ごうとなれるは 雷の竜-Ⅲ
夕焼け。逆光。帰り
路の両端、連なる電柱。頂点を繋ぐ多くの線が、空気に押されて
風に波打つ終着は、半ば折れたる
鉄骨が引いた直線に、曲線の影が座している。にょろりと細くて長いから、受ける西陽に焼き切れそうだ。
影が動いて
其れは
◇ ◇ ◇
「では、増援は出して頂けないと言うことですか」
〈先から、そう言っているだろう〉
〈〈四ツ足〉が出たくらいで泣き言とは、日ごろの準備が足りていないのでは?〉
〈全くだ。佐藤課長、きちんと務めを果たし給えよ〉
「……承知しました。失礼します」
「
「ああ。
「
「やれることを、やるしかない」
◇ ◇ ◇
立肘、頬杖、三限目。ススム自身の話をすれば、昨日は割かし平和に終わった。
伊香は忙しそうだった。追跡弾が不調のようで、出鱈目な位置を示すとか。
今日こそは何か話をしよう。恐竜のことを訊いてみようか。
そんな思案を、エンジン音が斬り裂いた。低排気量で速度を出すには、回転数を上げるほか無い。
馴染みの音に校庭を見ると、馴染みの
こりゃあヤバいと頬杖を解く。間も無く校内放送が、
◇ ◇ ◇
三分後、着替えたススムは校庭へ駆ける。ちらほら向けられる視線が痒い。
運転席には伊香が居て、指示された通り荷室へ乗り込む。居座る先客はススムの愛車。
「ごめんね、ススムくん」
振り返らぬまま、伊香が謝る。
機動車のサイズはギリギリだから、隙間に何とか身体を
「大丈夫っす。出して下さい」
ミラーを介して視線が交ざる。運転手が細い顎を引く。慣性が掛かる。
がたんとバイクが一つ揺れ、両手で以て車体を支える。
「
「ええ。さっき警戒線を越えたわ」
しかし。相手は
そんなススムの内心を、
「やれることを、やるしかない。ね」
見透かしたような伊香の声だ。
無言で頷き、
「ニャンちゃんも、ね」
伊香が薄く微笑んで、助手席を見遣る。
其処には借りてきた猫が、もといニャンコが座っていた。
「……ニャンコさん、大丈夫なの」
「テスト前の自習期間だから!
ニャンコは、努めて明るく声を出す。
うむ。色々と、そう言うことでは無いのだけれど。
「荷物の積み込み、手伝ってくれたんだけど、ね」
謂わんとすることを察してか、伊香が静かに口を挟んだ。
「連れてけって、強引に乗るんだから」
ね、と苦笑。眼鏡の隙間から、目だけで見遣る。
「
「あらあら。手伝ってくれないの?」
伊香が言うから、ニャンコが黙る。いつもなら、こんな意地悪は猫じゃらし。
ススムが空気に堪え兼ねて、
「大丈夫だって」
何とかかんとか口を開いた。
「伊香さんの仕事は凄いから、〈四ツ足〉なんか速攻で片付けちゃうって」
「……えっと」「うん……」
乗り切らない声の返事があって、何だか
やっぱりススムに、気の利いたことは言えないのだった。
◇ ◇ ◇
伊香の運転に不満は無い。だが、床の鉄板は尻に厳しい。
上下と左右に揺さぶられ、三半規管が悲鳴を上げる。車内で食べた
砂利を蹴飛ばしクルマが停まって、待ってましたと車外へ飛び出す。
伊香の計算と解析によれば、
現場は既に、別の軽四が停まっていた。運転席には佐藤が座る。車内の空気を想像するに、抑えた酸味が再び上がる。
「ススムくんは
きちっと纏った
「了解っす」「うん」
ススムと同時に応えるニャンコ。いつも通りの着崩したシャツ。いつも通りの短いスカート、いつもとは違うスパッツが生える。本気で手伝う気持ちの証左。ぴったり締まって貼り付いて、腿の輪郭を強調している。此れは、此れで、とても良いもの。
声に出さねど感謝して、降りたクルマに回り込む。
荷室の高さは機動車ギリギリ。不自然な姿勢で引き摺り降ろす。なかなか楽なことでは無いが、落とすつもりで車輪を転がす。
空っぽになった
小銃と同じ
室内は更に機材も並べて、簡素ながらも立派な
「
クルマから降りて佐藤が呟く。上手いこと言ったつもりか鬱陶しいし、
そんなススムに頓着せずに、佐藤は胸ポケットから煙草を取り出す。咥えたところで、安いライターが先っぽを焼く。
「伊香が
「了解です」「はい」
伊香とニャンコが順に応える。
「スイッチを入れるだけだ。あとは伊香を手伝え」
「分かりました」
「小山内、」
悪態を読み取るように、佐藤が睨む。
此処数日の多忙さゆえか、脂と
胸ポケットから取り出した、趣味の悪いサングラス。黄色いレンズは脂で白い。
「
「うっす」
最低限の返事。
視線は向けても焦点をズラす。此の職で、ススムが身付けた処世術。
「銃は?」
「
狭い隙間で
「印鑑、忘れんじゃねえぞ」
こんなときでも御小言だ。
そんなに印鑑が好きなら、もう印鑑と結婚すれば良いのに。
「……うっす」
いや、もう振られたのだ。
そう思い直して、口角が少し上がってしまった。視界の端で、緩い頬肉が怪訝に歪む。ますます醜い其の顔が、手もとの煙を吸って、吐く。
「こりゃ一雨あるな」
薄く広がる灰色の雲。其れを見上げる肉団子。全く以て絵面が悪い。
「流石は
伊香が
「何の。
下品なことしか言えない男。煙草を携帯灰皿に捻じ込んで、首に掛けていたインカムを着ける。
遠く空気を揺らすのは、雷の雲か、其れとも竜か。湿った空気が少し張る。
「火器に火を入れろ」
佐藤の指示で、伊香が機銃に手を掛ける。
本体の下の
其れに昂らぬススムで無い。
「
指揮車に乗りつつ佐藤が宣した。
開くアクセルが其れに応えて、
◇ ◇ ◇
繁る木に似た
巨にして大なる
しかし、難しい作戦では無い。
事前に配した仮設の
ススムは掛かるを
「
そうと言う間も雷は歩く。
地面が打たれて、臓腑が揺らる。
「間も無く第一次線に掛かります――
警戒線を越えた時点で、侵攻ルートは一択だった。
踏み固められただけの
何を求めて里へ降りるか、或いは何から逃げて来るのか。
〈
指揮官気取りが偉そうに言う。
〈死にたくなければ離れていろ――
言われなくも
〈四ツ足〉の前肢が〈網〉に掛かる。
「カウント
今の今まで気にしなかった、森の空気が矢鱈と気になる。其れを無視して、六、五、と数える。
天地に挟まれ湿気が籠もる。少ない酸素と相俟って、息の苦しさを自覚する。四。三。
「
〈第一次線――〉
ススムに佐藤が被さってきて実に不愉快。
振り払うべく、最後の一声。
「
四ツの足が〈網〉に掛かって、
〈放電、始め!〉
◇ ◇ ◇
森林の拡大に伴って、〈境界線〉は幾度と無く後退してきた。人類の、敗北の歴史。
打って棄てられた残骸と、朽ちるに任せた遺構を練って、再び人らは其の身を護る。仮設電線を
「小山内、効果を報告しろ」
指揮車の運転席で、佐藤がマイクに向かって喋る。
回線はオープンのままだ。少ない情報は共有させたい。
〈対象は速度を上げて進行中、大きな効果は認められない――〉
借り物の、其れっぽい言葉を並べた報告。糞餓鬼なので仕方が無い。
〈一次線は崩壊〉
当たり前のことだ。所詮、廃品利用の急造品。
電流の負荷に耐えられない。
〈佐藤さん〉
何だかんだで気丈なやつだ。
「何だ」
〈ブロントサウルスは、
「……なるほど」
右眉が、
人の造りし
〈二次線ならば、尾まで含めて掛かるはずです〉
人差し指はトリガーガードに載せたまま、伊香が補足する。
「小山内、聞いてたな」
〈了解っす〉
小山内の、苦虫を噛んだような声がする。
仕事さえ
〈対象、第二次線に入ります。カウント省略〉
「第二次線、用意」
〈第二次線、用意、大丈夫です〉
〈
「放電、始め!」
号令に、再びミャケが雷を撃つ。ヒトが人たる
総勢五ツの万雷が、地から天へと駆け昇る。乾いた皮膚を喰い破り、
ぶもう、と
巨体が四ツの膝を折る。
佐藤から、安堵の
二〇トンもの肉塊に、正直、効果は疑わしかった。
「効果をほうこ――」
〈
オープン回線で
〈対象から飛翔体が出現! 約
疑うように反芻してみるが、小山内は同じことを繰り返す。
「伊香」
〈確認しました、不味いです〉
眼鏡を外して双眼鏡で、新たな
伊香は極めて優秀だから、彼女が不味いと言ったら不味い。
〈――〈
竜は竜でも翼の竜だ。空の護りは
次から次へと厄介ごとだ。
あの餓鬼は、実に好い仕事をしてくれる。
恐竜の 歯磨き係と 配達員
ごうとなれるは 雷の竜
―了―
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます