夢の夢の夢の中の中の中
さいのす
第1話
自分の上げた断末魔でぼくは目を覚ました。
乱雑な6畳1間のワンルーム。
ベッドの脇には読もうと思ってそのまま積み上げた小説や漫画本。
テーブルの上に置いてあった、昨日の夜の飲みかけのコーヒーを取り、流し込む。
部屋の空気と同じ温度の液体が喉を通った。
「勘弁してくれよ…」
ため息交じりに独り言ちる。
さっき夢の中で切り裂かれた腹部をそっと撫でる。
当然のことながらそこには傷一つない。
時計を見ると、まだ朝の5時だ。
今日のバイトは遅番だったから、昼までは眠れるはずなのに。
ぼすん、と音を立ててぼくはベッドに倒れこんだ。
ぼくは夢の中で殺人鬼に追われ、そのままぼくは自分の部屋に逃げ込んだのだ。
必死に鍵をかけ、チェーンを掛けたがドアは蹴り破られ、ベッドに押し付けられたぼくは、何度も、何度も腹を刺され、そして。
「……あー、もう。まだ寝れっかな……」
ごそごそと毛布をかぶる。願わくば、あんな夢はもう見たくない。
次はかわいい女の子と戯れる夢であることを祈りつつ、瞳を閉じようとした、その瞬間だった。
がん、がん、がん
大きな、音。
それはまるで、さっきの夢で見たあの音のような。
全身の血が引いていく。指先が驚くほど冷たい。
がん、がん、がん、がん
音はどんどん大きくなっていく。
ぼくは身動き一つできない。ドアチェーンも鍵も寝る前に掛けたはずだ。
鉄製のドアがそう簡単に破れるはずがない。
そう自分に言い聞かせながら、枕元にある携帯を手に取ろうとするが、体が思うように動かない。
がんがんがんがんがんがんがんがん!!!!
音は次第に大きくなっていく。
だめだ、だめだ、早く、警察に連絡を。そう思って携帯を握った瞬間。
がきっ
ドアノブがゆっくりと抜かれ、玄関のドアが開いた。
やがてチェーンに阻まれて、手が通るか通らないかの隙間だけ開く。
すると今度は。
がちゃ!がちゃ!がちゃ!がちゃ!
チェーンに何度も振り下ろされる鉈。
やばい。
やばい。
やばい。
手の中の携帯に震える指で110番の番号を打ち込む。
2回やり直してやっと発信ボタンを押した瞬間。
ぎいぃ
音を立ててドアが開く。
そこにはさっき夢で見たあの、血まみれの男がいて。
「ああああああああああああああああああああ!!!!!!」
ぼくは喉からありったけの声を出す。
逃げなければ。逃げなければ。でもどこへ。
玄関から鉈を持った男がゆっくりと入ってくる。
腰が抜けて立てない。
少しでも逃げようとベランダへと這うようにして動いた瞬間、ぼくの左足に灼熱のような衝撃が走った。
「ああああああ!?!?」
思わず足を見る。足があった場所にはすでに足はなかった。
男を見れば、まるで洗濯物を放り投げるようにぼくの足を、ぼくの足だったものを、そのまま投げていて。
殺される。殺される。殺される。
言葉にならない声が喉の奥から出る。ベランダの扉に手をかけ。
「はい、今回はこれでおしまい」
男がそういうと、ぼくの頭に衝撃が走り、目の前が真っ赤になった。
急速に意識が薄れる。
ぼくは死ぬ、死ぬのか。なんで。どうして。
いろんな感情がどんどん闇の中に埋もれて。
「――――――ああああああっ!!!!!」
跳ね上がるように起き上がった。
そこはいつものぼくの部屋だ。
顔に流れる脂汗を思わず手でぬぐう。
「夢……か?」
時計は5時15分を指している。
ぼくは夢の中でそうしたように、昨日の飲みかけのコーヒーを流し込む。
これはいわゆる猿夢って奴だろうか。悪夢の中で悪夢をみて、そして。
「……心臓に悪ぃよ……」
独り言ちて額の汗をもう一度ぬぐう。
心臓はまだ早鐘のように鳴っていた。
汗で張り付くTシャツを着替えようと立ち上がった瞬間。
がん、がん、がん
玄関の扉を、何かで殴る音が、した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます