3-7


 淡い紫色の布が所々に掛けられた店の中で、そけっとが呆れて言った。


「本当に、あなた達もいい迷惑ね。そこの変態に無理矢理付き合わされたんでしょう?」


 森から帰った私達は、そけっとの店で手当をしていた。


「おい、変態は止めてくれよ。アレはやらしい気持ちでやった訳じゃないんだよ。紅魔族の女性達がどんな色を好むのかという、魔法使いとしての、純粋な知的探究心から……。すいません、やましい気持ちがありました。その木刀は早く捨ててください」


 壁に立てかけてあった木刀に手を伸ばしたそけっとに、怯えた様子のぶっころりーが、包帯を巻かれながら慌てて言った。

 そけっとの木刀で散々しばき回されたこの変態は、現在ゆんゆんの手当を受けている。

 そんな姿を見ながら、そけっとが深々とため息を吐いた。


「……まったく。森に入ってお金を稼ごうとするほど占いをして欲しかったのなら、相談してくれれば最初の一回ぐらいサービスするのに」


「いいの!?」


 ――結局このチキンニートは、森に入った本当の理由も言い出せず。

 占って欲しい事があるから、その占い代を稼ぐために森に入ったと言い訳していた。

 途中、モンスターに囲まれていたそけっとを助けようと魔法を唱えた、と。


「トルネードの魔法は論外だし、森では危うく焼き殺されそうになったけれど、一応魔物の群れから助けようとしてくれた結果だそうだし。まあ、一回だけね? ……で、一体何を占って欲しいのよ?」


 そけっとは部屋の奥から水晶玉を持ってくると、それをぶっころりーの前に掲げる。


「そ、それはその……。俺の未来の彼女……、いや、嫁……。いやいや、俺を好きになってくれる人? ……ああっ、どれにしよう!」


 いきなり本来の目的を見失いだしたぶっころりー。

 それを見て、呆れた表情のそけっとが、面倒臭そうに水晶玉に手をかざす。


「要するに未来の恋人ね。この水晶玉の中には、あなたと将来結ばれる可能性の高い女が見えてくるわ。未来は変えられるもの。だから、ここに映る人が絶対だとは言えないけれど……、っと、そろそろ見えてくるわよ……!」


 そけっとの水晶玉が淡い光を放ち。

 やがて、光が収まったそこには……!


「……何も見えないんだけど」


「あ、あれっ!?」


 トルネードの魔法で空に舞上げられた時ですら冷静に行動していたそけっとが、驚きの表情で水晶玉をブンブンと振っている。


「ちょ、ちょっと待ってね。どうしたのかしら、こんなはずは……。どんな人でも、最低一人ぐらいは姿が浮かんでくるものなんだけれど……!」


「そういった心にくる事は、本人がいない所で呟いてくれ」


 そこに何も映らないという事は、もちろんそけっとと結ばれる芽もないという訳で。

 それを知って泣きそうな顔になっているぶっころりーに、そけっとが気の毒そうに憐憫の目を向けた。


「……その、大丈夫よ。私の占いは必ず当たるって訳じゃないから……。私が子供の頃に天気を占った時、曇りって結果が出たのに五分ほどにわか雨が……」


「止めてくれ! 占いの精度を自慢しているのか慰めているのか分からないよ! 何だこれ、普通に断られるよりも余計辛いんだけど!」


 そんな二人から距離を取り、私とゆんゆんはヒソヒソと囁きあう。


「いくらニートとはいえこれは流石に気の毒ですよ。一切何も映らないという事は、さっきゆんゆんが、冗談で言っていた女型のモンスター、安楽少女にすら相手にされないという事で……」


「どうしよう、私、ここまで酷いだなんて思ってなくて……」


「二人とも聞こえてるよ! 話すなら、もっと小さな声で話してくれ!」


 

 ――ぶっころりーが、半泣きで店を出ていった後。


「そういえば。占いのおかげでうやむやになっちゃったけど、二発の魔法の理由はともかく、日頃、私をつけ回している理由を聞くのを忘れていたわね」


「それは……。ぶっころりーのためにも、これ以上は聞かず、そっとしておいてあげてください」


 私の言葉に、そけっとが首を傾げる。

 半泣きで、痛む体を引きずって帰って行ったぶっころりーの背を見送りながら。


「ダメ人間だけど結構面白そうな人なのに。不思議ねえ……」


 そう呟きながら、そけっとは手の平の上で水晶玉を転がしていた。


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