、微かに香る花の匂い。おそらく、ここがキャラメイクのための空間なんだろう。そう思った瞬間、あたりに光が広がり、気づくと高そうな椅子に腰を掛け、高そうなティーカップで高そうな紅いお茶を飲んでいる貴婦人がいた。名前は忘れてしまったが、確かAWに存在すると言われている申し訳程度のストーリーでカギになる人物だったはず。

 紅茶を飲み終えたその貴婦人は、僕の方を向いて語りだす。


「今日もまた新たな魂がこの世界を訪れる。その魂がどのような形で生命を得るのかはわからない。だけど、この荒んだ世界で彼らが少しでも希望をもって生きていけるように、私には祈る事しかできない。それぐらいしか、私にはできない」


 貴婦人が語り終えると、また一瞬光を放ってから消えていった。それと同時に部屋の中に勢いよく風が吹く。貴婦人の放った光のせいで目をつぶっていた僕が目を開けるとそこは真っ暗な空間だった。さっきの光景と変わらないのは、部屋に置いてあった大きな姿見がぽつんと置かれていることくらいだ。


 僕はその姿見を覗く。すると、目の前にディスプレイが現れた。『名前の設定』と書かれているディスプレイに、”tail”と素早く記入して、次の設定に移る。性別はもちろん男を選択して、ふと姿見を見る。僕の容姿は、両親曰く中性的で、子供のころはよく女の子に間違えられていたそうだ。今の僕の身長は成長期によって約百七十センチメートルになっている。だからだろうか。今では女の子に間違えられることはない。髪を少し長めにしているため、中学の友人には、「おまえ、女装して町歩いたらスカウトされんじゃね」的なことを言われたが、よく考えてみてほしい。田舎の人にとっては、町なんかにスカウトマンがいる確率の方が低いだろう。一時期、女の子に間違われるのが嫌で髪を短くしていたけど身長が伸びた今はそこまで気にしなくてもよくなった。


 AWの世界では現実と同じ容姿を使う。キャラメイクで多少変えられるがそれも誤差程度だ。これはセカンドワールドと密接に関係するアナザーワールドだからこその決まりだ。

 仮想現実の中だから何でもしていいと思うかもしれないけど、そんなことはない。しかし、あまりに現実と乖離した世界では現実世界で感じていた無意識の緊張が緩むことがある。箍が外れるのだ。その結果、常識では考えられない行動をする。そういった行動は往々にして現実ではできない行動、犯罪行為として現れる。現実ではできない悪行でストレスを発散するのだ。PKもその一種だ。AWではPK自体の規制をしていない。しかし、PKにも決まりがある。その決まりを守れないようなプレイをすることへの一種の抑止だといつかテレビで見たことがある。AWはゲームだ。娯楽の一種でしかない。それが国連の認識であり、世界共通の認識になっている。

 思考が逸れたな。深呼吸でもして気を取り直そう。ふーはーふー。


 ここからが僕には正念場だ。名前、性別の次は当然、種族の設定である。ディスプレイにはいくつもの種族が映っている。ヒューマン種に獣人種、鬼人種に竜人種それぞれにさらに分類があるようだ。しかし、その中でも僕が求めているのはただ一つ。ディスプレイにあるヒューマン種の中にあるキメラ種を選択する。キメラ種の他にも魔人種や、天人種、エルフにドワーフといった、お決まりの種族やハーフブラッドといった混血種の項目も存在した。だが、僕には関係ない。まあ、キャラが複数作れるならそういった種族でもプレイしたいとは思っているのだが。AWでキャラを複数持つことは未だ不可能だ。


 表示の変わったディスプレイに、ヒューマン寄りかキメラ寄りかの設定を求められる。画面上部にシークバーがある。左がヒューマン、右がキメラ。キメラ側に近づければ近づけるほどヒューマン種の特徴である汎用性が失われ、キメラとしてどれぐらいモンスターの体を手に入れられるかを表す『許容値』が増えていく。僕は取り敢えずキメラ側でシークバーを動かして決定を押す。この設定は後からでも変えられるようになっているので取り敢えず許容値を最大にしておく。ディスプレイの表示が変わり、どのモンスターの体を使うかを選ぶことになった。今の許容値は最大の百。モンスターの一覧を眺めていく。どうやら、一応ではあるが動物も載っているようだ。一覧にはその部位の特徴と許容値が書かれている。それを元にキャラを作っていく。

 取り敢えずではあるがどんな部位を使うかは決めてある。尻尾を使って戦闘する上で、必要なのは、尻尾の強度と長さだと僕は考えた。尻尾で戦うということは、尻尾で攻撃して尻尾で防御することになるのだ。言い換えれば、武器の強度と間合いの広さということになる。それらを踏まえたうえで、一覧に目を通す。


 いろいろあるが、中には欠点しかないような部位もあるみたいだ。例に出せば毒袋。いろんな種類の毒袋があるがよく考えてほしい。人間の体にはそのすべてがすべからく有害だ。そのことを考えずに毒袋だけを体に組み込めば、結果生まれるのは常時毒状態の人間だ。組み合わせと特定の条件下で強くなるのだろう。でも、僕の求めているものはこれじゃない。色々とパターンを考えながら目当てのものを探す。

 最初に探したのは、竜種の尻尾だ。ドラゴンテイルだ。竜の尻尾には鱗もついているだろうし長さも十分だろうという考えたのだ。だが、それらを見つけて、すぐにあきらめた。尻尾一本だけで許容値五十を超えるものばかりなのだ。

 僕の中では尻尾は一本でなく五本ぐらい必要なことになっている。そもそも一本でいいなら最初から竜人族でも選択していればいいのだ。そんなことを考えながら一覧を見ていると、一つの部位に目が留まった。

 『伸縮筋』と書かれた部位だ。これは、舌長ガエルというモンスターの一部らしい。おそらくだが、彼らの舌は長いのでなく伸びるということなのだろう。そんな予想を立ててみた。この筋を尻尾に組み込めれば、長さに関してはクリアしたも同然である。筋ということもあり、伸ばすことができるのは体の一部である。取り敢えず、適当に選んだ尻尾にこの筋を組み込むことができるか試してみる。

 選んだ尻尾は、グラスピッグという豚のモンスターの尻尾。伸縮筋の許容値は、三。格安である。グラスピッグの尻尾はもっと安い、一。何の効果もない尻尾だから当然といえば当然である。その二つを選ぶと、許容値が百から九十六に減り、自分のお尻あたりから、小さな尻尾が生えてきた。本来操作することが難しい人が持たない部位である尻尾だが、この空間では思うだけで操作できる。僕はまず尻尾を振ってみる。振れているか確認しようとしたが短すぎてわからない。置いてある姿見に背を向けて振ってみる。姿見に映る小さな尻尾が確かに左右に揺れていた。動くことが確認できた後は伸びるかの確認である。「伸びろ」と姿見越しに見える尻尾に命じてみる。するとだんだんと伸びてきて体の前の方に届く長さになっていた。そのまま胴体に巻きつけるように伸ばしてみる。大丈夫なようだ。胴回りを一周したところで伸びなくなったが、これぐらい伸びれば十分だと思う。今度は一気に最初の長さに戻るように念じてみる。すると、いつの間にかお腹で感じていた尻尾の感触がなくなり元の状態に戻っていた。実験は成功と言っていいだろう。一本の許容値が三である五本使っても十五である。掘り出し物である。

 次は尻尾を探していく。なかなかお目当てのものは見つからない。ドラゴンテイルがダメとなれば一番の候補はワイバーン種の尻尾である。亜竜種に分類されるワイバーンの尻尾は鱗があり、強度もある方だと思うし、何より尻尾に毒を持つ個体があったのだ。その尻尾が今の尻尾候補である。だが、妥協しないと決めたからには、まだ半分以上ある一覧を見ないで決めることはできない。

 すでに二、三時間がたっているだろうが大丈夫だ。角田先生もそう言っていた。


 その後も、苦行に近いただ眺めるという行為を続けていた。これは、というものも中にはあった。例えば、尾切りトカゲというモンスターの尻尾だ。この尻尾は強度はそれこそ低いが瞬時に再生するのだ。また、元のモンスターが武器にしていることもあって貫通力が高いらしい。しかし、もっといいのがある気がして一覧を見る。最後まで見てからでも遅くない。そんなことを考えていたら一つのモンスターの項目が目に留まった。

 そのモンスターの名前は、『ヒュドラ』。神話に登場するモンスターである。これを見たとき思ったのだ。「別に尻尾じゃなくてもいいのでは?」と。そう、気づいてしまったのだ。尻尾みたいなものであればそれでいいのでは、と。再生能力の高いヒュドラの頭を尻尾にすればいいのでは、と。

 ヒュドラの頭は再生の核となるヒュドラの頭(核)が四十、他が十五と結構高かった。最大で五本。しかも、許容値百にするということは、元のヒューマンの体は、とても弱くなってしまうということを意味するのだ。

 だが、なぜだかヒュドラの頭(核)を外す気にならない。

 そこでまた閃いたのだ。ヒュドラの核さえあれば他の頭はヒュドラじゃなくてもいいのでは、と。核さえあれば何でも再生するのでは。と。

 僕はこの仮説を証明するためにヒュドラの頭(核)以外に適当に選んだいくつかの種類の尻尾を生やして、ヒュドラの頭(核)でちぎってみた。確定していないからこそできる所業である。確定していれば痛覚が通るため千切れただけで悶絶していただろう。その結果分かったことがある。それは、再生するものと再生しないものがあったことである。その二つの分類は簡単であった。二つの違いは単純に、蛇であるか、ないか、であった。

 このことが分かった僕は、今度は蛇の尻尾ではなく、頭の方で同じことをやってみた。すると、再生したのである。僕は歓喜した。大発見である。僕は改めて、一覧に目を通す。今確定しているのは、ヒュドラの頭(核)と伸縮筋で許容値四十三。それ以外に何かないか。僕は目を皿にして探した。


 その結果決めたのがこれである。

 ヒュドラの頭(核)と伸縮筋で許容値四十三。

 ヒュドラの頭と伸縮筋で十八。これを二本で三十六。

 隠密迷彩蛇の頭と伸縮筋で八。

 キラースネークの頭と伸縮筋で五。これが二本で十。

 計、許容値九十七。あまり三。ということになった。

 ヒューマンには三しか振れないが、別にいい。

 ヒュドラの頭は猛毒を持っているし、キラースネークは毒とかは持たないが、純粋な肉体能力が高い。最後の隠密迷彩蛇は気配を消せて姿も隠せるけど肉体はとても弱いという、希少種らしい。いまだに発見されていない種と書いてあった。この頭は普段から隠しておいていざというときに不意打ちに使う。使い方次第では、偵察にも使えるかもしれない。

 これら六本が伸びるのである。そう考えると別に本体に力がなくてもいいのではと思ってしまったのだ。序盤は大変だろうけど、ある程度育った後ならば結構強くなるのでは、と考えている。


 僕は決めた六本を腰あたりから生やしながらいろいろな動きをしてみた。一番の収穫は伸ばした蛇の頭に乗れば早く移動できるということ。そして、操作しやすい環境でありながら六本を同時に操作することができなかったことである。

 取り敢えず満足した僕は、ひとつ前に戻って許容値を振りなおした。そして、六本の蛇の頭を確定させて次に進んだ。

 かなりの時間見ていたディスプレイの表示が変わり、職業の選択になった。職業には熟練度があり、試練を受けて上位の職になっていく必要がある。最初の職は戦士、盗賊、術師、信者 、の四つしかない。僕は盗賊を選んだ。理由は簡単だ。消去法である。肉体の弱い僕に戦士は無理。魔法の使えるモンスターを選ばなかった僕に術師は無理。モンスターの一部を宿している僕に信者は無理。ということで、盗賊になった。


 次の設定に移ろう。

 次はステータス振り分けだ。

 初期のステータスポイントは十五。

 ステータスは五つ。

 STR、MAG、VIT、AGI、DEX。

 順に、力、魔法、耐久力、速さ、器用さ、である。


 このステータスだが実は結構不安定なもので、STR十のキャラがSTR二十のキャラに力で勝つことができるのはAWでは常識に近いものらしい。戦いというものは一瞬の気のゆるみ、地の利、技量の差、いくつもの要因が複雑に絡み合うものだ。そのため、この数値が絶対ということはない。しかし、双方が完璧に力を発揮すればSTR十の方が力比べで勝つことはまずできない。AWでのステータスはそのキャラの発揮することができる最高の値ということになる。それでもステータスが高いに越したことはない。このステータスがキメラ種の大きな弱点である。

 ステータスはキャラのレベルごとに上限が決められる。この上限が一番緩いのが、ヒューマン種である。ヒューマン種は、ステータスポイントの総数がステータスの上限になる。すべてのステータスに一は必ず振られているため、実質上限なしである。これに対してほかの種族は得意な分野の上限は上がり不得意なものは低くなっている。例えば、獣人種は一部を除いてMAGの上限がレベルと同数になる。その代わり、STRやAGIの上限が上がる。基本的にステータス上限の総和はステータスポイントの総数以下にならないため、自由度がなくなるわけではない。普通は、これらを考慮したうえで種族を選ぶのだ。


 しかし、キメラ種には当てはまらない。純粋なキメラ種、許容度百のキメラ種は、選んだモンスターの部位で上限が決まる。ビルドによってはステータス上限が少ないのだ。場合によっては、ステータス上限の総和がステータスポイントの総数以下になることもある。キメラ種はレベルが上がるときに緩和される上限の値が大きくなるため、最終的には、ステータス上限の総和はステータスポイントの総数と同値になるそうだが。

 

 そのことを踏まえて、ステ振りを行う必要がある。


 僕のステータスはこうだ。

 ステータスポイント(SP):十

 STR:一(上限:三)

 MAG:一(上限:一)

 VIT:一(上限:五)

 AGI:一(上限:一)

 DEX:一(上限:二)


 見事に余った。しかし、これは想定の範囲内だ。むしろ、結果としてはいい方だろう。ステータスが絶対じゃないAWでは突出した能力が一つでもあれば十分活動できるのだ。

 僕は、上限までステータスを振った。


 これでキャラ作成は終了だ。AWにはスキルも存在するが、これはAW内で行動した結果として得るものであって、最初は種族特有のスキルしか持てないことになっている。

 キメラの場合は、本人にも影響があるスキルとモンスターの部位だけにしか影響しないスキルの二つがある。これについては選べない。キャラメイクが終わった後にしかわからないようになっている。

 

 キャラメイクが終わった僕は最後の確認画面を見ていた。間違いのないことを確認して、確定ボタンを押そうと念じるが反応しない。仕方なくディスプレイの確定ボタンを押すとディスプレイが消えた。AWでは思考によるディスプレイの操作ができないというのは聞いていたけど、このタイミングということはもうお試しではなくなったということだろうか。

 一度消えたディスプレイが再び出現した。そこには、このままAWを始めるかどうか書いてあった。このまま始めたいところだがそうはいかない。

 

 僕はいいえを選択して、ログアウトする。



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