Ⅱ/アイズ
@hanta000
低迷
「あの、まさかだとは思うのだけれど……」
「え?僕かい?」
「そうだよ、僕だよ」
「まさか、僕だとはなあ」
「でも実際に僕なんだからまあ、仕方ないよね」
「僕のフリをしてるんだけなんじゃあないの?」
「どうだろう、僕うが僕だって事はまず間違いない事だとして」
「でもそれって、僕からは全然、確かめようがない事だよね」
「え、僕だよね?」
「そうだよ、僕だよ」
淡々としている様に見えて、実の所ものすごく驚いているし、慌てているし、怒ってすらいるのだ。
突然僕の部屋という名のテリトリーにノックも無く介入してきやがったそいつは、親でも無く、幼馴染のあの娘でも無く、あろうことか、僕と同じ形をした人間だったのだから。
朝起きたらベッドから身体がずり落ちていた。これはいつもの事だ。机で本を読んでる途中で寝落ちしてしまう事もあるし、ベッドの上に身が置かれていない事の方が多い。なので、そいつの身体もベッドからずり落ちていた。なのでと言うのは、そいつの身体も僕に違いなかったからである。それもきっと全く同じ体勢で、だ。朝起きた時の僕は左手をへそに置き、右足のつま先が膝のちょっと下辺りにまで来ていて、髪の毛をもみくちゃにしてしまった右手は枕となっていて重い頭がそれによりかかっていやがった。一番最後のは一種のあるあるパターンで、めっちゃ右手が痺れて痛いの流れがもう週一単位であるわけだ。そいつも同じく痛がっているように二つの手を擦り合わせていたし、髪の毛がそんなはね方をしていたのでこいつもまさか……と考えたわけだ。
僕の現在の予想はこうだ。
昔々(昨日)、学生という身分であるにも関わらず学校にも行かず引きこもってばかり僕という人間がおりました。僕はとうとう両親からの怒りを買い、いやもう買ってはいるんだけど、追加料金でさらにデカい激怒カスタムを買い、夜な夜な僕の部屋に忍び込んだ両親は僕の身体を真っ二つに引き裂いてしまいました。だけど僕の身体には実はプラナリアの細胞が組み込まれておりましたので、僕の身体はそっくりそのまま二つに分断されてしまったのであります。
まあ、僕が実はプラナリア人間だったとかそういう事は別にどうでも良いのだ。僕が二人いる、それでこれからどうしていけば良いのか。それが最大の課題。
かくして僕から僕達になった僕達は、それぞれの名前を今事のありさまを書き綴っている方=僕α、そいつが見ているもうひとりの僕=僕βと呼称する事にしたのであった。
で、正直な所、ここで話を終わらせてしまいたいのだけれど。
第一僕が二人に増えた所で、中身が同じであるので僕の事は分かり切っているはずなのだ。ならば、僕αの考えている事は察してくれるはず。
僕αの事を邪魔してくれるな。それでいいのだ。僕αがやってる事に口出しせず、いないかのように振る舞え。僕αも、僕βがいない様に振る舞う。てか僕がいつもやっている仕草をそいつがやっている所とか最高に気持ち悪いので、出来れば視界の外でなんかやってて欲しい。上記二つ、これだけしか望まない。とどのつまり僕は孤独を望んでいるのです。さあ察しろ。
ところが僕βは提案を始めた。
「なあ、僕よ」
「お前さ、せっかく僕α、僕βって分けたんだからその通りにしろよ」
「いやいや、さあ、なんか言いたくなってくるじゃん」
「それで、何よ」
「確かめないか?」
「何を?」
「僕達の身体が、本当に僕達であるかどうか」
僕βがそして話し始めたのは、僕達が分断されたのは、本当は身体ではなく人格であって、僕はもう一人の僕という幻を見ている、とする説だ。あーまあいいんじゃないかなその説。そう考えた方が結果外では何も起きていないから何もしなくてよくて幸せだし、お構いなしに振る舞えるってもんよ。とか僕はそんな事を口にしてなあなあで済まそうとしたが僕βはお構いなしに話散らしていたので面倒くさくなった。なので大人しく、僕βのいう事に従ってみるのだ。
まずはきっちり時間を計った後で僕αが下に降りて、親におはようとかそれとない言葉をふっかけてみて、どうせ朝ごはんなんてまだできていないだろうから、自分の部屋に戻る。僕βはその内にある本の僕がまだ読んでないページを読んでいく。僕αが部屋に戻った頃に僕αは僕βから呼んだページの話を聞いて、そこまでに掛けた時間が僕αが両親と交わした短い会話程度の時間であるかどうか確かめる。朝ごはんが出来た頃に呼ばれたら僕βが下に降り、僕αは僕βから言われた話が実であるか確かめる。僕βは両親に、さっき下に降りたよね?的な事をそれとなく訊いたらしく、それが真である事を確認したらしい。
さて、これで僕αと僕βの記憶が分断されていてあたかも同じ時間に別の行動しているという風に見せかけられているという線は消えたし、そうなれば当然多重人格であればパラドックスが生じるがために僕達の存在は完全に独立して行動しているという事になる。おまけにどちらの存在も一応は第三者に認知されているという事すら証明された訳だ。まあ僕でも同じことを思いついてはいただろうなと思う。多分数回にわたって執り行われた僕α-β間の会話のキャッチボールにより、二人(?)に微妙なずれが発生し、僕αが僕βよりその考えに至るのが遅れた、という事だけの話だろう。
それで、この話は終わり。
僕達は完全に僕達である事がわかった。それで?って感じだ。僕みたいな人間が二人いたところで、どうにかなるわけでもない。全く、超常現象が起きるなら起きるで、もっとマシな事が起きて欲しかったという物である。世界の支配者になれるくらい絶対的な力を手に入れたーまで至らずとも、透明人間になれたとか。時間が五秒くらい止められる様になったとか。それにしても、こういう事って本当にあるんだなあと今更ながらにして僕αは思うわけである。こういう、想像もつかない様な事が。なんか空間に見えない壁があって、そいつが障子紙みたいに破れる演出をどこかで見た事があるが、本当に並の人間の力では干渉できない領域みたいな物があって、ものすごい低い確率で、僕が昨日した何気ない行動とか寝返りとか、いびきが誰も見つけていない公式に当てはまる様な特定の周波数で発せられたとかで、ドミノが倒れてくみたいに連鎖反応が起きて、結果僕はその普通干渉できない領域に足を踏み入れてしまったのかも。踏み入れた?なんか違うな。干渉したから結果となってここに顕れているのだ。足まで動かさなくても、ちょんと触れるだけでドミノは簡単に倒れていく。超次元的な領域に足を踏み入れてしまったというよりか、偶然に触れてしまったからこんな事になった。理論を分かろうとしなくても起こりうる現象。いやいや、起こりうる現象っていったって、人体錬成みたいなもんだぞ。あ、そうか。僕が勝手に分裂した前提で考えていたけれど、それはまだ証明されていないわけだ。じゃあ一体誰がこいつを作ったのか?いや、もしかして作られたのは僕αの方なのか?だけど彼はαではなく、βとして(二番目として)在る事を意外とすんなり容認した。確かに僕はそういうヤツであるかもしれないけれど……そもそも僕が一番目と言い出したのも、僕の中に自分が本質であるという自覚がどこか心の奥で……「それは誰もが感じる事に違いないのだ」
今自分が読んでたじゃなくて開いてた本の一部分がちょっと目に入って、溢れかけてた心の中の激しく波立ってた感じが、しんと音を立てて止まる。僕は何かの実験台にされているのかもしれない、とふと考える。
監視カメラをそれとなく意識してみたりする。そんな事現実的じゃないのにとか考えてみるけど今起こっている状況のが絶対現実的ではないよなってなる。で、無駄に正確な僕αと僕βの体内時計から送られた信号を受け取った目が、窓際に置かれたデジタル表示が8:30から8:31に変わるのを黙って見ているのだ。これはいつもそう。
「なあ、僕」
「ほうら、お前も言いたくなってんじゃないか」
「いいじゃんか、一回くらい」
「それで、何?」
「しりとりしない?」
「いやだよ、めんどいし」
「シンガポール」
「る……って、おい」
「インチ」
「ちょっまてこら」
「ラクダ」
「だるい」
「またい、か。いるか」
僕β、舌を打ちながら「かきごおり」
「利子」
「しにたい」
「い、衣装」
「後ろ指」
「皮肉」
「苦しい」
「生き恥」
「自虐的」
「KILL」
「……」
僕の心は再起不能ってくらい叩きのめされていたわけではなくって、ただもう面倒くさかっただけなのだ。ちょっとの事で傷ついてしまう僕はちょっといじめられて気分が沈んでる時に限ってなんだかテレビでよく鬱病が問題になってるとか患者の割合が増加しているとかいう話を見て、ああ自分ももしかしたら、なんて思うわけだ。それこそ整理されたドミノにちょんと圧力をかける時みたいに、もうそれからはだらだら崩れていく。
完全に自分からダメだって思い込んだわけではなく、完全に外からの猛烈な圧力によってねじ伏せられたというわけでもなく、外からの緩いテンションで流れたきたふんわり風に僕が身を任せてしまった、というパターンが一番タチの悪い。駐輪場に並べられた自転車ってほど重い物でもなくて、ちっさいドミノなんだから、それだけでも十分倒れる。大きな音も立てずに、だらだら。だらだら。だから、気付いた時には取り返しのつかない状況だったりする。その頃には、いつ倒れたのかなんて事、綺麗さっぱり忘れている。そのドミノがどうやって配置されていたのだろうとか、そんな事あったの?って感じだ。まず並べるという概念からだ。結果的に色々考えたりはするものの、なんか違うんだよなって自分をどうにか否定して、誰かが相談に乗って来るとか、どこかに私の人生を変えてくれる奇跡的な一節が転がっていませんかねえなんて思っちゃうわけです。
「なあ、俺」
口を開いたのはβの方だ。
「もういいよそれは」
「じゃあα」
「αかあ、αとかβとかつけて呼ばれるとさ、なんかあれだよな、業務用俺みたいな」
「何さお前が決めたんだろ、それにロボットの型みたいでかっこいいじゃん」
「αが一号機で、βが二号機?」
「そうそう、βが二号機だから改修してて強いの、だから俺はβで満足してるの」
「我ながらガキか。で、三号機は?γか」
「Ω」
「大分飛ばしたなあ、CからZじゃん」
「三号機は始原にして最強がキャッチフレーズだからな。プロトタイプを元にして作られてんだよ」
「さいですか」
よく妄想する奴だな、と思う。いや待て、俺だからね。と自分にツッコミをかける。
俺だからね?心の中で反芻する言葉に、クエスチョンマークがおまけでついてくる。
「お前本当に俺だよなあ、こんなに違う事考えるものなんかねえ」
「いや、俺なんてどうせふらふらしてるみたいな奴だったからさ、意外と絶え間なく変化してるもんなんじゃないの」
「進化はしないのかな」
「ここに籠ってる限り絶対に無いよね」
「ねえ」
またも溜息。どんどん幸せが逃げていくぞ。
「あ、本題」
「いやさ、今後俺達ってどうなるんだろうなあって思って」
「まあ、確かに今の時点で気持ち悪いったらありゃしないもんな。もっと頭ん中で処理するみたいに会話が進められないもんかねえ」
「単語だけで話すか」
「限界があるだろ、例えば質問したい時とかどうするんだよ」
「キュー」
「エー」
「Q.食べ物 like」
「A.にしんそば」
「うん、業務用俺って感じがする」
「ね、気持ち悪いね」
「なあ、α」
「なんだよβ」
「俺達ってさあ、大分話せるようになってきたよな」
「え?まあそりゃあ、自分だからな」
「もしかしたらさ、クラスメイトの奴等が全員俺だって考えるとさ」
「気持ち悪い」
「ほら、面接官の頭をジャガイモだと思うと緊張しないって話あるじゃん」
「それで面接官が本当にジャガイモみたいな頭してたからって」
「全っ然面接に集中できなくて」
「第一志望の推薦入試失敗したのが俺だったな」
「はははは」
「笑えねえから」
「なあ、一号機」
「なんだよ二号機」
「俺達さあ、いけるんじゃね?」
「どこにさ」
「学校」
僕βの提案は唐突だった。僕はすぐに拒否を示した。
そりゃ親とか兄貴とかと交わす言葉も最近は多くなった。そいつは明らかにこいつの影響だ。「俺自身だ」と思っているからこんな普通に話せているんだ、と初めは思っていたけれど、よくよく考えてみれば僕は鏡越しにしか自分の顔を見る事が出来ないし、頑張れば他人と思い込む事だって可能だったと思うのだ。声だって頭蓋骨から響いてくる奴と全然違うし。めっちゃ低いな俺の声ってなったし。唯一仕草とか癖とかが同じでなんか気持ち悪いと思った。しかしそれを除けば、僕βの事を半ば他人と同じような距離感を保って接する事が出来た。つまり、僕達はもう友達みたいに関わりあっていた。
「だからといって、本当の友達とこんなにうまくいくとは思えない。」
僕αはそういった。
彼はそれなら僕が学校に行くよ、と言って。僕は止めなかった。傷つくのは僕じゃない、と思ったから。親が大層驚き歓喜しているのを僕はベッドに横たわりながら聞いていた。それから行ってきますとか大きな声で言ってるのが聞こえてきて、それは親だけでなく僕に言っているのかな、と考えると急に苛ついてきたので舌打ちした。
彼が帰ってきた時、果たして彼は落ち込んでいた。やはりうまくいかなかったようだ。でも彼は学校に行くのを止めなかった。そしてまた落ち込んで帰ってきた。何回も何回も湿った空気を外から持ち込まれて、勝手にしろとか思ってた僕αもちょっと可哀想だなと思えてきた頃に、ちょっとの変化に僕は気付いた。
いやいや僕に限ってそんなねえ、という感じで僕は気付かない振りをしていたけど――
「お前明るくなったよな」
「そうか?」
「しりとりのり、りす」
「スーツ」
「つらい」
「息」
「忌避」
「ひだ」
「堕落」
「くつろぎ」
「嫌い」
「生きる」
「流刑地」
「チャンス」
「スラム」
「報われる」
「お前明るくなったよな」
「そっかなー」
僕βをもう一人の僕であると共に、僕自身のもうひとつの可能性であると再び意識した瞬間。瞬間は次の瞬間の前には既に一つのターニングポイントと意味づけられ、次の瞬間の僕にもまた次の瞬間の僕にも、異なった影響を与えていく。
となればこれはもう一つの瞬間ではなく、違う軸として分岐した物だと言ってしまった方がいいんじゃないか?ターニングポイントが存在しなかった時の僕の軸があって、今の僕はそれではない。意識するという事はほんの数コンマで起こりうる事象で、そんな数コンマの事象でこんなにも違えるのに、僕等の世界はこうも違和感無く成立している。今までそうであった事が逆に不思議だったのだ、と僕は考える。ものすごく微妙なバランスでこの世界が成り立っているのではなくて、実はこの世界は何度も歪んでいて、その度に元に戻ろうとする力がどこかで働いているのかもしれない。例えば誰かがタイムマシンなんかで過去の事象を歪めてしまったとしても、何かしらうまく辻褄が合ってしまう様な、そんな状態。だとすれば、今僕は歪んでいる?それが元に戻った時に記憶も何も消されてしまうが、僕は今元に戻ろうとしている間の時間にいるのかも知れない。
元に戻る。
元に戻るとは、どういう事か。
僕が再び一つになる。
一つになる?
どちらかが消える?
消えようとしているのは……
僕か?
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