chapter 20 心-3

3  9月16日 心




 陽太は一瞬目を閉じて、ゆっくりと開いた。

 先よりも強めの口調で目の前に立つ神谷浪絵に向かっていった。


「いや行くよ。行かなきゃならない」

「……陽太?」

「母さん……俺は、貴方に聞きたいことがある」


 首を傾げる彼女を鋭く見つめながら、陽太は小さく深呼吸して口を開きいった。


「母さんは、俺を生んで後悔したことある?」

「……え?」

「感情論抜きで、答えてくれ」


 波絵はきょとんとした顔を浮かべて、そして穏やかに微笑んだ。


「感情論抜きで、か……。随分と難しいこと言うようになったのね。昔は公園にあるパンダの遊具から降りられなくて泣いてた子が」

「……」

「うーん。人間が感情論抜きで答えるのは不可能ね」


 波絵はゆっくりと陽太に近づいた。


「例えば、スマホに充電器は必要不可欠でしょう。この二つには感情論なんて必要ない。理屈で解決できる関係だから」

「……」


 波絵は陽太の胸を指でトントンと叩いた。


「でもね、私たちは人間なの。感情、つまり『心』を抜くことなんて無理。だって私たちには、内臓や脳、骨、身体ができあがるよりもずっと前に『心』が宿るんだから」

「……」

「考えたり、口に出してみたり、理屈で誤魔化そうとしたりしたって無駄よ。だって『心』はとっくの昔に答えを出しているんだもの」


 波絵は陽太を見つめた。


「私にとって貴方は、『私の心』から誇れる自慢の息子よ」


 陽太はしっかりとした光の宿る瞳で波絵を見つめた。


「いってらっしゃい。必ず帰って来て」

「いってきます!」


 強気の顔で陽太は笑った。

 その笑顔はどことなく波絵に似ていた。



* * * * *



 波絵は棚に飾ってあったロケットを大事そうに持ち、中を開いた。

 そして、息子の無事を祈った。

 ロケットの中には、不安そうにする少し幼い陽太と、温かく見守る波絵の親子写真が写っていた。




【END】




この作品はフィクションです。

登場する人物、団体、文献は実際のものとは一切関係ありません。

なお『スタンフォード監獄実験』を非難・肯定するものでは決してありません。

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