【01-01】入学式

 『アナザーワールド』 (通称:AW)

 運営が国連の下部組織という、極めて珍しいVRMMOである。

 VR上でのオリンピックやワールドカップに代わる大会。今ではVRオリンピックなんて呼ばれている大会に使用するために開発されたゲームである。


 このゲームが発表されてから各国は来る大会に向けて様々な対策をとった。


 ある国は、自国のプロゲーマーを集め、彼らを支援し始めた。

 ある国は、幼少の子供にAWをプレイさせ、適性がありそうな子供に訓練を施した。

 ある国は、ゲーム内とはいえ戦闘行動があることから、自国の軍人や格闘技のスペシャリストを招集し、AW外でプレイヤーに対して訓練を受けさせた。


 ある極東の島国はAWのための高校を作り、AWで役立つ知識を教えていた。



−−−−−−−


 四月六日。

 今日は入学式。僕は今日『国立VR競技専門高等学校』に入学する。

 世間の注目を受ける国立VR競技専門高等学校には、カメラをもった親御さん以外にもいかにも重そうなカメラを持ったカメラマンさんやその前でマイクを持ってニコニコ話しているアナウンサーさんといった関係者以外の人が詰め掛けていた。今日入学する人の中に未来のスターがいるかもしれないと考えたら妥当なのかもしれない。


 国立VR競技専門高等学校は、国が主導したこともあって山奥の広大な土地の中に、数えきれないような数の施設が入っている。中には必要と思えないような施設もパンフレットには載っていた。この一般的な高校どころか大学すらも超える施設のすべてがVRオリンピックのためのものである。

 VRオリンピックというだけあって各国の威信をかけて大会に臨まなければならない。そのための予算は国が捻出した税金が充てられていて、その額は莫大である。選手たちが必要だと言い、その効果が認められたものは用意されるようになっている。そうやって用意されたものは、生徒が使用していない間、ほかの団体に貸し出されるようになっている。そうすることで、税金の有効活用としている。人によっては国立VR競技専門高等学校を最先端施設の博覧会場なんて言っているらしい。

 そんなことを言われている国立VR競技専門高等学校であるが、VRオリンピックに出場する選手を育成する学校だからこそ、入学の基準はかなり高くなっている。正確な数字は発表されていないためわからないが、倍率が百を軽く超えるらしい。全部「らしい」というのはその大半が書類審査で落ちているからである。筆記試験ももちろんあるが、それ以上に本人の反応速度や思考速度といった競技に直結する部分に重きが置かれていると聞いた。そのため、筆記試験を受ける前に受かっている者もいるなんて噂もあるぐらいだ。


 そんな特殊な高校に今日入学する僕、堤(ツツミ)瑠太(ルタ)は、人ごみの多さに酔っていた。


「うげー。こんなに多くの人見たの初めてだよ」

「大丈夫か? 瑠太」

「なんとかね」


 隣を歩いていた拓郎に肩を借りながら石畳の大通りを歩いていく。この学校は大人数が一斉に利用できるよう、すべてが大きめに作られている。向かっている先は入学式の会場である体育館兼観戦用ホールだ。なんでも、巨大なスクリーンが置いてあってVRオリンピックや国内の大会を観戦できるらしい。学校のパンフレットに書いてあった。

 今、肩を貸してくれている男は、米田(ヨネダ)拓郎(タクロウ)。僕のルームメイトになる。

 この学校は全寮制である。朝から夜までAWができるようにするためらしい。部屋は二人部屋で同じクラスの人と同室になる。最初は教師陣が部屋割を決めるが、申請すれば変更できる。これはAW内でパーティーを組んでる人と同室を希望する人が多く、学校側もそれを推奨しているからだ。AWを優先すると生活リズムがどうしても不安定になる。だからこその処置らしい。また、今の二人部屋だが壁が可動式になっているため、四人部屋というのもできるのではないかと密かに予想している。




−−−−−−−




 拓郎とたどり着いた体育館はテレビで見た武道館にそっくりだ。中にはすでに多くの人が集まっている。二階には生徒の親の他にも在校生らしき姿がある。学校指定の制服を着ている人が多い。

 僕たちは自分のクラスの席がある場所まで歩いていく。ようやく酔いが収まってきた。


「だいぶ治まってきたよ。ありがと。拓郎」

「どういたしまして」


 拓郎に礼を言うと、彼は軽く笑いながら言った。


「俺たちのクラスの席はあそこみたいだな。席順とかはどうなっているんだろう。ちょっと聞いてくる」


 そういって彼は、他のクラスメートに声をかけに行った。どうやら女の子に声をかけたみたいだ。声をかけられた子は驚いた様子で答えていた。それもそうだろう。拓郎はイケメンだ。その清潔感と高身長を合わせてイケメン好青年の完成だ。ストレートの黒髪はどこか光を発しているようにも見える。きゅーてぃくる・・・・・・・ってやつか。

 僕も最初は騙された。実際に話してみた僕の拓郎に対する印象は、好青年の皮をかぶった少年だ。彼は赤子のように好奇心が旺盛なのだ。といっても、まんま赤子なわけではない。泣きわめいたりすることもなければ、暴れたりするようなこともない。理性的な判断ができる印象もある。そこらへんが混ざりあった結果が好青年なのかもしれない。奇跡だ。いや、本当に。出会って数日も経ってない僕でも見破れるほどの紙装甲なのにみんな騙される。


 昨日の夜、僕が田舎に住んでいると言ったら田舎の生活をしつこく聞かれた。親が仕事で日本にいなかったため祖父母の下で育ったというだけで、純正の田舎っ子というわけではない。それでも、彼には珍しかったようだ。「田舎の人は鍵かけないんだよ」といった時の拓郎の顔は見物だった。いつも掛けないなんてこともないし、遠出する時は掛けるんだけど訂正するのも面倒だったからいいや。拓郎の中では田舎民は「鍵? なにそれ? おいしいの?」状態だと思っているかもしれない。ネタが古すぎるか。オートロック化の進んだ今、鍵を閉めないということにとても驚いていた。さらに認証システムの進歩によって鍵を差して回すことをしたことない人もいるらしい。これには僕がびっくりした。玄関前の鉢植えの下に鍵を隠すなんてこともないみたいだ。手動の安心感みたいのがなくなっているのかな。なんて澄んだ夜空を見て黄昏てしまったよ。僕はまだ十五歳なんだけどね。

 そんなくだらないことを考えていると、拓郎が帰ってきた。


「席は自由らしい。やっぱりこの学校変わってるよなー」

「あいよ。じゃあ、僕たちも適当なところに座ろうか」

「そうだな」


 近くの椅子に腰かけた僕たち。開式までまだ時間がある。どうやって時間をつぶそうか考えていると、拓郎があたりを見回しながら声をかけてきた。


「やっぱりうちのクラスは少ないみたいだな」

「そうだね。まあ、僕はあんま気になんないんだけどね」

「それもそうか。俺たちは自由にプレイするだけだもんな」


 この学校に入学が決まった後、生徒は一人ずつ教師陣と面談する。

 主な内容は、AWでどのようなプレイをするかというものだ。その面談の結果を受けてクラスが振り分けられる。


 生徒の中で一番多いのはやはり攻略を進めながら選手を目指す人たちである。その人たちの中にも前衛・後衛を始めとしたさまざまな分類があるわけで、学校側はバランスが良くなるようにクラス分けをする。学校側のノウハウを十全に利用して選手を目指すことから、効率組と言われている。


 次に多いのが、生産職と言われる職を専門とする人達。生産職というのは、武器を作ったり、防具を作ったり、薬を作ったりする人たちである。戦力にはならないが戦い続けるためには必要な役割だ。これはVR競技のみならず、AW内で重要な役割だ。それゆえに、生産職を目指す人も多い。

 彼らには彼ら生産職のクラスがあり、僕たちとはまた違ったカリキュラムを受ける。彼らは限りなく現実に近いAW内で生産するための必要な知識をつけないといけない。だから、ものすごく勉強する必要がある。ものすごく。耐えられなくなってクラスを変更する人が少なくないらしい。ちょっと怖い。ただ、そのための勉強は現実でも力を発揮するため、高校卒業後、有名企業に入社することも不可能ではないらしい。眉唾であるが実際にゲーム目当てでなく有名企業への切符を目当てに入学してくる人がいるとかいないとか。彼らは、そのまま生産組と言われている。


 最後に、この二つに当てはまらないのが僕たちだ。名目上はVRオリンピックに出場する選手や選手をサポートする彼らとは全く違う方法で貢献しようという人たち。主に実験組と言われている。簡単に言えば、AWを楽しもうとする人たちであり、かっこよく言えば、ロマンを追及する者たちである。自由度の高いAWで全く新しいキャラクタービルドに挑む人たちのクラスだ。その多くがヒューマン種をベースとするキメラ種を選んでキャラメイクをする人たちとなっている。キメラ種は、数多のモンスターの中から選んだ体の一部(パーツ)を自分の体の一部にすることができる種族だ。複数の種類のモンスターの一部を寄せ集めるなんてこともできる。これだけ聞くと強そうだが、バランスのとり方が難しく成功例は少ない。同じビルドを目指しても使い物にならないことがあるという変わり種である。使い物になってもバランスが良いものはほとんどなく特化型になるらしい。このことから特化組と言われることもあるらしい。


 十クラス中の七クラスが効率組。二クラスが生産組。残りの一クラスが実験組である。

 VRオリンピックはまだ三回しか開催されてない上に、各国がいくら研究しているといってもAWを網羅することは難しい。そのため面談で告げたキャラクタービルドが実験するに値すると評価されれば実験組に入ることになる。実験組の特権はAWを自由に攻略することができること。そのバックアップ体制だ。そして、義務は自身のデータを学校に報告することである。一般プレイヤーから上がった攻略情報の検証も実験組の役割だ。ただ、それだけなら別にこの学校に入れる必要がないのではと思われることも多い。一部からは陰口をたたかれたりしているらしいが僕や拓郎は一切気にしていない。自分の望むプレイができるのならそれでいいのだ。さらに、それをバックアップもしてくれるのだ! 一ゲーマーとしては最高の環境だ。


「そういえば、拓郎はどんなキャラ作るの? 聞いてなかったよね?」

「俺か? 俺はAW内をすみずみ旅できるようなビルドにするつもりだ。」

「やっぱりキメラ種?」

「ああ、瑠太もキメラ種だったけか」

「うん。まあ、外見はほとんど人間のままになる予定だけどね」

「楽しみだなー。今までは設定されたキャラクターしか使えなかったからな」

「あれはあれでたのしかったけどね」

「たしかにな」


 AWは一般に公開されているが、残酷な描写もあるため十五歳以上を対象にしている。これが普通のゲームであればやらせなければいい。しかし、AWに関してはそうも言ってられない。VRオリンピックの選手になるためには一刻も早くAWに慣れる必要がある。そう指摘された国連は、十五歳以下にはあらかじめ用意されたキャラクターでのみプレイすることが許されている。

 これにより、いくつかある未成年者用キャラクターの使用者は十五歳未満であるとして制限をかけるようにしたのだ。制限はいくつかあるが、まず描写の変化。血が出るような描写は、光が散っていく描写になっている。VRオリンピックのような一部の大会でも観戦者にはこの処理がされている。またプレイヤー同士の戦いも一部を除いて禁止されている。これによりPKをされることがなくなる。他にもいろいろとあるらしいが僕が知っているのはこの二つだ。というか、普通にプレイする分にはこれぐらいしか感じなかった。


 その後も、結構な時間話してたけど、まだ開会まで時間があるみたいだ。午後に備えてひと眠りすることにした。


「まだ時間あるみたいだから僕ちょっと寝るね。なんかあったら起こしてね」

「わかった」

「おやすみ」

「ああ、おやすみ」




−−−−−−−




「起きろ。瑠太」


 肩をゆすられて目を覚ます。僕は目をこする。そうだ、これから入学式だった。


「目、覚めたか?」

「ありがと。拓郎」


 拓郎に起こされてしばらくすると、入学式が始まった。

 内容は、僕が通っていた中学の入学式と同じ感じだ。ただ、来賓に文部科学大臣だとかVRオリンピック運営委員会の役員だとか、普通の高校には来ないような人が来ていて流石に緊張した。やっぱ中学の校長先生の話とは違うよね。


 入学式は、校長先生の話も短めですんなり終わってしまった。生徒による挨拶がなかったのもあるかもしれない。入学生代表みたいなのもないし、在校生の挨拶もなかった。


「終わったな。この後はどこに行けばいいかおぼえてるか?」

「そのまま自分の教室に行けばいいんじゃない?」

「適当だな」

「まあ、このまま退場の流れに乗っていけば大丈夫だよ。きっと」

「それもそうだな。次はお待ちかねのキャラメイクか」

「そうだね。すごくたのしみ」

「お、列が進むぞ」

「今度は、酔わないようにしないと」

「一人だけキャラメイクできてないとか悲しいもんな」


 二人で笑いながら退場の波に乗る。ようやく僕の高校生生活が始まる。うっぷ……。



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