chapter 20 心-2

2  ―月―日 御影充




 宵崎高校の校門付近の桜の花びらが綺麗に宙を舞っていた。

 鮮やかなピンク色のなか、真新しい制服で身を包む少年少女たちがいた。

 緊張したような笑顔、安堵したような笑顔。

 不安と期待、両方を背負って彼らはこれから高校生活を過ごしていくのだ。

 楽しいことばかりじゃない。

 辛く苦しいことだってあるだろう。

 いや、そちらのほうが多いかもしれない。

 それでも、彼らは今、笑っているのだ。


 無知とは実に滑稽である。

 この先の橋が崩れている道を笑いながら楽しげに進む人間を見るのは、実に愉快だ。


 ――なんて随分とお気楽で滑稽で無様な人間たちなのだろう。


 スーツを着た女性はそう思い馬鹿にするように笑った。


 ――こんな儀式だってそうだ。入学式? 違う、これは審判だ。お前たちはこれからこの刑務所で裁かれるべき人間だ、そう告げられているにしかすぎない。


 楽しそうに家族で笑っている連中。

 友達と肩を組んで笑っている奴ら。


 ――誰も彼も、無様だ。


「お母さん!」


 声が聞こえた。

 その声のするほうへと顔を向けた。そこには満面の笑みの少年がいた。


 ――鬱陶しい。眩しい。その笑顔をやめろ。


「一緒に写真撮ろう」


 ――なぜ? なぜ、私と写真を撮りたがる? 私たちはただの生物学的に親と子という関係性しかない。


 女性は少年に腕を掴まれ、校門のそばにある入学式という看板の隣まで歩かされた。

 そのまま少年はそばにいた大人のもとまで駆け寄り、「カメラお願いできますか?」と尋ねていた。


 ――ただの遺伝性で繋げられただけのそれぞれが一個体の生物だ。なんの思い入れも必要ない。


 少年は女性の隣まで戻ってきて再び笑顔になった。


「僕はもうお母さんの助けは必要ないよ」


 ――違う。私はお前を助けたことなど今まで一度もない。


「僕はお母さんに支えられなくてもいいくらい強くなるから」


 ――やめろ。私にこんな感情を抱かせるな。理屈ではわかっているのに。……お前には私は必要ない。だが……。


「そして、お母さんを超えるくらい立派な教師になる」


 前方でフラッシュが輝いた。

 だが女性の目が捉えたそのフラッシュは、どういうわけか滲み、ぼやけて見えた。

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