【01-04】VRデバイス(通称:生徒証)
「実験組になった理由は分かったみたいだけど、なんでだったの?」
僕は、栗栖さんに聞いた。
「実は私、戦闘も生産もできるようにするつもりだったので、生産用の腕と戦闘用の腕をつける予定でした」
「なるほどな。瑠太と同じか」
「はい。自身の体にない部位の操作が難しいのを知らなかったんです」
「まあ、自分の腕を生産用の腕にすれば、最悪生産職として行動できるだろ」
拓郎はそう結論付ける。僕もその通りだと思う。だけど、僕と栗栖さんは同じ問題を抱えた同士だ。僕の希望としては頑張ってもらいたい。そんな感情を込めながら僕は言う。
「奇しくも僕と同じ問題だったみたいだね。お互い頑張ろう。栗栖さん」
「はい」
その後も、三人で一緒に話していた。中でも、食堂のカレーのおいしさの話が一番盛り上がっていた。
栗栖さんとも仲良くなれそうだ。よかった。高校生活一日目にして早くも友達が二人できたのだ。幸先がいい。
−−−−−−−
だいぶ時間がたっただろうか。クラスメイトはすでに全員が教室に戻ってきている。
そんなことを考えていると丁度先生たちが教室に入ってきた。角田先生は何か段ボールを持っている。おそらくVRデバイスが入っているのだろう。さっき配っていたからね。
「みんな揃ってるな。よし。席に着け」
角田先生はそう言い、全員が席に着いたのを確認すると、また話し始めた。
「これからVRデバイスを配布する。名前を呼ばれたら取りに来てくれ。各自受け取ってもまだ起動しないように」
角田先生は朝と同じように名簿を開き、名前を呼んでいく。
「堤」
「はい」
名前を呼ばれた僕は先生のもとへと急ぐ。
「よし。まだ起動するなよ」
先生はそう言ってVRデバイスを渡してくる。
デバイスを受け取った僕は席に戻る。
席に戻ると拓郎が渡されたデバイスを僕に見せながら話しかけてくる。
「全くおなじか?」
「そうみたいだね」
僕は二つのデバイスも見比べながらそう言う。外見は少し前の世代のスマホだ。年々薄くなり続けている個人用デバイスと比べれば数年前の型落ちといった感じである。
「全員受け取ったな。まだ起動するなよ」
全員に配り終えたようだ。
「これから、初期設定を始める。初期設定はVR空間で行われるためVR接続が必要となる。これから個人用ヘッドマウントデバイスを配布する。これはこの教室に置いておくためのものだ。配られたら各自の机に接続して待っていてくれ」
角田先生はそう言って、前から順に個人用ヘッドマウントデバイスを一つずつ配っていく。
僕も拓郎から渡された後、すぐに机に接続する。
本来のヘッドマウントデバイスはパソコンに接続して使うものなのだ。たぶんこの机から大きなコンピューターに接続されているのだろう。
「接続できたか? できてないやつはいないな? よし! ではこれからVR空間へ接続する。接続先は『国立VR競技専門高等学校』の『一年十組』だ。他のクラスには繋ぐなよ。わかったな。VRデバイスは机の上に置いておけ。では、各自接続開始!」
クラスメイト全員が一斉にヘッドマウントデバイスをヘルメットのようにかぶり、ヘルメットと同じように留め具をつけてから背もたれに体重をあずける。
起動に必要なのは明確なイメージと適当な言葉だ。意味は関係ない。別にリンゴでもゴリラでもラッパでもイメージさえできれば何を言ってもいい。
「ヘッドマウントデバイス起動。接続開始」
僕はいつもの文言を唱える。すると、だんだんと意識が薄れていき完全に意識を失った。
−−−−−−−
僕は全面が真っ白な空間に浮いていた。顔の前には一枚の宙に浮くディスプレイ。ここで接続サーバーを選ぶ。
ディスプレイには『セカンドワールド』と『国立VR競技専門高等学校』の二つが書いてあった。『国立VR競技専門高等学校』を選択するイメージをする。すると画面が変わり、『一年一組』から『三年十組』という文字が。他にも教師用や関係者用という文字が見える。後ろの二つは灰色になっていて選択できないみたいだ。決まったデバイスからでないと接続できないのかな。僕は『一年十組』を選んだ。
−−−−−−−
うまく接続できたようだ。周囲を見回すと教室を元に作られた空間であることが分かった。さしずめ第二の教室(セカンドクラスルーム)といったところだろうか。最初は教室の後ろに立っている状態で接続されるらしい。何人かのクラスメイトが現実と同じ席に座っている。
僕もそれに習ってさっきまで座っていた椅子に座ってから後ろを見るとちょうど拓郎が現れた。僕に気づいた拓郎は手を上げ、その後、席に座るために歩き出した。
拓郎が席に着くのを見ながら、話しかける。
「さっきぶりだね」
「そうだな」
そんなくだらない挨拶を交わしながらみんなが揃うのを待つ。みんなが揃った後しばらくしてから、教壇に先生たちが現れた。
「みんないるな。じゃあ、南澤先生お願いします」
「わかりました。全員のVRデバイスを起動します」
どういうことだろう。そんな疑問が浮かんだがすぐに消えた。
僕の目の前にディスプレイが浮かんだ。そこには『VRデバイス初期設定』と書いてある。
角田先生が話し始めた。
「全員が接続した後、それぞれのVRデバイスを繋いでおいた。めんどくさいがこうしないといけないんでな。全員、目の前のディスプレイが見えるな。そこに書かれている指示に従って設定をしてくれ。最後の名前の設定まで行ったら一旦やめてくれ。わからないことがあれば手を上げてくれ」
みんな言われたとおり設定を進めていく。設定といっても、あらかじめ入力されていて、名前、生年月日、その他もろもろの確認作業だった。設定の最後にVR空間内での名前の設定があった。先生に言われたとおりここでやめる。
「みんな出来たようだな。最後の名前について説明するぞ。ここには、AWで使用する名前を入れてもらう。こちらで把握するために一人ずつ名前を呼んでいくから答えてくれ」
角田先生は、そう言って名前を呼んでいく。
「米田」
「”ducrow”です」
「英語でダックロウだな。わかった」
拓郎は”ダックロウ”と名乗るらしい。周りで何人かの人が気づいて笑っていたが、僕は笑えない。
「堤」
「英語で、”tail”です」
「英語でテイルだな。わかった」
拓郎が本名をもじったように僕も本名をもじった。僕が尻尾を使って戦うことを決めたのも、この名前を思いついたのが大きい。運命を感じたのだ。
「全員確認した。最後の名前の入力を行ってくれ。さっき言ったのを変えるなよ。登録を終えたものからログアウトしてくれ。現実に戻ったらヘッドマウントデバイスを外して待っていてくれ」
角田先生が話したのを聞いてから、僕は”tail”と入力し、確定ボタンを押し、ログアウトした。
−−−−−−−
無事にログアウトできたようだ。僕がヘッドマウントデバイスを外していると拓郎が後ろを向いて、
「おいおい。テイルってなんだよ」
と、笑いながら言ってきたから、
「ダックロウの方がひどいよ」
と、笑いながら言い返してやった。
周りを見ると、全員ログアウトしたようで、ヘッドマウントデバイスを外していた。ヘッドマウントデバイスを外し終えた角田先生は言った。
「全員戻ったな。ヘッドマウントデバイスに接続されているVRデバイスを外して電源を入れてくれ」
僕は言われたとおりVRデバイスを外し、電源を入れた。すると、「ピロン」という起動音の後、ディスプレイに白地に赤い丸、すなわち、日の丸が映り、我が校の校章が映った。
「うちの校章が移ったら画面をスライドしてくれ。するとパスワードの入力が求められる。初期のパスワードは、さっき最後に決めた名前だ。パスワードは後で各自変えといてくれ。これで初期設定が完了した。続いて、VRデバイスの説明に入るぞ。」
角田先生は説明を続けた。
「まずは、ホーム画面にある我が校の校章だ。押してみればわかると思うが、これが生徒証になる。今後、学校内の施設で認証を求められたらこのアプリを開いた状態でVRデバイスをかざせば認証される。次が『食』と書かれたアプリだ。見当がついてると思うが、これが食堂で注文するときに使うアプリになる。重要なのは主にこの二つだろう。他にも学内ニュースや掲示板を始めとしていろいろと機能があるから時間のある時に見てみるといい。あと一応言っておくが、教師や一部の生徒はこのデバイスのことを『生徒証』と呼ぶことがある。俺も生徒証と呼ぶから覚えておけ」
見た感じ結構な数のアプリが入っているように見える。時間があるときに見ることにしよう。確かに、VRデバイスよりは生徒証の方がわかりやすいかもしれない。
「よし。じゃあ、次はお待ちかねのキャラメイクだぞ」
おお。待ちに待ったキャラメイクの時間だ。ここでするのだろうか。さっき見た接続先にAWはなかった気がするが。
「うちのクラスはキャラメイクですべてが決まるような奴が多いから個人用じゃなく設置型の高性能ヘッドマウントデバイスを使えることになっている。そのために移動しないといけないが、構わないだろう。さあ、いくぞ」
なるほど。確かに人によっては性能が良い方がいいのかもしれない。角田先生が教室を出ていく。ついていけばいいのだろうか。どうすればいいのか迷っていると南澤先生からの指示がでた。
「みなさん、移動するので生徒証を忘れないようにしてください」
その言葉がきっかけになってみんなが移動し始めた。
「設置型のヘッドマウントデバイスなんて見たことないから楽しみだな」
拓郎が、立ちながら振り返ってそう言った。僕は頷いて答える。
クラスメイトは、みんな教室を出ると右に流れていく。教室の右には大きな扉があったはずだ。拓郎と一緒に廊下に出て、右を向いた。そこには食堂程ではないが大きな部屋があった。驚きながらも中に入る。部屋の中は壁中に機械が置いてあって真ん中の開けた空間には設置型のヘッドマウントデバイスが何台も置いてあった。設置型のヘッドマウントデバイスとは、簡単に言えば、リラックスチェアと一体化したヘッドマウントデバイスだ。リラックスチェアの中に高性能なコンピューターが入っている。その処理能力は一般向けのパソコンの比ではない。
設置型と個人用のヘッドマウントデバイスではいろいろな差があるが、一番の差は脳とデバイスの間に生じるラグの度合い。設置型を使った方がより素早い反応ができるようになる。普通の人ではわからない程度のものらしいが、零コンマ一秒の世界で争う選手たちにはわかるらしく、大きな大会では必ず設置型のヘッドマウントデバイスが用意されるようになっている。
「みんな来たか?」
角田先生が入り口正面にある一際大きな機械の前から声をかけてきた。
「全員いるようです」
答えたのは南澤先生だ。
「よし。ならどれでもいいから各自接続の準備をしてくれ」
僕と拓郎は隣になるように場所を確保すると、接続の準備を始める。
設置型ヘッドマウントデバイスの見た目は繭のようなカプセルのようになっていて、中にある椅子に座り、備え付けられているヘッドマウントデバイスをつけることで準備が完了する。外装のカプセルにもなんか意味があったはずなんだが覚えてない。
僕たちはVRデバイスの接続をしないといけない。これまで個人用のヘッドマウントデバイスを使っていた僕にはなれない作業だが今後慣れていくだろう。VRデバイスなんて使ったことがない人が大半だ。優越感に似た何かを感じる。隣から聞こえる友人の嬉しそうな声を聞きながら接続できるところを探す。すると、右手側のひじ掛けの先が開くようになっていて、その中にVRデバイスを入れる溝がある。僕は生徒証を差し込むとVRデバイスが中に入っていく。それを見た僕は椅子の部分に座る。
驚いたことにこの椅子はとてもふかふかである。見た目以上のふかふかだ。もはや、ふかふかという言葉では役不足かもしれない。ふっかふかだ。教室の椅子もふかふかだけどそれ以上だ。
座り心地を堪能していると角田先生の声が聞こえてきた。
「準備ができたやつから接続してくれ。いくら時間をかけても構わない。納得のいくまで粘ってくれ。特にキメラ種を希望している奴らは絶対に妥協するなよ。別に今日中に確定しなくてもいいからな。じゃあ、頑張ってこい」
角田先生の応援を受けてから椅子の背もたれの頭の部分についているヘッドマウントデバイスを手に取る。すると、空いていたカプセルの入り口が閉まる。
僕ははなからキャラメイクに妥協する気なんてない。納得がいくまで粘るつもりだ。改めて覚悟を決めてから、つぶやいた。
「接続開始」
僕の意識はさっきと同じようにだんだんと落ちていく。だけどさっきより少しだけ早い気がした。
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