奇襲

ぺるめるだむす

第1話 戦場へ

 さあ決戦のときが近付いた。少年はいつもの席に飛び乗った。全身の力を込めて彼はペダルを踏む。使い古されたタイヤが錆びた音を立てながら前へと進む。

 ここからは危険な場所だ。遠くには赤いランプが点滅し目前の舗装された道には緊急用車両が通りすぎていく。しかし、もう迷ってはいられない。彼は心を決めたのだ。少年は戦いを前に精悍ささえ漂わせ始めていた。命を賭けたとも言える作戦にこれから赴くのだ。そのあどけなさの残る彼の背中には強い決意が見えた。


 「もう迷わないんだ。」


 彼は一言、誰ともなく言うと、力を振り絞ってさらに前へと進んでいった。


 ゆっくりと、しかし堂々と前へと進む彼の姿はもはや10代の少年のものではなかった。歴戦の勇士、幾度もの死線を乗り越えてきた兵士のように彼は前に進む。見なれた街の景色が過ぎていく。自分の出た小学校や中学校が過ぎていく。


 「こういう時は妙に冷静なものだな。」


 彼はふと思った。様々なことが思い浮かぶ。特に、まだ若い彼の心は愛する彼女のことでいっぱいだった。けれども、もはや少年は動き始めたのだ。この作戦を前にして逃げるわけにはいかない。時折り、得体の知れぬ車両のライトが少年を照らした。その度に彼は見透かされたように思い、この作戦がバレているのではないか?と不安になった。相当な危険だ。けれども、彼にはもう考える余地などなかった。


 大きな鉄橋の下をくぐり、川を越える。またもや、あの不気味な赤い点滅灯が見える。さっきの緊急車両の音が遠くで聞こえた気がした。いよいよ本拠地への突入だ。もう逃げることも引き返すこともできない。一度、少年は点滅灯の前で立ち止まった。彼は自分の来た道を振り返ることはなかった。


 「よしっ。」

 

 少年は全身の力を振り絞って前へと進む。ついにその時がやってきたのだ。

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