第5話

「…ユイナ?変な顔して…どうしたの?」


「変な顔は余計だけど…私、今までどちらかと言うと慎ましく生きて来たと思うの。

だからかな…私は今リーズのお財布が心配で仕方ないわ」


「へ?」


首を傾げたリーズの左右のカゴには、山積みの日用品達。

多分冒険をするのに必要な物なんだろうけど、あまりにも多い。


「大丈夫大丈夫、必要経費だしそれに消耗品だから!」


「薪ってこんなに必要なの?」


山積みになった薪は、私たちが両手で抱えてやっと一つ分。

それが40個も置いてある。

むしろそれはどうやって移動させるんだろう。


「旅の間は朝昼晩きっちり休まないとすぐに体力落ちて風邪とか引いちゃうんだ。

だからその3食分で使う薪は絶対にケチっちゃだめなの。

それにユイナは旅は初めてでしょう?特に万全にしていないと、すぐ体調壊すのは目に見えてるし」


「……想像出来なくも無い」


ユイナは「ご迷惑掛けます」と苦笑した。


「いいえ!おっちゃーん!これとこれとあれとそれ、あと向こうの毛布と…」


「まだ買うのね!?」


叫ぶユイナの声に、店主は豪快に笑いながら毛布を引っ掴んだ。


「この子は毎回こんなもんだよ、お嬢ちゃん」


「毎回…リーズってすごいのね」


「まあ、今回は薪だけじゃないからねー。

魚焼くように串もボロボロだったから新調したし、鍋ももう一人分じゃ足りないし…器も可愛いの欲しいじゃん?」


「……本当にごめんね」


「だから必要経費!ユイナは謝るんじゃなくて、ありがとうで良いの!!」


シュンと肩を落としていたユイナは、その言葉を聞いて苦笑しつつも「ありがとう」と口にした。


「いやあそれにしても綺麗だなあんた!

おいちゃん美人には弱いから、これ全部半額で良いぞ!」


「えっ、さすがにそれは…」


「やったー!ありがとうおっちゃん!!

じゃあ余ったお金であとで美味しいの食べに行こう!!」


急にきらめくリーズの瞳に、ユイナは笑って頷いた。


「んじゃ、荷物はいつも通りラヴォールに送っておくぞ」


「よろしく!」


店の店主に手を振って、私達は大通りを抜けた。

両側に広がる道筋には様々な形式の看板がかかっており、それらを見ながらユイナは首を傾げてリーズに問い掛けた。


「リーズ、今から行くのは何屋さん?」


「仕立て屋さん!明後日謁見の間に行く時にこの格好じゃまずお城に入れてもらえないからねー。

使い捨てでも良いからそれなりのドレス着なくちゃ」


「えっ、そんなに面倒…コホン」


「正直でよろしい。私も実はかなり面倒くさい。

でも一応王様も立場があるし、何より私たちは頼る側だからね。

そう言うところはしっかりして行かなくちゃ。

だから…」


「え?」


がっしりと右手を握られて、ユイナはきょとんとする。

目の前には桃色の瞳をきらきらさせて見上げていた。


「目一杯おめかしさせてあげるね!」


「………お手柔らかに」


引き攣った笑みを浮かべつつ、二人は大きなはさみが布を切っている絵が描かれた看板の店へと来た。


「ターニャおばさーん、リーズだよー」


「お、お邪魔します」


静かな店内に響くリーズの声にどきまぎしながら、ユイナは恐る恐る足を動かした。

入った部屋一面に棚から溢れる布、布、布…右奥の大きな飾り箱の中からは綺麗なレースなどがはみ出している。


「ターニャおばさああああん」


「…なあに!?何事…ハッ締め切り!?締め切りが近付いていますの!?」


奥の部屋から転がって来た人物を受け止めて、ユイナは声を掛けた。


「大丈夫ですか?」


「あ、ああ…ええ、大丈夫大丈夫……ぅうっ!?」


「えっ」


急に接近して来た事に驚いていると、リーズが「はいはいはい」と言ってターニャおばさんを引き剥がした。


「もう、可愛い子を見たら突っ込む癖、危ないからやめた方が良いよって言ったでしょー」


「この声は…リーズちゃん!リーズちゃんねっ!!

ああ久しぶりだわねえ、まだ背は小さいまま?子供の容姿で色んな人に愛でられているの?」


「言い方!!!しかも好きでこの身長なわけじゃないもん!!!

ほーら、今日はお友達連れて来たの。

明後日王様に謁見するから、ドレス見繕って、あと早く起きて」


若干雑に扱っている事に驚きながら、ユイナは目の前に転がり込んで来たターニャに向き直った。


「初めまして、ユイナです」


「あらあらご親切にどうも。

私はターニャ、この仕立て屋の店長をしているの。

趣味は可愛い女の子を愛でる事、人のお洋服にレースを追加する事…あと服を作る事よ。

あなたとても珍しい髪を持っているのねえ…黒曜石みたいでとっても素敵。

それに…」


「あー、はいはいはい。引いてるからね、自重しようね」


「あらあらあら」


そう言って口元に手を持って行くと「謁見の間って…リーズちゃんこの間作ったドレスがあったじゃない?」と首を傾げる。

ようやく対等な位置に立ったターニャに目を向けたユイナは、ぎょっとしてリーズを見た。


「えっ、おばっ!?え…えっ!?」


「ん?ああ、ターニャおばさんは私のお母さんの妹さん。

年も近いから本当はおばさんなんて付けなくて良いんだけど、呼べ呼べってうるさくて」


苦笑して肩をすくめるリーズは、ユイナに「そっくりでしょ」と笑った。


「そっくり…いや、すごいね。リーズが2人居るみたい…。

ターニャさんまるでリーズそのもの…」


「ええー、リーズちゃんより身長は高いのよ?」


「似たようなもんでしょー」


きちんと立ち上がったターニャが、リーズの隣に立つと得意げに微笑む。


「どう?」


「こんなのミリ単位じゃん」


「あらあらリーズちゃん。

単位の世界のミリを侮っちゃダメよ。

採寸はきっちりかっちり測らなきゃダメなんだから」


人差し指を立てて「めっ」と可愛く叱るターニャに「はいはい」と適当に返すリーズ。

ユイナはただただそれを物珍しく見ていた。


「あらあら、そうだわそうでした。

リーズちゃんの丈はもう測ってるけれど、ユイナちゃんは未だなのよね」


「そうだよターニャおばさん、明後日だから取り敢えずあるものでめいっぱい着飾って。

もちろんいつも通り正規の値段で、お金に糸目は付けないから王様に失礼の無い最高級品をお願いね」


「はいはいかしこまりましたわお客様。

それじゃあユイナちゃん、少しお時間よろしいかしら?」


「あ、はい…よろしくお願いします」


ただただ流されるがまま、ユイナはにっこり微笑むターニャに手を引かれて奥の部屋へと通された。


「ターニャおばさん、任せたよ。

時間になったら私も戻って来るから」


「えっ、リーズどこか行くの!?」


慌てて振り返ると「ギルドにちゃんと挨拶して来る!ユイナの事もあるし、しばらくこの街に留まるから」と笑顔で店を出て行った。


「あ…」


「大丈夫、取って食ったりしないわ」


にこりと微笑むターニャは、おろおろとしているユイナに優しく話し掛ける。


「ユイナちゃん、リーズちゃんの事を心配してくれているのかしら」


「え?私が?」


きょとんとした後に、ふるふると首を横に振りながら「全然」と呟く。


「私より、リーズの方が経験豊かで頭も良いし。

それに…私、初心者ですから。

心配と言うよりは…不安、と言うか」


「そう」


嬉しそうに微笑んでいるターニャは、棚からメジャーを取り出すと服の上からおおまかな値をメモに記して行く。

その流れる作業に見惚れながら、ユイナはいつしか不安な気持ちが安らいで行くのを感じた。


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