冒険者デビュー編
第10話
「なんだかんだ、勝ったな」
俺はなんだか気がぬけて、座ったままに剣を地面につきおく――目をつむりながら空をみあげ、あんどの息をはいた。
ねずみは黒く変色し、くずおれるように倒れこむ。
すると砂のようであり、ほこりのようでもある物になっていく。
――それは周囲に浮遊しながら、ゆっくりと四方八方に拡散し逓減していく。
「あ、それのあれを浴びると、あれがあれするよ」
「わけ分からんな」
「浴びればいいよ、経験値がもらえるナノ」
「おい、それ大事だろ早くいえよ……」
俺はマントと上着をぬぐと、黒いほこりを両手で巻きあげてあびる。
「脱がなくていいナノ……」
「なんで、脱いでから言うんだよ」
「脱ぐ前に言ったら、逆にわたしが変態みたいなの……」
「ところで、こいつって、やっぱ死んだのか……?」
俺は、服をきながら指をさす――変な消え方してるからな。
フェリリは答える。
「ガイドブックによると、死んでないよ。大魔堂っていうところで復活するナノ」
「無限復活するのか、俺もHPがゼロになったらこうなるのか?」
「プレイヤーは、『HPがゼロになっただけじゃならない』よ。『HPがゼロになって――攻撃をうけ続けるとなる』って書いてある……あ、ヤキソバのレベル上がった」
「なんだそれ……HPがゼロになった段階だと、なんかないのかよ」
「えーっと、HPがゼロになると『活動不能状態』になります。すると『立てなくなります』『通常攻撃も技もマジックも使えません』『移動も這わないと出来ません』、『活動不能状態を解除するには、専用のアイテムなどをご使用ください』だってナノ」
HPが、俺の知ってるものと違う感覚だが――HPは元々、致命傷をさけるための体力や回数が、どれだけ残ってるかの指標、ときいたことがある――なので、大きく違ってはいないのかな……?
「しかし、HPがゼロで回復できないと、這って町に帰るのかよ……」
「帰り方は『背中に焚いたランタンをのせて、ほふく前進で帰ります』だってナノ」
「なるほど、馬鹿丸出しだけど、体裁ほどいらないものはないよな……っていうか、敵と相打ちじゃないと、まったく使う必要のない方法だ」
「ちなみに、HPがゼロのときに攻撃を受けると、LPという値がへり続け――LPがゼロになると『ロスト』します。『ロスト』すると特殊転生した人たちは復活できません。特殊転生した人たちの、同じ異世界へのリトライは出来ません」
「同じ異世界って変な言葉だな、原住民は復活できるのか?」
「原住民はできるナノ」
「じゃあ、原住民のがつえーじゃん」
「特殊転生した人たちは、経験値が多いってあるよ。だからLVもすぐに追いつくだろうって」
「なんだ……LV低くても気にする必要はなかったのか……」
俺は後頭部を爪のさきでかく。
……しかし、この世界はまったく現実感がないな……これジジイのつくった、壮大な盆栽の一種ってオチじゃねえの?
「これからどうするなの?」
「……行きたくないが、約束なので冒険者協会だかに行く」
「さっそく行こうナノ」
遅疑逡巡しても仕方ねえ。
俺たちはボイコット町にもどると、冒険者協会にむかって歩みはじめた。
まだ、空はあかるく夜までは、時間もありそうだ。
「こっちナノ」
フェリリが袖まねきしてまねく。
とぶのはえーな。
俺たちは、冒険者協会についた。
冒険者協会は、長方形の五階建てだ。
外観だけでみても重々しく、周囲に光のようなものを、まとっている気さえした。
おごそかながら、無骨な建物だ。
「そっちじゃないなの、こっちナノ」
フェリリの指は、隣のボロい家のようなものを指さしていた。
こっちなのか……? っていうかこれ家だろ。
フェリリは、チャイムらしきものを押した。
ピンポロポーン。
小気味いい音がなり、しばらくするとチャイムから女性の声が聞こえ、それにフェリリが答えている。
「入ってだってよ」
異世界語がはなせなくて大丈夫かな。
俺はまた不安になってきた。
「本当にここなのか……? ただの家じゃんか」
冒険者が集う場所って感じじゃない、ここは普通の住宅だ。
「ここが冒険者協会支部代理所だからなの。となりは新装開店の準備ナノ」
「ふーん……そうなのか……」
「あっ、そうそうナノ」
「ん、なんだ……?」
「なんか、特殊転生したプレイヤーであることは、出来るだけ秘密だってナノ」
「なんでだ?」
「悪い奴に狙われる可能性があるんだって――大体そんな感じのことが書いてあるナノ」
「おいおい……ちょっとまてよ……」
「なんなの?」
「異世界語をしゃべれなかったら、バレバレじゃねーか……?」
「それもそうナノ――ね」
「……やっぱ、お前だけで話してきてくれねーか……? LV二だとバラしても、特殊転生者であることは確定ではないだろうが。俺が話しあいの場にいたら、発言を求められるだろうし……異世界語しゃべれなかったら、それでバレるじゃんか――それにやっぱり異世界語をはなせないのに、仲間集めとかパーティ組むとか無理があるだろ……」
「仲間集め以外にも目的あるよ。冒険者として登録しておくと、減税とかあるナノ」
「がめついな」
「こういうのは普通なの」
「俺がいなきゃ登録無理だろ、今回は諦めようぜ……異世界語が話せなきゃ始まらねえよ……」
「そういう事情なら無理にとはいわないよ……でも――せっかくだから、ちょっとだけきいてくるナノ」
そういうとフェリリは飛んでいった――
俺はドアの隙間から、隣の部屋のフェリリをのぞく。
フェリリの話し相手はみえない。俺はほかの冒険者をうかがう。
青髪の双子がイスにすわり――抱えている長い杖を足の間にはさんでいる。
その横で、銀髪の女がテーブルに頬をのせている……顔はみえねえな。
おっさんもいる。アゴヒゲが二つに割れ――まるで割れたアゴに真下から、敵の攻撃をくらったかのようだ……可哀想に。
フェリリの方をみると、何かをはなしている――俺のことを話しているフェリリをみると、なにかお正月のときのことを想いだすな――俺は親戚から逃げるように、部屋の外で様子をうかがっていた――すると、俺のことを喋る家族の声が――いや、これは想いだすの止めよう……
――しばらくして、フェリリは意外と早くもどってきた。
俺たちは冒険者支部代理を出ると、宿屋にもどる途中、今後について言葉を交わした。
「やっぱ、冒険者の登録も減税も無理だってナノ……」
「……そらそうよ」
「――で、冒険者協会支部は三ヶ月後に完成ってきいたナノ」
「じゃあちょうどいい。それを目標に異世界語を習得するわ」
「わたしが教えるよ」
「サンクス。あとそれと……」
「ナノ……?」
「この世界に前世界からの知り合いが、ふたり来ているはずなんだ……」
「そうなの?」
「それで……その二人を探してほしいんだ」
「……わかった。あいた時間をみつけて、巻物で調べたり――人にきいてみたりするナノ」
「おう、ありがと」
話しているうちに空が燃えるように赤めき、影法師が不気味にめだってきた。
「暗くなってきたな……」
「この世界の時間は、朝は七十二時間、夜は七十二時間。合計、百四十四時間なの」
「なんだそれ……」
「そういうものらしいナノ。時計も一番内側に、六つ数字があってそれで判断するんだって。内側の四本目の針は極短針というナノ。その数字は一陽、二陽と数えて――短針が一周するごとに半陽すすむよ」
「ヘー」
「――それからこの世界は五日で一ヶ月。前の世界でいう六日分が、この世界のまる一日になってる。と、考えればいいナノ」
「丸三日も眠れるのかよ……」
「体がこの世界に適応してあるから、そのうちなれるよ」
そんなことを喋りながら、やがて俺たちは宿へ着く。
――そして三ヶ月のち、俺は異世界語をマスターした。
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