第7話

「……ん、あれ…?」


朝。ベッドから起き上がろうとするも体に力が入らない。


「おか…しいな、なんで…」


「ユイナーっ!おはよ!おはよー!

朝ごはん出来てるよー!顔洗っておい…って、顔赤いよ!?」


瞬時に駆け出したリーズは手のひらをユイナの額に当てた。

ひんやりとして気持ち良かったので目を瞑ると「熱があるね」とリーズは呟く。

熱か…だからこんなに体がだるいんだと納得すると同時に辛うじて起き上がったのにベッドに戻された。


「…リーズ?」


「今日はゆっくり寝てて、今消化に良いもの作ってくるから!」


「え?」


すごく心配そうな顔をしたリーズはそのまま部屋を出て行った。

パタリと閉まった扉を見つめながら、ユイナは「やっちゃったー…」と呟くと、そのまま眠りに入って行った。





「…アラン!アラン!卵ってまだ余ってる!?」


「おはようございます、いきなりなんですか、騒々しい」


キッチンで朝ごはんの用意をしていたアランは、駆けて来たリーズに振り返った。

テーブルにはフレンチトーストが山積みで、それに一瞬手を伸ばしそうになったリーズは自分の手をぺしりと叱って首を振ると、またアランに向かって叫んだ。


「ユイナ熱あるの!だからたまご粥作ったげたい!」


「熱?高いんですか?」


「うん、ちょっと…すごくだるそうだったし、それに顔が真っ赤になってたの」


心配で泣き出しそうなリーズの頭に手を置くと、アランは「エプロンを忘れず付けてください、あとマスクも」と言って薬棚を漁った。

リーズはこくんと頷いて卵を取りに行くと、たまご粥を作ってお盆に載せた。


「一応薬はありますが、ユイナさんの体に合っている物かは分かりません。

ゴンゾレスさんを呼んで来ますから、リーズもマスクを付けて部屋に入って下さいね」


「うん、分かった!気を付けてね、お願い!」


家を出たアランに手を振って、リーズはマスクを付けてお盆をユイナの部屋に運んだ。

扉の開閉の音で目を覚ましたのか、ユイナは少しだけ起き上がって首を傾げた。


「リーズ?」


「ユイナ、大丈夫?たまご粥作って来たよ、食べられる?」


サイドテーブルに置くと、ユイナは枕を後ろに敷いて起き上がる。

それに慌てているリーズに「大丈夫」と微笑んだ。


「ちょっと熱があって、体がだるいだけだよ。

すぐに良くなるから安心して」


「うん…味付け、ちょっと薄いかもしれない」


しゅんと肩を落とすリーズに「いただくね」とことわって口を付ける。

お塩が効いててとても美味しい。


「美味しいよ、リーズ」


「ほ、本当?本当に?無理、してない?」


「本当に美味しいよ、ありがとう」


「………うん」


ようやく安心したように微笑んで、ユイナはリーズからマスクを受け取った。


「息苦しいかもしれないけど、ちょっとだけ我慢してね?

今アランがお医者さん呼んで来てくれてるから」


「え?大丈夫だよ?寝たら治る」


「だめ!風邪をなめちゃだめだよ、ユイナっ!」


「え?」


涙目でユイナの手を取ったリーズは「代わってあげられなくてごめん」と涙をぽろぽろと流した。


「…お待たせしました」


「アランさん」


「リーズ、なんで泣いてるんですか…。

ゴンゾレスさん、お願いします」


アランがひょいと片腕でリーズを抱えると、後ろから優しそうな顔をしたおじいさんが入って来た。

会話の内容的にこの人がさっきリーズの言っていたお医者さんだろう。


「初めましてお嬢さん、ワシは医者のゴンゾレスじゃ。

少し脈を測らせてもらっても良いかね?」


「はい、お願いします」


力を抜きながら腕を差し出すと、リーズは両手で両目を押さえながら「ひゃー」と叫んだ。

それにため息を吐いたアランが「外に居ますので、後はよろしくお願いします」とゴンゾレスに言って出て行った。

あんなリーズは初めて見たなと驚いていると、ゴンゾレスが苦笑した。


「今の医療は昔と違って的確に処置出来るんじゃがのう」


「……リーズの事を?」


「あぁ、あの子がほんの小さな頃から知っとるよ。

昔は大人しい子じゃったが…今くらい元気な方が見ていて息は詰まらん」


ゴンゾレスはじっと目を閉じて脈を測っている。


昔は大人しくて、今はあんな感じ。

昨日ターニャさんから聞いた通りだと思った。


「あの子の両親は、風邪をこじらせてあの子の小さい時に亡くなったよ」


「え…?」


思わず声が出た。


「そんな…あんなに明るい子なのに」


「人は変わるもんさ。

あの子は変わったのかもしれない、それともあれが本当のあの子の姿なのかもしれない。

だが…少なくとも表情の無い、子供らしく無い表情で大人達の顔色を見ているあの子よりはマシじゃよ」


にっと微笑んで、ゴンゾレスは片手をユイナの額に当てる。


「お前さんは優しい子だ。

自分がこんなに苦しんどるのに、まだあの子の心配をしてやれる。

じゃが、双方似たもの同士じゃな。

お互いが気を遣い合っとる節がある」


「それは…」


思わず俯くと「実に良い」と笑った。


「友とはぶつかり、考え、高め合うもの。

片方が強過ぎても弱過ぎてもいかん。

お互いを分からねば平穏など訪ずれる訳も無い」


「どう言う…?」


「ほほほ、今日は存分に疲れなさい」


「え?」


「そして…存分に甘えなさい」


ぽんぽんと頭を撫でられて、ユイナはなんとなしに黙った。

不思議な雰囲気のおじいさんだ。


「それに、あの子は何より強い。

お嬢さん1人くらい余裕で守れる程にな」


「……でも、私は。…私は何も出来ないから。

だから、リーズの重荷にはなりたくないから。

出来る事がとても少ないけれど、何か1つでもリーズの為になるなら…」


それが例え何であっても、してあげたいと思う。


最後の言葉が言えなくてまどろんでいると、ゴンゾレスは微笑みながら私をベッドに横たえる。


「あの子の側に居ておやり。

親を亡くして人に恵まれたあの子でも、旅に人を連れては行かなかった。

自分の近くの人間をまた無くすのが怖かったんだろう。

あんたは同伴者なんじゃから、自信を持って、あの子の側に居ておやり」


最後にそう言うと、ゴンゾレスは眠ったユイナに微笑み掛けて部屋を出た。

リビングに進むと、駆けて来たリーズが心配そうに白衣を掴む。


「ゴンじい!ユイナは?ユイナ大丈夫??」


「心配せずとも薬を飲んで眠ればすぐに良くなる。

ただの過労じゃて」


「本当の本当に?」


「相当気が張ってたんじゃな」


「そうでしょうね」


アランの返しに、リーズは俯いて黙り込む。

その様子を見てゴンゾレスは微笑んだ。


「リーズ、彼女が心配かね?」


「心配!」


「なら、お前さんはいつもの通りに笑顔で居なさい」


「え?」


きょとんとしたリーズに、アランも微笑む。


「あなたの笑顔は人を癒す力があります。

あなたが悲しそうだとユイナさんも悲しみます。

前にあなたが言ったのでしょう?

笑顔は人に伝染するのだと」


「笑顔…」


ぽつりと呟いて両手を自分の頬に持って行くと、リーズはにっこりと笑って「そうだね」と笑った。


「そうだ…そうだよね!ユイナが早く元気になるようにお祈りしに行ってくる!」


「ではついでに晩御飯の買い物もお願いします」


「うわっ、ついでが多いな!」


言われるがままにメモを取って、リーズは笑顔で駆け出して行った。


「今の彼女なら大丈夫ですよ」


「そうじゃな、本当にあの子は強くなった」


しみじみそう言うと、ゴンゾレスは二日分の薬をアランに託して帰った。

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よくある異世界に迷い込むアレ ルリスタ @rurisuta

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