【01-02】実験組
入学式が終わった後、退場の波に身をゆだねた僕たちは長い旅を終え、順調に自分たちのクラスにたどり着けた。一学年十クラスもあるからか、校舎が学年ごとに違っていて、三年間変わらないようになっている。新入生は前年に卒業した生徒が使っていた校舎を使うことになる。僕たち四期生は一期生が使っていた校舎を使うことになる。
この学校はパンフレットの地図を見るかぎり施設が多すぎて迷子生産場のような印象を与えるが、実はそんなことない。
体育館。校舎。寮。この三つの重要な施設を大きな三角形の頂点に置き、真ん中には大きな広場ができている。この広場はグラウンドとしても利用されている。今は来賓用の駐車場になっている。他の施設に関しても、効率組がよく使う施設は寮と体育館をつなぐ辺に。生産組がよく使う施設は、寮と校舎をつなぐ辺に。実験組がよく使う施設は、校舎と体育館をつなぐ辺に。という風にまとめられている。一部の大型施設や危険がある施設は別の場所に作られているが、大体はこの通りである。
理由は簡単である。効率組は現実での戦闘訓練も多いため体育館をよく使う。ということは、寮と体育館の間をよく通ることになる。だから、その寮と体育館の間に効率組の施設を作ったということだ。また、効率組の施設は他のクラスが基礎的な訓練で使うものも多いため寮に近い場所になっている。
生産組に関しては、簡単だ。生産組は実験や研究で施設にこもることが多い。そのため、寮に近い場所の方が夜遅くまで活動できるということらしい。また、効率組と同様に他のクラスが基礎的な訓練で使うものも多いため寮に近い場所になっている。科学や物理の授業で使うこともあるのだから妥当なのだろう。
最後の実験組のよく使う施設には少し変わった施設が多い。さまざまなプレイスタイルに対応するためだ。一見不要に思える施設も中にはあるが、すべて一応必要だと思われたものである。中には人気な施設もあり、そういった施設には実験組以外の組の生徒も多く使っている。その中でも一番使われている施設が反応速度を上げる施設。これは校舎のすぐそばに作られていて、多くの生徒が放課後利用しているためとても大きい。こういう使える施設もあるため、生産組や効率組もよく施設を使いに来るらしい。特に二、三年で、自身の戦闘スタイルが決まっている人たちは自分に合った施設を見つけるとそこに入り浸るようになるらしい。
バラバラのように見えてまとまっているこの学校だが、大きな問題がある。大きな施設もいくつか作られているため、必然的に主要施設間の距離が長い。現に、体育館を出て校舎にたどり着くまでに数十分かかった
もっと一か所にまとめてほしかったりするが、これにも一応理由があるらしい。拓郎が教えてくれた。
拓郎曰く、政府がこの学校を作ると決めたときにAW漬けにするための学校ではあるが、生徒が運動をしなくなることで不摂生になるのではという意見が挙がったそうだ。そのため、生徒に歩かせることで最低限の運動をさせようという魂胆みたいだ。
しかし、最初の一年で実際に運動をしている人としていない人では、運動をしている人の方がAW内での動きが正確になりやすいという研究結果がでたため、生徒達、特に、効率組には運動が義務付けられたそうだ。
すでに作られてしまったものを変えることはできないので、そのままにした結果、程よい筋肉をつけた生徒が増えたらしい。
一般的な女の子たちからしたら大迷惑だろうが、VRオリンピックの生徒を目指している彼女たちには、そんなことないそうだ。特に効率組はどれだけ食べても太らないと、一部では逆に歓迎されているそうだ。その分、筋肉がついているのだが本人たちが満足ならそれでいいだろう。
−−−−−−−
教室についた僕は教室の中を見渡す。校舎の中は学校というより病院といった印象を受けたが、教室の中は一般的な学校の教室と変わりないようだ。一点を除いて。
僕たちの入った教室には少し変わった椅子と机が何組も並んでいたが、明らかに少なく感じる。二十はいかないといったところだろうか。
教室の後ろには今ではあまり使われていない黒板がついていた。僕が通っていた学校ではまだ置いてあったが、拓郎は珍しがっていた。
席順がわからないが取り敢えず座りたい。人ごみに流されるのは結構疲れた。
「拓郎、取り敢えずどっかに座ろう」
「そうだな。席順の指示はなさそうだし適当でいいか」
拓郎は黒板に代わり普及したスクリーンに何も書かれていないことを確認しながら教室の中を歩く。
僕たち以外の生徒もところどころ座っているが、運よく窓側の後列が空いていたためそこに座ることにする。僕が一番後ろで、拓郎がひとつ前である。
僕は少し変わった椅子を引いて座る。この椅子と机はネットに接続することが前提として作られていて、一人一人に有線LANの接続口があるのがわかる。他にもコンセントなどの各種機器が接続できるようになっているらしい。
「すごいな。この椅子。ふかふかだ」
拓郎が振り向きながら、そう言った。その顔には笑みが浮かんでいる。
「そうだね。普通の高校じゃありえないような椅子だよね」
「ああ、この椅子と机を見ただけで優遇されているのがわかる」
優遇。
僕たちは一応未来のVRオリンピックの選手候補だ。だからこその待遇である。この高校を卒業しただけでかなりのステータスになる。
VRオリンピックの選手育成のための高校といっても国立の高校だ。学問をおろそかにはできない。だから、先生の数もとても多く、生徒がわからない所は先生がつきっきりで教えてくれる。少しでも成績が落ちると補習を受けることになる。AW漬けといっても高校生であることに変わりはない。いくらAWで活躍していても成績が悪ければ留年する。この高校ができてから三年間、留年した人はいなくとも補習を受けた人はかなりの数いるらしい。AWをする時間を確保するために授業の進行速度が早いのも理由の一つであるらしいが。三年生になるとVRオリンピックの選手に選ばれることもあるからこその措置だ。本末転倒な気もしなくはないな。
ただこの高校は偏差値が結構高い。生産組のように一部の生徒の成績がいいこともあるが、この学校の中では下の方であっても一般的な進学校の生徒と大差ないらしく、国立高校としての威厳は保っている。それもこの優遇された環境だからこそのことだろう。
僕は拓郎に言う。
「まあ、そのための成果は出してるみたいだからね」
「そうだな。去年の大会ではすごい活躍してたもんな」
「会ってみたいね」
「そのうち会えるんじゃないか? たまにこの学校の施設使いに来るらしいし」
緒方(オガタ)邦彰(クニアキ)。僕らの先輩で、一期生。そして、前年大会の出場者。VRオリンピックのいくつかある種目のうちの一つ「スピードラン」に出場して銅メダルを獲ったVRオリンピック選手。速さのみを追及した超特化型のキャラクターを使うらしい。
「憧れるね」
「キメラ種の有用性を証明した人だからな」
緒方選手のキャラはキメラ種。詳しくは知らないが、とても変わったビルドらしい。
「それまでは、キメラ種ってネタの一種みたいになってたもんね」
「この学校でも研究はされてたみたいだけどな」
「僕たちもそんな面白いキャラつくれたらいいね」
「俺のキャラは間違いなく面白いと思うぞ」
「そうなの? 期待してるよ」
−−−−−−−
「あ、最後の人が来たみたい。」
最後の一人が教室に入ってきた。立ち姿のきれいな女の子だ。姿勢がいいのだろうか。彼女が最後の席に着いてから少しすると、大柄な男の人が入ってきて、その後ろにスタイルのいい女の人が入ってきた。二人とも先生かな。
「よし、揃ってるみたいだな!」
筋肉の鎧を着たような男の人は大きな声でそうと、名簿みたいなものを開く。
「最初だし出席とるぞー」
男の人は、そういうと、大きな声で名前を呼んでいく。
「米田拓郎」
「はい」
拓郎が好青年のような返事をすると、
「おお、すごいイケメンだな。よし。」
と言って、次の生徒を呼んでいく。この先生も見事に騙されたようだ。
しかし、名前の順番がバラバラだ。少なくとも五十音順じゃない。何順だろう。
「堤瑠太」
「はい」
「変わった名前だな」
この先生は全員に一言ずつコメントしている。だいぶフレンドリーな先生なようだ。距離感が近い。
全員の名前を呼び終えた先生は、自己紹介を始めた。
「俺の名前は、角田(ツノダ)光顕(ミツアキ)。おまえたちの担任だ。主に戦闘技能を教えることになる」
角田先生は、名簿を閉じながらそう言うと、教室の入り口に立っていた女の人を手で差す。
「彼女はこのクラスの副担任になる。去年は生産組で教鞭をふるっていたが、今年は実験組で教えることになった。おまえたちには主に施設の使い方を教えることになるだろう。南澤先生、自己紹介を」
そう言って教壇を降りると、南澤と言われていた先生が教壇に立った。
「ただいま紹介されました。南澤(ミナミザワ)順子(ジュンコ)です。施設についてと、生産系について教えることになっています。よろしくお願いします」
僕は、彼女の立ち振る舞いや言葉遣いから落ち着いた印象を受ける。話口調もしっかり話してるのにどこか柔らかくも感じる。
南澤先生が教壇を下り、角田先生がまた教壇に上る。
「よし。この時間にやることは終わったな。みんなに自己紹介をしてもらってもいいが、別にしなくてもいいだろう。各自しておいてくれ。取り敢えず、この後の事を知らせておくぞ」
角田先生はそう言って、プリントのようなものを見ながらこの後の予定を告げる。
「このホームルームが終わったら、一旦解散して各自昼食をとってもらう。この学校は広いから迷わないようにしろよ。そのあとはここに戻ってきてもらい、各自キャラメイクをしてもらう。そのときに各自専用のVRデバイスも配布するからな」
『VRデバイス』というのは、昔あったスマホのようなものだ。今では昔でいうスマホやケータイをひっくるめて個人用デバイスと呼ぶが、形的にはスマホに近い。長方形の箱型だ。
このデバイスを持っているとVR世界に接続する際に必要な個人用VRヘッドマウントデバイスを使わずにどのデバイスからでも接続できるようになる。メモリーカードのようなものだと思ってくれればいい。一般的には、個人用VRヘッドマウントデバイスに付いているメモリーに個人の情報を入れている。そのため、外出先でVR世界に入り、個人の作業をしたい時は自分用の個人用VRヘッドマウントデバイスを持参しなければならない。普通は市販の個人用のVRヘッドマウントデバイスを持ち歩くのだが、この学校では市販されている個人用のヘッドマウントデバイスよりも高性能な設置型のヘッドマウントデバイスを使用する。だから、VRデバイスを持ち運ばなければならない。VRデバイスに保存されている情報を読み込んでVR接続をするのだ。こうすることで、設置型のヘッドマウントデバイスがある場所ならどこからでも接続することができるようになる。一応市販の個人用ヘッドマウントデバイスに繋げてVR接続することもできるがあまり意味はない。それなら最初から市販の個人用ヘッドマウントデバイスを持ち歩いた方が安上がりである。そういった事情からVRデバイスを持つ人間は少ない。
ちなみに、このデバイスは生徒証代わりになり、また学校専用の掲示板やニュースサイトの閲覧もできるという優れものだ。ついでに、このデバイスは学食や購買での支払いにも使うため、なくすと大変なことになる。パンフレットに書いてあった。
「わかったか? よし。じゃあ、解散するぞ。時間に遅れないようにな。今日はデバイスがなくても大丈夫だから安心しろ。では、解散」
角田先生はそういうと教壇を下り、教室から出て行った。その後ろをついていくように南澤先生も教室を出ていく。
拓郎が振り向いて声をかけてきた。
「よし。俺たちも行くか。どんな料理があるか、楽しみだな!」
拓郎は好奇心が刺激されたのか、語尾に力が入っていた。
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