第四章「紅魔の里に眠る存在《もの》」

4-1


 傷心のぶっころりーが、家に引き籠もってから三日が経った。

 それ以外には特に何事もないと思っていたのだが……。


 ――最近、ゆんゆんの様子がおかしい。


「めぐみんおはよう。はい、これ」


 教室に入った私は、ゆんゆんから弁当を手渡された。

 突然の事にどう反応していいのかが分からない。

 弁当を手に持ったまま、ようやく一言。


「なんですか? ひょっとして私の事が好きなんですか? いきなり一足飛びに、こういった愛妻みたいな事をされてしまうとちょっと……」


「愛妻ってなに!? ねえなに言ってんの!? 今日は勝負するつもりもないから、素直にお弁当渡すだけよ! お弁当あげるから絡んでこないでねって事!」


 ……なあんだ。


「というかその言い方だと、弁当をもらえない場合私がゆんゆんに弁当をたかる無法者みたいに聞こえるのですが」


「毎日勝負を挑む私も大概だけれど、めぐみんも無法者じゃない」


 あっさりと言ってくれたゆんゆんをどうしてやろうかと考えていると、担任が教室に来てしまった。

 ざわめいていた教室内が静まり、担任が教壇に立つ。


「おはよう。この間の授業で現れた、邪神の下僕と思われるモンスターが里の中でも目撃されたらしい。流石にうかうかしていられない状況になってきた」


 担任の言葉に、再び教室内がざわめいた。

 紅魔族の姿を見るだけで、先日の一撃熊クラスでもなければ、大概のモンスターは逃げてしまうはずなのだが。

 それが里の中にまでモンスターが入ってきたというのは尋常ではない。


「という訳で、まだ準備は足りていないが人数を集めて強引に再封印を行う事になった。儀式は明日の夕方から明後日の朝にかけて行われる。万が一失敗でもした際には、里に邪神の下僕が溢れる事になる。そのための対策も講じてはあるが、儀式が始まったら家からは出ないように」


 普段はいい加減な担任が、珍しく真面目な表情で言ってきた。

 今までは大して気にも止めてはいなかったが、案外大事になっているのかもしれない。


「よし。それでは、先日のテストの結果を発表する。例によって、成績上位者三名にはスキルアップポーションだ! 名前を呼ばれた者は前へ! ……三位、ねりまき!」


 担任の声を聞きながら、私は自分の冒険者カードを見た。

 フフフ、後4ポイント。

 後4ポイントで、念願の爆裂魔法が覚えられる。


「二位、あるえ!」


 私は担任の声を聞きながら、カードを見てニヤニヤしていた。

 …………二位、あるえ?


「一位、めぐみん! よくやった。さあ、ポーションを取りにこい」


 名前を呼ばれて立ち上がりながら、私はふと隣を見た。

 拳を握って、なんだかオドオドした様子のゆんゆんを。


「一時間目は格好良い装備品の作り方だ。あるえが身に着けている眼帯のような、個性を引き出すワンポイントアイテムを作る。穴あきグローブやバンダナもオススメだな。全員家庭科室へと集まるように。以上!」


 担任が教室を出て行く中、私は受け取ったスキルアップポーションをこれみよがしに見せびらかし、ゆんゆんの隣に椅子を近づけた。

 ゆんゆんが気まずそうにふいっと視線を逸らす中、私はなにも言わず、無言のままでポーションをチャプチャプさせる。


「……って、なにか言ってよ! 無言でそうやっていられると気まずいんだけど!」


 耐えきれなくなったゆんゆんが机を叩いて立ち上がった。

 だがなにか後ろめたい事でもあるのか、いつもほど怒り方にキレがない。


「……では言いましょうか。ゆんゆんの取り柄といったら、料理が上手い事と真面目な優等生な事、あとは存在感がない事ぐらいじゃないですか。それが、今回は一体どうしたんですか?」


「ねえ、最後におかしな取り柄があったんだけど! 私って存在感ない!? あと、いくらなんでも、もう少し取り柄はあるから!」


 赤い顔で食ってかかるゆんゆんの前に、スキルアップポーションを突きつけた。


「先ほどは勝負はしないと言っていましたが、どうします? 確かゆんゆんは、上級魔法を習得するのに必要な残りスキルポイントは3ポイントでしたね。私は残り4ポイント。……いいのですか? せっかくこの私よりもリードしているのに。せっかく先に卒業できそうなのに追いつかれてしまっても。ほらほら、どうします?」


 挑発する私の言葉にゆんゆんは、複雑そうな表情でこちらを見ると……。


「さっきも言ったけど、今日はその、勝負はいいから……。そのポーション、飲んじゃうといいよ」


「……そうですか。仕方ないですね。では、お弁当も食べちゃいますよ?」


 ポーションを飲み干して弁当を食べ始めた私を見て、なぜかゆんゆんがホッとした表情を浮かべた。


 ――やはり、最近のゆんゆんはどこかおかしい。

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